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人生は、なにと闘うものか。高橋みなみさんスピーチ全文。

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高橋みなみさんのスピーチ。

※ちなみに、AKBのスピーチで
いつも凄いと思うのは、
高橋みなみさん、須田亜香里さん、
小嶋陽菜さん、内容というより
話し方が素晴らしいのが柏木さん、
指原さんは別格。
インタビューがいいのは
島崎遥香さん。






まず、皆さま、本当にありがとうございました。私はAKBに入ってから今年で10年がたちます。
7回目の総選挙、最後の総選挙でした。1期生として入ってきて、
たくさんのメンバーの卒業を見送ってきました。いろんな葛藤やいろんな思いがありました。

 そして、私は入って1年ぐらいの時に、あることに気付きました。
私はこのグループでは1番になれないということです。
同期には前田敦子がいました。次に大島優子がいました。
みんなすごくて、カリスマ性があって、絶対的人気があって。

 私は歌手になりたくて芸能界を目指しました。たくさんオーディションに落ちました。
そして、受かったのがAKB48でした。

 歌手になりたいけど、アイドルになりました。かわいいとか、アイドルとか、全然分からなくて、
どうすれば人気がでるのか分からなくて…。

 でも、このグループがすごく好きになってからすごく頑張りたいなと思うようになって、
気づいたらキャプテンになって、総監督になっていました。そして総選挙があって。

 私なんかが1位になりたいなんて言っちゃいけないなと思いました。
グループが好きだからこそ、グループの先を見ました。
この人がセンターになった方がいいな。この人が次に1位になったらいいんじゃないか。
自分のことなんて、どうでも良かったんですけど。

 でも、きっとここにいるメンバーみんなが思っていることを、私も思っています。
「1位になりたい」と言ってみたいなということです。

 最後の総選挙で、初めて「1位になりたい」と言いました。
確かに目標としていた順位には届かなかったし、
ここまで呼ばれなかったから1位になろうと思ったけど、
でも、今、本当にすがすがしいです。

 「1位になりたい」と言って、ファンの皆さんと一緒に1つの目標に向かって
頑張ってこれたことがとてもうれしいです。とても幸せです。

 ここに立ったら何を言おうかとすごく考えていました。
何を言うのが正解なのか、何をみんなに残せるのか。
なので、ここからは、メンバーに聞いてほしい。メンバーに残したい言葉があります。

 みんな、いろんな活動をしていて、悔しいなとか、
100頑張っても1ぐらいしか評価されないなって、
たくさん矛盾を感じていると思います。
でも、人生って、矛盾と闘うものだと思います。
いろいろ思うことがあると思う。
でも頑張らなきゃいけない時はあるし、頑張らなきゃいけないのは一瞬ではない、
ということをみんなに覚えておいてほしい。

 272人立候補しました。(名前を)呼ばれたのは80人。
呼ばれなかったメンバーは頑張っていなかったのか。違います。
みんな頑張っています。劇場公演に立ち続け、学業を両立して頑張って。
でも、ここに立てるのは80人なんです。

 だからきっと、AKBグループにいればいるほど頑張り方が分からなくなると思います。
どう頑張ったら選抜に入れるのか、
テレビにでられるのか。どう頑張ったら人気が出るのか。みんな悩むと思います。

 でも、未来は、今なんです。今、頑張らないと未来はないということ。
頑張り続けることが難しいことだとすごく分かっています。
でも、頑張らないと始まらないことを忘れないでいてほしい。

 私は毎年、「努力は必ず報われると人生をもって証明します」と言ってきました。
努力は必ず報われるとは限らない。
そんなの分かっています。でも、私は思います。頑張っている人が報われてほしい。
みんな、頑張りがいつ報われ、評価されるかわかない。
きついけど、誰も見ていないと思わないでほしい。
絶対にファンの方は見ていてくれる。これだけはAKB人生で言い切れること。
だから、あきらめないで。

 でも、言わせてもらいます。これが高橋みなみ総選挙ラストバージョンです。
「努力は必ず報われる」。
私、高橋みなみは、これからも人生をもって証明します。



















by ayu_cafe | 2015-06-07 23:23 | しごとのことば | Trackback | Comments(0)

失敗したあとになにをするか。

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「はじめはたいがい失敗します。
悔しくて分析します。
すると上手くいきます。」

