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カテゴリ:ayuCafe 絵画 Bar( 5 )

ムーミン・トロールが寒い冬の夜に目を覚ます。

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わたしは、ムーミン・トロールのおはなしの中で、

ムーミン・トロールがひとりだけ、

冬の夜更けに目を覚ましてしまい、

冬眠にもどれなくなる、という、

原題「トロールの冬」が大好きです。



わたしもねむれないことがしばしばあるので、

あ、ここにも眠れない子がいるんだ、

と安心したりします。


そしておそるおそる、キンと鼻が痛くなるような

冬の夜を歩きだす彼のあとをついていってみたり、

冬の夜のともだちとの会話を盗み聞きしたり、

いつかくるだろう、春や朝を、思いえがいてみたり。。。



そうこうしているうちに、

ねむくなります。。











*写真はすべて講談社さんの「ムーミン画集」より
by ayu_cafe | 2009-11-13 00:28 | ayuCafe 絵画 Bar | Trackback | Comments(8)

夏の長い午後に鍵をかけるピエール・ボナール。

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夏の休日、静かな長い午後に、
ボナールを見てると、なんだかとても落ち着く。
許されているような気持ちになる。
なんでだろ。


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なぜか、ああ、こんな自分でも、
生きててもいいんだな、なんて感じる。



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こうあるべき、こうでなければならない、という
いわゆる社会性のようなものが、欠如してるからかな。


夏の長い午後に、社会の規範的なものが、
とけるようにあいまいになって、
なにか、とてもあまい倦怠が豊潤に確保されている
ように感じる。



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ボナールの奥さんは、ナーバスな性格だったみたい。
ボナールは、大好きな奥さんが亡くなったあと、
奥さんの部屋に鍵をかけて、
けして開けなかった。



ピエール・ボナールは、夏の長い午後に鍵をかけた。

社会性も、正義も、正論も、あらゆる正解も、
そこには入ってこれなかった。

アブノーマル、とさえ思えるような野生が
そこで息をしている。
だから、とても落ち着くのかもしれない。

その鍵のかかった部屋で、
許され、救われるような気持ちになる。



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by ayu_cafe | 2009-08-16 07:31 | ayuCafe 絵画 Bar | Trackback | Comments(0)

その夜の孤独に効く「鎮静剤」。

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お母さんがなかなか帰ってこなかったので、
ユトリロは、だんだんお酒におぼれてゆきました。


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お母さんも、また、なにかを探していました。
ルノアールや、ロートレックの絵のモデルになり、
親交を深め、自分でもいくつも絵を描いていました。


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その頃、まだ「郊外」だったパリ、モンマルトル。
お母さんの帰ってこない部屋で、
ユトリロは、床に落ちて割れたワインのビンの
ガラスをよけて、ワインをすすっていました。


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入退院を繰り返すアルコール中毒の病院で、ある日、
ある医師が、ユトリロに提案しました。

「君も絵を描いてみない?」


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絵を描くことに夢中になる、というより、
絵を描いている間は、気がまぎれた、
あるいは、そこに逃げ込めた、
あるいは、静かな気持ちでいられた、
ような気がします。


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だから、これほど、閑散として、
これほど静謐なのではないでしょうか。


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ユトリロにとって、絵は、
教養でも、趣味でも、芸術でもなく、
その夜の孤独に、とてもよく効く、
「鎮静剤」だったのかもしれません。


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独学のユトリロに、同じように絵画を志す、
親友ができました。
その頃、シスレーやドガを見てまわったそうです。


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そして、その美青年の親友とユトリロの母は、
恋愛関係に。。。


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絶望。そして、この時期から、
ユトリロの絶頂期と言われる
「白の時代」がはじまります。


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母、ヴァラドンも、ずっと、なにかを探していました。
ヴァラドンにとっても、絵は、
教養や趣味ではなかったはずです。
彷徨うこころの「鎮静剤」であったはず。


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2009年3月、maVieさんと一緒に、
マドレーヌ寺院の裏手のギャラリーで、
ヴァラドンとユトリロ展を見てきました。

