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夜明けまえのともだち

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ぼくは、みどりのはこ。
この街のどこにでもあるはこ。

ぼくは、夜が明けるころ、散歩するのが好き。
コン、カン、コン、カン。
蒼い蒼い夜明けに小さな音をたてて歩くのが好き。

日がのぼるころまでにもどればいいから、
それまでは、いろんなところを散歩する。
コン、カン、コン、カン。

早起きのひとがいたら、その場に立ち止まっていれば、
とくに不思議に思われない。
もともとこの街のひとは、みどりのはこが
夜明けに歩いてたって、そんなに騒がない。
ひとにはひとの自由があって、
はこにははこの自由がある。
たぶん、みんなそう思ってる。
コン、カン、コン、カン。

ぼくの好きな場所は、
河沿いの大きな美術館の裏通りにある小さな家。
その家の入り口には、壁いっぱいに詩が書いてある。
消しても消しても誰かが書いていく。
そこに昔、住んでいた歌手がつくった
きれいに韻を踏む詩をみんなが書いていく。

ぼくは、静かな夜明けまえに、
その家の前で、ささやきあう詩に耳をすませる。


そんなぼくのことを知ってるのは、
いつも、ぼくを見下ろしてる大きな塔だけ。
彼女はあんまりしゃべらないけど、
ぼくと彼女は、夜明けまえのともだち。

あんなに高くて、あんなに目立って、
うかつに動けないから、大変じゃないのかな、と思けど、
彼女はあんまりしゃべらないから、わからない。
コン、カン、コン、カン。

散歩の最後は、河の真ん中に浮かぶ島。
そこの教会の鐘は、花がこぼれるような音がする。
この島にかかる橋から、東の空が明けてくるのを
いつも眺める。

あの彼女を、いつかこの橋に連れてきてあげたいと思う。
高いところからみる夜明けとは、きっとちがうと思うから。
河沿いの樹が気持ちのいい風に揺れる音。
早起きの鳥が水面にもようを描く音。
夜明けがそんなかすかな音をたてながら、
やってくるのを、きっと彼女は知らないと思う。

橋の上でいつものように夜明けをみていると
「カチ」とライターをつける音がする。
厚手のコートを着た女の人が、
寒そうにタバコをすいながら、
ぼくの隣で夜明けをみている。
女の人はちらっとぼくを見て、
口のはしをすこし動かして、
あいさつするみたいに、ちょっと笑う。
ぼくはどうすればいいかわからなくて、
じっとしている。

この女の人がいなくなったら、
コン、カン、コン、カンと、
急いでもどらくちゃ。
by ayu_cafe | 2008-06-26 02:36 | ayuCafe 創作 Bar | Trackback(1) | Comments(6)

ふたつののりもので、夜の森の風が吹く

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先日、出張からの帰りに、電車の中で、
出たばかりの「ピアノの森 15巻」を読んでいた。

主人公が、ポーランドのショパンコンクールの
第一次審査で、いよいよピアノを弾くシーン。

観客が主人公が弾くピアノの世界に引き込まれ、
想像する、
「どこだろう」
「湖?」
「風が吹いている」
「どこの湖だろう」
「いや、海?」
「どこだろう」
「そうだ、森だ。」
「夜の森をかすかに吹く風と葉のささやき」


このシーンを読んで、帰って来てから、
「現実に取り組むほど、その水は透き通る。」
っていう記事を書いた。

数日後、gla_glaさんのブログを見たら、
gla_glaさんも、大阪出張に行く時、
「ピアノの森の新刊を読んだ」って
書いてあった。

少なくとも、
ふたつののりものの中で、
夜の森の風が吹いたんだな、と思った。


そして、この前、また、gla_glaさんのブログを見たら、
わたしの写真にgla_glaさんの詩が添えられた記事
アップされてて、軽く息がとまった。

こんな時のうれしい気持ちは、
言葉でなんて言うともったいない。
ひたすら、夜の森をかすかに吹く風に耳をすまし、
そして、満月の湖でゆったりとうねる
水面のことを考える。





こちらにも、写真と一緒に詩を転載させていただきました。
by ayu_cafe | 2008-06-25 09:11 | ayuCafe Book Bar | Trackback | Comments(2)

ふくよかな意志の種子

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どこかに、花が咲き、大小の樹が茂る庭がある。
そこから伝わるのは、ふくよかな意志。
そうせずにはいられない、というような、
豊かさへの、健全で深遠な欲望。

アメリカを代表する絵本作家、
というよりバーモンド州で
それはそれは美しい庭をこしらえている
ターシャ・テューダーさんという
おばあちゃんの言葉をここに
書きとめさせてください。
(言葉と写真はメディアファクトリー社様の
書籍から転載させていただきました。)


ターシャさんは、花を植える時は、
景気よくどっさり植える、
とおっしゃっていたので、
庭に花を植えるように、
言葉もどっさり植えてみました。


*********************


「家事をしている時、あるいは納屋で仕事をしている時、
これまでの失敗や過ちを思い出すことがあります。
そんな時は考えるのを急いでやめて、睡蓮の花を
思い浮かべるの。睡蓮はいつも、沈んだ気持ちを
明るくしてくれます。思い浮かべるのは、
ガチョウのひなでもいいんだけど。」