中堅の同僚が言っていた。

たぶん、
落ち込む、とか、イライラする、とかは
分析するのをサボっているだけなのかも。















by ayu_cafe | 2015-06-05 09:35 | しごとのことば | Trackback | Comments(0)

「苦しみつつ 、なおはたらけ 、 安住を求めるな 、この世は巡礼である 」

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(「山本周五郎の言葉」から)



浦安に移った年の十月下旬に
編集記者として勤めていた
会社を解雇され 、
どん底の貧乏生活を余儀なくされた 。

生活苦に加えて 、
失恋や文壇進出の困難といった
逆境の中で精神的にも参っていた 。

この苦闘の時期 、周五郎は 、
スウェーデンの劇作家
ストリンドベリイの言葉 、

「苦しみつつ 、なおはたらけ 、
安住を求めるな 、この世は巡礼である 」

を自らの人生の指針にしていた
by ayu_cafe | 2015-02-21 06:37 | しごとのことば | Trackback | Comments(0)

「プライドがなくなったっていいじゃんね。悪いこともいいこともね、 経験して一流になるんです。」

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かけつぎ 職人 松本さん



時代が変わり、修繕しづらい素材が増え
仕事も減ったとき思った。



自分は失敗を恐れるあまり、
本当の限界に挑戦して
こなかったのではないか。

自分はまだかけつぎの奥深さを
追求しきれてはいないのではないか。


以後、断ってきた素材の研究を重ね、
専門書を読んで構造を学び
針を特別に改良。


失敗して恥をかいても
歯をくいしばってまた挑んだ。


「やれることをやっとったら
一流じゃない。
一流になりたけりゃ、
やれんこともやれることも
すべて手がけてみて経験して初めて
クリアできたら一流になると思う。

自信がなくなったって
プライドがなくなったって
いいじゃんね。

悪いこともいいこともね、
経験して一流になるんです。」





何箇所も穴の開いたカーディガンを
修繕し終え後、

カーディガンを観察して
この方はなんならかの事情で
左手を擦る暮らしをしてるね。

と言って、左手のところを
補強してあげていた。





NHK プロフェッショナル











by ayu_cafe | 2015-01-20 10:07 | しごとのことば | Trackback | Comments(0)

ポジティブとは“間に受けない”こと。

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大谷ノブ彦さんの本に買いてあった。

ポジティブとは“間に受けない”こと。


プロゴルファーは
ホールインワンでもOBでも
心拍数、同じ。


とも書いてあった。

肯定も非難も間に受けない。。
猫も。。








by ayu_cafe | 2014-06-10 10:17 | しごとのことば | Trackback | Comments(0)

働くとは、生きるとは、自分がなくなること。辰巳 芳子、大森靖子、宇多田ヒカル、坂元裕二、大瀧詠一。

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辰巳 芳子
「わたしたち、料理をするものは、
たとえば、その魚に、とりくむ時に、
その魚の良さを見つめ、
最大限に引き出すために、
幸いなことに、我をすてられる。

いい料理は
我を落とさなければできない。
そして、我を落とすことで、
生きることが、
ずいぶんと楽になる。」




大森靖子
「演劇的感覚ですけど、
憑依してるみたいな。
自分っていうのがいらなくて。
だからコラボとかもできるんですよ。
歌詞とかも適当にキャラを作って、
その歌詞に引きずられて
いくみたいな感じで書いてて。
それを歌いながら
お客さんの表情とか見て、
“この曲はこういう感じなんだ”って
感じでやってるから」




宇多田ヒカル。
「自分がどういう人か?
なんて考えたことがなかった。

いつも全部でありたい、
と思って生きてきた。

男であり女であり、
赤子であり老人であり若者であり、

子であり母であり、
黒くあり白くもあり、
無力であり無敵であり、

下品であり上品であり、
歌うことが大好きであり
大嫌いであり・・・。

全部でありたい、という気持ちは、
「自分を定義する」ことの
逆なのかもしれない。

自己定義は、
ただ自己を制約するものを
羅列するだけのように思える。

自分はああだこうだと、
内と外の境界線をはっきりさせる
考え方には興味がわかない。

むしろ世界の全てと共通したい。

素晴らしい会話に夢中になってる時、
どこまでが自分でどこまでが相手か
分からなくなる瞬間がある。
友だちと大爆笑している時、
私の一部はもうそこにいない。

世界を自分の「内」と「外」で
分別し出すと、
自然からも本能からも
離れて行く気がする。

なんでもないと同時に
なんでもある存在になりたい。

そんな感覚をずっと持ってた。

そんな救済の予感を
ずっと追っかけてた・・・。」




坂元裕二
「人と人の意見が食い違う時に、
面白さやドラマが生まれるんです。
相手の考えが分からないからこそ
「自分はこう思う」と言う。
そこにコミュニケーションが
生まれる。