その日は初日で、会場は、
初日の期待感に高まるパリのひとでぎっしり。


これほどまで多くのユトリロの作品をまとめて
見たのははじめてでした。


展示の最後の方に、ユトリロの使っていた
パレットがぽつんと置いてありました。


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ユトリロという名前は、彼を認知した
スペインのひとの名字だそうですが、
実際に、彼の父親である可能性は低いそうです。


なにかを探しながら、絵の世界を彷徨う母。

母を待ちながら床にこぼれたワインをすする子供。


3月のパリには、ヴァラドンが描いたユトリロが、
大きくディスプレイされ、展覧会の告知をしていました。

セーヌ沿いのフランス学士院の前でも、
ヴァラドンのユトリロが、たくさんのフラッグになって、
連なってはためいていました。


ひととくらべて、どのように不幸だったか、
何が、誰が、いちばん悪かったのか、
ということの論議をまだする?

ただこの親子は「生きた」だけ。
単なる、そして唯一の絵という救いに、
大いに愛されながら。


そして、きみは、自分がどう不幸だったか、
誰が悪かったか、という話をまだするの?

ところで、きみはどれだけ「生きた」?


フランス学士院の前のフラッグは、
そう言ってるみたいに見えました。


そんなフラッグがはためいているから、
こんな親子が生きた街だから、
わたしは、パリが、大好きです。



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by ayu_cafe | 2009-08-11 05:00 | ayuCafe 絵画 Bar | Trackback | Comments(4)

「絵はそこで、待っていてくれる。」

ある気持ちのいい秋の休日、
午後になって、洗濯物をとりこんでから、
ブラックパール号のシートをはがして、
妻と箱根のポーラ美術館へ出かけた。

小企画展の方で、
フジタの「小さな職人たち」シリーズを
一挙36点展示する、ということで、
これは行かねば、とずっとそわそわしていた。

うちから箱根までは、道が
すっきすきなら30〜40分くらい。
洗濯ものをとりこんでからだったので、
さすがに、下りは空いてて、すぐ着いた。

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メインの企画展の方は、
佐伯祐三とフランスっていうので、
なぜか、あまり日本の画家に興味がないので、
なにも期待せずにいたら、この展示会が
ものすごくよかった。

まず、企画展のエントランスに置かれている、
看板(?)がかっこいい。

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なにこれ、バスキアみたいだよね、
と妻とちょっと盛り上がる。

はじめに影響を受けた画家の展示。
ルノアールが数点、そして、ゴッホのこのヒナギクの
背景のクリームソーダ色が、とんでもない色をしていた。
(実物はとんでもなくきれいです)

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絵も、建築も、街も、食も、実際のものはまるで違う。
本で、ネットで、見て、知ってるというのは、
まったく知らないのと同じ、というのが、
私のささやかな経験から得た鉄則。
この日見たものは、ほとんど、その
実物パワーを激しく発していて、
なんだか、もう一回生まれたみたいな気分になった。


そして、ヴラマンク。

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名前は知ってたけど、実物見て、圧倒された。
いま、ヴラマンクって入力しているだけで、
鳥肌がたつ。
これも実物は、もっと黒が輝いていて、
キンとこころが冷やされるよう。



そして、佐伯祐三。

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とてもひきこまれた。

なんなのだろう。パリに行ったからかな。
晩秋の夕刻の疲労感、雨の匂い、
クルマやバスや救急車の喧噪、人いきれ。
石畳を歩いた足の痛み。
作家や画家や音楽家がのたうちまわった
人間の痕跡。

すこし生きたからかな。
よごれて、疲れて、しわのついたこころが、
この絵に身をしずめて、休みたがっている
ように感じた。


そして、ユトリロ。
え?ユトリロ?こんなにあるの?

