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そこに音楽は鳴ってるか*小沢健二、岡崎京子、SDP、青木達之、GET UP AND DANCE.*

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山崎さんのブログから。





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小沢健二が泣いた。
岡崎京子がここにきている、と言って、突然にステージの上で泣いた。
ライブの最後の出来事で、ファンはみんな驚いたはずだ。
僕も呆気にとられるほど驚いた。
小沢健二は泣かないアーティストだったからだ。

今回の、13年ぶりのライブで、本質的な変化が感じられたのはその一瞬だけだった。

最も本質的な音楽は大衆音楽であるというブレない思想。
ニューヨークの大停電の夜と何でもない日常の暗闇と中野サンプラザの暗い客席を「人々が直に繋がっている」という皮膚感覚によって同じだと言い切る観念の力。
音楽は人と人を分かつ、ということを知り尽くしているからこその、異常な多幸感の放出。

昔と何も変わっていない。
小沢はブレない。
ブレる必要がない、希有なキャリアの持ち主。

だからこそ、誰にも見せたことのない泣き顔をステージで見せたことに、
桁違いの感動を僕は覚えた。

素晴らしいステージだった。




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岡崎京子さんが事故にあった、直後、
岡崎さんが、王子様と崇拝していた小沢健二さんは、
病院にかけつけ、病院のひとが
「親族以外の方は、ここでお待ちください!」と言うと、
「親族です!」とつよく言い切ってICUに向かった。

「だってぼくは岡崎さんの王子様だから」
と小沢健二さんが言ってた。


と現場にいたよしもとばななさんが言っていた。





小沢健二さんとは、日比谷のシネシャンテですれちがったことがある。
ジャームッシュのダウンバイローを封切り直後に見て、
廊下にでると、次の回を待つ人が並んでいて(完全入れ替え制)、
その中に、小沢健二さんとその当時とても仲がよかった
スカパラの青木達之さんがいた。







青木さんは、人柄も、スネアの音もとても好きで、
このひとのドラムの前でうたう、小沢さんを見て、
なんども幸せそうだな、と思った。



竹中直人さんと青木さんがやってたコントも最高だった。
学生役の青木さんが、あしの貧乏揺すりが
止まらなくてこまっている、って言うと、
同級生役の竹中さんが、ドラムのバスどらを踏むやつを
もってきて、青木さんの足元におく。
青木さんが、細かく、それをキックする。
「こりゃ、いいね!」
みたいな顔で笑う。





岡崎さんと青木さんが沈黙してから
ずいぶん時間がたった。




おとといTVでやってた
スチャダラパー20周年の野音、


本編ラストで、BOSEさんは、
「彼方からの手紙」をはじめる前に、

ここにこれなかったひともいるけど、

みたいなMCをして、ちょっと
涙ぐんだように見えた。




野音当日、ツイッターで、こんなつぶやきがあった。


「スチャ野音のアンコール。LBとスカパラで「GET UP AND DANCE」を。
曲がドラムだけになった時、BOSEが誰も座ってないドラムを指差し、
「マザファキンドラムス、青木達之インザハーウス!」とコール。ぐっと、きた。」








ひとは、死んでも死なない。
あるいは、生きていても死んでることもある。




いま、iPhoneのインターFMで
ジョニミッチェルがガンガン歌ってる。
今日は、暑くなるみたい。楽しみ。
今日の会議は、1時から、と2時からと、3時からと5時から。
楽しみ。






そこに音楽は鳴っているか。
ぶっとい、マザファキンなサウンドの音楽が。
by ayu_cafe | 2010-05-25 10:08 | ayuCafe Music Bar | Trackback | Comments(2)
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Commented by TM at 2010-05-27 13:33 x
こんにちは。

> ニューヨークの大停電の夜と何でもない日常の暗闇と
> 中野サンプラザの暗い客席を「人々が直に繋がっている」
> という皮膚感覚によって同じだと言い切る

先日サントリーホールでコンサートを聴いたのですが、客席には、
「繋がっている」ことをびしびし感じつつ
「そんなことは意識していない切れた他人の集まり」の<ふり>
のような空気が漂っていました。
暗黙の「繋がってません」アピール。
そんなアピールをしないといけないのは、
逆にそれほど強く、前提として繋がっているからなんだと思いました。
だからそれを確認し合ってしまうと、繋がりが強くなりすぎてしまう。

地下鉄が動かなくなって歩いて帰るしかない、
ていう時ニューヨーカーは、同じ方向に向かう人の流れの中で
「運命共同体だね」とでもいうような表情を交わし合って
一時的につながっても、もともと切れているから、
すぐにまた切れた状態に戻ることを知っている。

日本の電車とNYの地下鉄の空気の違いもこれかなと思います。
「人々が直に繋がっているという皮膚感覚」が、ちょっと別種かもしれません。

音楽と関係のないコメントですみません…。
Commented by ayu_cafe at 2010-06-04 07:54
TMさん、

フランスにいって目にした、ハグにも
そんなものを感じました。
シリアスな孤独ゆえのつながり。。

前提としてのつながり、ってほんと日本っぽい。
そして、ここまで安全で清潔な国になってる。
カーナビを外して持ち歩かなくていい国に。

でも、ひとってつながろうとするんだな、
っていうそもそもの共通点が、
なんだか、不思議に思えます。

おもしろいですね。
「つながり」で卒論書けそうです・笑