「面白いものを書こうと思うなら、
対立させること」
正義の反対は悪ではなく、
もう一つの正義である。
正義×正義こそ、
ドラマ・会話の面白さ。
しかし、どちらの正義も同じくらい
信じないと駄目。
登場人物10人のうち10人全員が
正義で、例えば100人の正義を
考えはじめる。
そうすることによって、
自分がどんどん無くなっていく。

物語を作っていて
一番楽しいのはこの時です。
自分が無くなっていくのが
一番楽しい。
溶けあっていくのが一番楽しい。
いくつかの正義を並べて、
どれも信じてあげる。」




大滝詠一
「僕の作品が文房具みたいに
なるといいな。
誰もが使い
愛されるものでありながら、
誰が作ったか
分からないものがいいんだ」
by ayu_cafe | 2014-01-08 09:47 | しごとのことば | Trackback | Comments(2)

世の中「わかりあえない」のが基本。じっとその場に座り込んでいると時が解決してくれる。

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わたしのこころの隠れ家
渋谷のbar bossa。

店長の林さんからは
勉強させられることばかり。


この前は、メニューどうぞ、
といって、
すましたペンギン(わたしの絵本)を
見せられた。。

※林さん、いつもお気遣い
ありがとうございます。




そして、林さんのFBの文章は
とても面白くて、毎朝の楽しみ。



こちらは、このところの
支えになっている記事。
ご了承いただいたので
紹介させていただきます。












Bar bossa
7月8日 17:23 ·
前の職場を人間関係が原因で辞めた人は、
次の職場でも人間関係で辞めるから雇うべきではない
という有名な言葉がありますよね。

確かにそうなんですよね。
人間関係でトラブルを起こす人は、どこに行っても
同じような人間関係のトラブルを起こします。

バーを17年間続けているとそういう方をよく見かけました。
一時期、あるサークルの中によく顔を出していて、
もうそのサークルの中心人物くらいまでになっていたのに、
恋愛のもつれや、誤解や行き違いがきっかけで、
いつの間にか消えてしまう人です。
そしてそのタイプの方はやっぱり次のサークルでも
似たようなことを繰り返します。

バーで色んな方のお話を聞いていると、
一番多いのは人間関係の悩み相談だったりします。
「うわー、大変ですね。そんなことがあるんですか。
そりゃ結構厳しいですね」と答えたりするのですが、
後でよくよく考えてみると
「うーん、人付き合いに重きを置きすぎでは」と思うことがよくあります。

人間関係で悩む方って、「人間関係が円満にいってるかどうか」
ということが日々の生活の全てになっているんですよね。

あのですね、世の中色んな人がいるから、「わかりあえない」のが基本ですよ。
「わかりあえる」方が奇跡です。なんとか修復しようと悩むよりも、
ギスギスしているのを全然気にしないという訓練をした方が良いように思います。

例えば僕もしょっちゅう人間関係でトラブルを抱え込むのですが
(ほとんどの原因が僕の浅はかさですが)、
逃げたりしないで、じっとその場で座り込んでいると
やがて時が解決してくれます。

まずは逃げないで、ずっと同じ場所でいつづけることを
オススメいたします。








この記事へ、コメントされた方へ
林さんのダメ押しのレス。




人間関係が全部上手くいく人は
世の中に存在しません! 本当に!