パリでもオランジェリーか、
モンマルトル美術館でしか、まとまった数を
見たことないのに、こんなに近くにあったとは。

私にとって、ユトリロは育ての親(?)みたいなもので、
佐伯祐三も、ユトリロの子どもみたいなものだから、
佐伯祐三の絵が気に入らないわけはないのか。。

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やっぱりすごい。
まったくなんでひかれるのかわからないけど、
涙がでそうになる。
佐伯祐三よりも空気が乾燥してることは確か。。


ちなみに、佐伯祐三の企画展の図録は、
とてもかっこよかった。

こんなの。

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他の企画展では、結構好きなブーダンや
モネ、ボナール、セザンヌ、ピカソ、
シャガールなんかが見れた。
(洗濯物をとりこんでから来る、
というような日常的なスケールを
完全に超えている。。)

フランスでクルマを借りて訪ねた、オンフルールや、
エトルタを、ブーダンや、モネが描いていて、
妻と、「ほら、ここ、あの坂道のところの。。」とか、
「この海岸、もっと石だらけだよね。。笑」なんて、
絵の前で小声で話した。

旅行に行く醍醐味のひとつは、
その場所の絵の前で、
妻と小声で話せることかもしれない。



ピカソのブルーもきれいだった。

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シャガールは「私と村」が見れてうれしかった。

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シャガールって、東欧の絵本みたいだな、と思う。

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そして、フジタ。
その展示室が遠くに目に入っただけで
逃げたくなるほど、ドキドキした。

36枚の「小さな職人たち」と
いくつかの作品が一部屋に並んでいて、
その空間に居れることが夢のようだった。

「小さな職人たち」は、これも
写真だと味わいがまったくわからないけど、
ファイバーボードという繊維の質感が
わかる素材の上に書かれていて、
独特のテクスチャー感があって、
ちょっと前に吉祥寺で見た、酒井駒子さんが
段ボールの上に書いた原画と通じるものを感じた。


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そして、フジタの出会うべきものに出会ってしまった。

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この実物の乳白色の光り方は、ほんとうに
この世のものとは思えない。

フジタの白は、「科学的」に分析されていて、
どうも、硫酸バリウムを下地に用い、
その上に炭酸カルシウムと鉛白を混ぜた絵の具を使って
いたことがわかってきたらしい。

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フジタを見たのは、国立新美術館のポンビドーセンター展で
「カフェの女」を見て、
その白の輝きにたたきのめされたのが最初。
それ以来、夢中になって、
パリでも美術館になっている
モンパルナスのアトリエ跡を訪ね、
重い画集を買って帰ってきたりした。

ポーラには、講談社さんから出た画集があって、
即買い。
講談社さん偉いな〜。パリでも画集、なかなか
見つからなかったのに。。

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もうすぐ、大規模な回顧展がはじまるらしいし、
ポーラでも、フジタの企画展の方は、
3月までやってるらしいから、
あと80回くらい見にいきたい。。
とにかく、実物は違うから。。



「絵はそこで、待っていてくれる。」

というのは、あるアーティストの言葉だけど、
うんと好きになる知らない絵が
いろいろなところで、待っていてくれる、って
なんて素敵なんだろう。
by ayu_cafe | 2008-09-29 02:50 | ayuCafe 絵画 Bar | Trackback | Comments(8)

色彩だけが、さざめくようにさわがしい。

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マルモッタン美術館は、手前の公園から
とことこと歩いてくるのが、おすすめ。
輝く新緑の頃がおすすめ。
夕方くらいがおすすめ。

ベルト・モリゾの部屋は2階。
繊細で、ひんやりと静かで、
清々しく凛とした作品たちが
そこで待っていてくれます。

漠然と、幸福と紙一重の空虚を感じたりします。
現実的で、現代的な
冷たいロマンティシズムを感じたりします。

大きな窓から、輝く新緑がせまってきます。
ひとはあまりいません。
静寂。
色彩だけが、さざめくようにさわがしい。。


美術館を出ると、フランスの子供たちが、
シンプルなメリーゴーランドの馬たちに
またがって、おじさんが動かしてくれるのを
ニコニコと待っています。
by ayu_cafe | 2007-05-29 03:35 | ayuCafe 絵画 Bar | Trackback | Comments(6)