人間関係を、
夫婦関係と置き換えても
よいかもしれません。


bar bossa


落ち着いて親密で暗くて
よいbarです。
by ayu_cafe | 2013-08-09 10:09 | しごとのことば | Trackback | Comments(0)

宮間あや。

「海外メディアもなでしこ宮間あやの真のスポーツマンシップを賞賛。

ロンドン五輪のサッカー女子で準決勝でフランスを2-1で破り、
初の決勝に進出した「なでしこジャパン」。
その試合直後、フランス人選手に声をかける宮間あや選手の感動的なシーンがネットで
紹介され賞賛されています。」



日2-仏1で激闘となった試合後に、チームの選手が喜び合っている中、
相手選手へ声を掛ける宮間選手。

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「ここに立てるのは選ばれた18人だけ。
みんなに大切な思いがあって大切な人もいる。
6試合をお互いのために戦おう。」

「円陣を組んでみんなの顔を見たときに幸せを感じ、その思いを伝えたかった」と
照れ笑いを浮かべながらその時の心境を打ち明けた宮間。



「下手な選手がいるなら、巧くなれるように助けてあげればいい。
私は、試合には勝ちたいけれど、ただ強いだけのチームに入って
チャンピオンになりたいとは思わない。
『一緒に戦いたい』と思える仲間がいるチームで、日本一を目指したい」




「とても才能のあるサッカー選手です。技術面でとても優れていて、
卓越した試合運びで良いパスを通し、身のこなしが素早いのです。
足を止めた時がとりわけ脅威で、彼女がつぎにどう動くかわからないのです。
彼女は自分の思うところに自在にボールを打つことができます。
彼女がプレーしているのを見るのは楽しみです
… 対戦相手の時でなければの話ですが!」
イングランド代表FWケリー・スミスの言葉




「出会ってすぐに努力の塊だと分かった。
一番に練習に来て、帰るのは最後。
両足で正確に蹴るんだって話していた。
世界中が宮間のキックが一番だって知っている」
アメリカ代表GKホープ・ソロの言葉




「非常に素晴らしい選手。とてもクレバーで、ゲームのセンスがある。
誰よりも試合を先に読んでいる。いつもスペースを見つけ出すし、
ボールを見逃さない。ピッチ上で誰よりも一歩先を読んでいる選手」
オーストラリア代表・トム・サーマンニ監督の言葉




「澤さん、あと1点で勝てるよ」

IFA女子ワールドカップ・ドイツ大会の決勝アメリカ戦で同点打を決めた直後、
澤穂希にかけた一言。この言葉で澤はハッとさせられ、
「私は同点でいい、と思っていた。あの一言で、最後まで諦めない気持ちになれた」と、
当時を振り返る。




「私が今あるのは、岡山の皆さんのおかげです。それに、早く温泉につかりたいから」

2011年のW杯優勝後、番組出演のオファーをすべて断り岡山に帰った時の言葉。




「私は、『辛かった』と、ひとことも言ったことはないんです。
だって、サッカーは仕事なんですよ。
『仕事が辛い』って言っているのは、ダサいじゃないですか?」




「個人の賞にはあまり興味がない」

2012年アルガルベ杯でMVPに選出された時の言葉。




「粘り強くゴールを許さないのが自分たちらしさなんです」

準々決勝のブラジル戦後、主将の宮間は
「パスサッカーが私たちらしさと言われるかもしれない。
でも、強い相手にボールを支配されても、足を止めず、
粘り強くゴールを許さないのが自分たちらしさなんです」と胸を張った。




「思い通りにボールが動いたら、私、サッカーやめてます、きっと」




「今日、両足切断の怪我をするかもしれない。
明日死んでも後悔しないように、今日もサッカーをやります」



(帰りの飛行機は男子チームがビジネスで、
女子チームがエコノミーだということだが、
それについてはどう思っているか?という海外メディアの質問への返答)

「何クラスでも帰れればうれしいです」





(NAVERのまとめから)









さて、と。
仕事すっか。
by ayu_cafe | 2012-08-09 10:45 | しごとのことば | Trackback | Comments(2)

スープをつくる、ことが、そのひとをつくる。

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料理研究家の辰巳 芳子さんは、

お父様が脳血栓で入院され、嚥下困難になった時に、

お母様と一緒にスープを作って、毎日病院に持っていった。

8年後にお父様が亡くなるまで、そのスープが

お父様のいのちを支えた。





辰巳さんは、毎日スープをつくりながら、

自分自身にもたらされるものが、とても多くあると感じた。



スープをつくる、ことが、そのひとをつくる、



と感じた。





***************************





辰巳さんは、イタリアで料理を学んでいたときに出会った生ハムを、

なんとか日本でつくれないかと思った。

当時、日本で生ハムをつくっている実例はほとんどなく、

まわりからも、日本の気候などの環境下では無理、と言われた。



豚の大きな骨付き肉を購入し、塩をすりこむ、

なんども挑戦する。

家の近くのイエズス会の教会にあった、

スペイン語の家庭料理の本に載っていた生ハムのつくり方を

読む込む。


毎年、庭に雪が吹きだまるところが、風の通り道だろう、

と、あたりをつけて、そこに、塩をすり込んだ豚肉を

つるすための小屋をつくる。

小屋は、適切に風がとおるようにする。

(辰巳さんは、これを、風に仕事をさせる
“風仕事”と呼ぶ。とてもいい言葉。)



試行錯誤の末、20年かかって、生ハムが完成する。


辰巳さんは、

「そんなに、時間がかかったとは思わないのよ。」

と笑う。



そして、

「わたしが、時間をかけて、試行錯誤していて、
結局ふと思うのは、あ、わたしは、すりこむ塩について、
ずっと考えていた、塩のことがわかった、
ということ、それが、最初からの目的ではなかったけれど、
おもわぬごほうびみたいみたいに、
塩のことがわかった。」


とおっしゃっていた。






***************************






辰巳さんは、大分の湯布院で、

料理人のひとたちに、講習をしている。


そこで、こんな風に言っていた。
(正確ではないと思いますが。。)



「わたしたち、料理をするものは、

たとえば、その魚に、とりくむ時に、

その魚の良さを見つめ、最大限に引き出すために、


幸いなことに、我をすてられる。


いい料理は我を落とさなければできない。


そして、我を落とすことで、

生きることが、ずいぶんと楽になる。」






***************************






スープをつくる、ことが、そのひとをつくる。


日々の料理や、そうじや、ささいなやるべきこともスープだと思う。


目の前の仕事も、目の前の困難も、

トラブルも、スープだと思う。




その“スープ”により、生ハムの塩の知識のように、

おもわぬごほうびがもたらされる。



そして、その“スープ”に取り組むことによって、

我が落ちる。

生きることが楽になる。


救われる。



スープをつくる、ことが、そのひとをつくる。


というのは、


スープをつくる、ことが、そのひとを救う。


と言ってもいいかもしれない。





自分をつくる、というのは、肩の凝る道徳的な向上ではなく、

より楽になる、幸せになる、救われる、ということかもしれない。




その“スープ”に取り組むことで、

その“スープ”が、いろいろなことを教えてくれる。

そして、いつか、その“スープ”が、救ってくれる。




じっくり、クツクツ、コトコトと、

スープをつくろう、と思う。
by ayu_cafe | 2010-10-24 09:18 | しごとのことば | Trackback | Comments(4)

生き残る。

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木村拓コーチ講義内容から転載させていただきます。




高校時代は4番を打っていて、捕手でした。19年間プロ野球選手をやって、最後は2番・セカンドになった。そのいきさつを話そうと思います。
 
 1990年のドラフトで、僕は指名されませんでした。当時は6位までに指名されなかった選手は、「ドラフト外」で自由競争でした。僕は高校通算で35本塁打打っていて、宮崎県のお山の大将で、ドラフトで自分の名前が出ないでショックでした。ドラフト外で日本ハムに入団する時に、スカウトから「入ったら横一線だから。プロの世界は自分が頑張って結果を残せば、一軍に上がって大変な給料がもらえる」と言われました。
 
 でも入ってみるとちょっと違っていた。新人のみなさんはキャンプを1か月やって、「これならやれるな」と思った人と、「すごい、ついていけないかも」と思った人がいるでしょう。僕はキャンプ初日にシートノックでボール回しをやった時に、「とんでもない所に来た」と思いました。プロのスピードについていけない。ドラフト外というのもなるほどな、これはすぐにやめて田舎に帰らないと、と思いました。
 
 当時、開幕前に60人という支配下登録の枠がありました。僕は登録されなかった。新聞に任意引退選手と出て、故郷から「2か月でやめるのか」と電話がありました。今の育成選手は、二軍の試合に出られるし、シリウスやフューチャーズがある。僕の時には支配下からもれたら、試合に出られず、ひたすら練習。「何しにプロ野球に入ったんだろう」。今の育成は、野球をやるチャンスがある。どんどんアピールして頑張ってほしい。
 
 2年目に、一軍にけが人が多く出ました。二軍の野手が一軍に呼ばれて、二軍監督から外野を守るよう言われました。試合に使ってもらえるならと外野手をやり、まず第一歩を踏み出しました。そしてファームで1番を打っていた選手が米国に野球留学し、他はけが人も多く「1番がいないから、お前が打て」とコーチに言われ、何て運に恵まれているんだろうと思いました。そして9月、一軍にけが人が多く、初めて一軍に上がりました。結局、2年目は3本ヒットを打ちました。
 
 3年目は開幕一軍でしたが、ほとんどが守備要員でした。1か月ほどで二軍に落ちて、それ以降は一軍に上がらずでした。3年目のオフに転機がありました。9月末から12月末の4か月間、ハワイのウインターリーグに参加し、イチロー選手といっしょでした。1歳下のイチロー選手に衝撃を受けました。4か月間同じ部屋で、朝起きたらいない。朝からウエートトレーニングをしていたのです。このウインターリーグでイチロー選手は首位打者を獲りました。自分はこんなんじゃだめだなと思い、イチロー選手が僕の野球人生を変えてくれた一人になり、感謝しています。
 
 4年目は、1年間一軍にいましたが、守備要員でした。しかしやっと「野球選手になれたな」と思っていたのですが、広島にトレードになった。正直「何でおれが」と思いました。広島は当時、野村、江藤、前田、音、緒方、金本の名選手ぞろい……僕に入り込むすきはなかった。移籍1年目は数試合に出て7打数で安打なし。「これはクビになるな」と思い、「どうやったらここで生きていけるか」と考えました。一軍のレギュラーの中では、セカンドが確か34、35歳のベテランだったので、セカンドをやるしかないと練習するようになりました。
 
 移籍2年目は、一軍を行ったり来たり。それまでは右打席でのみ打っていましたが、左投手の時には代打で出られるけれど、右投手だと代えられる。どうしたら代えられないようにできるか。左打席で右投手が打てるようになればと、スイッチヒッターに取り組みました。自分が生きていくためには必要だと。
 
 スイッチヒッターになって、1つ気づいたことがあります。例えば右打者の時、右投手の外の真っ直ぐと左投手の外の真っ直ぐは同じではなく、角度が違う。スイッチヒッターは、練習は人の倍やらないといけないが、右打席の右投手のような、自分の体に近いところから来る球がなくなりました。球種が半分になったようなものです。打つのが一番難しいのですが、体に近いところから遠いところに逃げていく球がなくなった。それに気づいてからは打てるようになりました。プロに入って9年かかって、10年目に136試合フル出場しました。野球選手の平均寿命が8、9年で、自分がそこまで生き残れました。
 
 今、みんなは希望にあふれて「レギュラーを獲って生き残ってやる」と思っているだろうが、必ず壁にぶつかる。そんな時、少し言葉で考えると、僕みたいに生き残れる。ざ折してあきらめるのか、そうでないのか、自分で考えないといけない。
 
 そして34歳の時、トレードでジャイアンツに来ました。広島が若手選手への切り替えを図っていて、僕は出場機会が減りそうだったのですが、子供はまだ小さく、家のローンも残っている。「トレードに出してください」と球団にお願いしたのですが、決まったのが(戦力が充実している)ジャイアンツ。「出番を求めているのに、何でジャイアンツなんだろう」と思いましたが、入団してみると、けが人が続出してチャンスがもらえた。
 
 最後にジャイアンツに入って、3連覇や日本一を経験し、勝つ喜びを知った。今までは自分の事だけを考えていました。プロ野球選手になると自分が成功するために、どうしても自分の事ばかり考えてしまう。しかし勝つ喜びはものすごくて、言葉では言い表せない。みなさんも、自分が活躍して優勝するんだという気持ちを持ってほしい。
 
 自分は「こういう選手になろう」と思ってここまで来た選手じゃない。こうやるしか思いつかなかった。それが「ユーティリティープレーヤー」、「何でも屋」で、それでもこの世界で食っていける。「レギュラーになる、エースになる」だけではない。巨人の藤田宗一投手は、中継ぎ登板だけで自分と同じ歳までやっている。それで飯が食える、それがプロ野球。「俺が一番うまい」と思って入団して、一番得意だった事がうまくいかない。それもプロ野球。その時にあきらめるのではなく、自分の話を思い出してほしい。投げ出す前に、自分自身を知って可能性を探るのも必要ではないか。
by ayu_cafe | 2010-04-28 06:53 | しごとのことば | Trackback | Comments(4)