「わたしの絵を気に入ってくださる方は、
創造力が発揮できて楽しいでしょう?
と言うけど、それは見当ちがいよ。
わたしは、売るために絵を描いているの。
生活のため、食べていくため、そして
もっと球根を買うためにね。」


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「うちは暗いと言われますが、
昔の家はみんな暗かったのです。
わたしは暗いほうが落ち着きます。
シマリスの巣みたいで、好きです。」


「昔から呼ばれて来た植物名には味わいがあります。
ジギタリス、と言うより、キツネノテブクロ、
と呼んだほうがずっと楽しいと思うわ。
うちのキツネノテブクロは、最初、できの悪いセロリ
のようだったけど、手作りの肥料の助けもあって、
今では両手でもつかめないほど太くなりました。」


「シャクヤクは夏中、葉を青々とさせ、
枯れる時はきれいに枯れます。
わたしは八重咲きの大輪が大好きです。
夕立が来て、シャクヤクがうなだれてしまうと
見ていられなくて、雨が止むのを待って飛んで行き、
一輪一輪、雨水をふり落としてやります。」


「玄関の横に白バラのロサと紫の
クレマチス・ジャックマニーをからませてあります。
バラもクレマチスも、どこが始まりで、
どこが終わりかわからないほど、
みごとに一体化しています。」


「土が痩せていて排水のいい斜面が、
ハーブの栽培には理想的。
大部分のハーブは、栄養分の少ない土で育てた方が、
精油成分が強くなるのです。うちのハーブ園には
三十年物の株もあります。セージ、マージョラム、
カモミールなどは、放っておいても、
毎年元気に出てきます。」


「適当な場所を見つけては、できるだけツル植物を
這わせてきました。自由奔放に這いまわるツル植物を
見ていると、自分を見ているような気がします。」


「花は、何がなくても、香りが欲しい。
ツバキの花びらは磁器のようだと思うけど、
香りが全然ないでしょう?ツバキも、クチナシくらい
香りがあったらいうことないのですが。」


「庭の植物はみんな、わたしの友達です。
三色スミレやバラは女性、雑草やアザミやツゲの木は男性。
家の中にいても、あ、あの花が水を欲しがっている、
と思うと、水をやりに行かないではいられません。」


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「ジャガイモ掘りは大好き。宝探しみたいで
楽しいじゃない?でもうっかりして、
丸まると太った大きなジャガイモに、
シャベルを当てて、まっ二つにしてしまった時は、
しゃくにさわるわね。」


「草取りの仕事は絶えずありますが、
人任せにはできません。知らない人は、
自然播種させているワスレナグサやケシまで
抜いてしまうんですもの。」


「夏に木陰を提供し、雨の多い季節に土が流れるのを
防ぐだけが木の役割ではないわ。鳥が巣をかけたり、
止まり木になる大事な存在でもあります。
洞(うろ)でもあれば、シジュウカラやキツツキが
巣を作れるので、なおさらいいわね。」


「初雪が降る前は、においでわかります。
紛れもない、空気の匂いがあるのです。
初雪は、胸がわくわくします。
ある小さな本に載っていた
美しいさし絵を思い出します。」


「ガチョウの子どもの顔を見たことがあります?
目の縁のボタンホールステッチのな模様、
ふわふわとした胸毛、小さなくちばし、
そのくせ足はしっかりしていて、
一人前に水かきまでついてるの!
その愛らしさは何とも言えません。」


「雪が降ったあと、動物の足跡を見るのは楽しいわ。
今朝も、小さなネックレスのような、
ハツカネズミの足跡を見つけました。
ウサギが餌をかじっていた場所もわかります。
いちばんきれいだと思うのは、小鳥の足跡。
レース編みみたいじゃない?」


「大事なことはみんな、キッチンのドアに
メモしてあります。いつ、誰が、生まれた、
亡くなった、結婚した、といったことです。
そうそう、山羊の出産のこともね。」


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「長女ベサミーの誕生パーティは川岸で行い、
ろうそくを立てたケーキを、川の上流からみんなの
集まっている所まで流したものです。」


「ジョーシ・バーナード・ショーの言うとおり、
『若さは、若い者に与えるにはもったいない』、
年を取ってからのほうが生活が充実し、
いろいろなことをもっと楽しめます。
椅子にすわってから、あ、メガネを忘れた
なんていうこともあるけど、わたしにとっては、
今がいちばん楽しい時です。」


「わたしはジョーシ・バーナード・ショーの
次の言葉を座右の銘として生きて来ました。
『人は自分の置かれている立場を、
すぐ状況のせいにするけれど、この世で成功するのは、
立ち上がって自分の望む状況を探しに
行く人、見つからなかったら創り出す人である。』」


「ハーブと華やかな花に囲まれ、
忙しく蜜を吸うハチドリやミツバチを
眺めていられるだけで楽しいわ。
それに暖かい日差しがあれば完璧ね。」


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「糸を紡ぎ、布を織り、編み物をしていると、
心が充たされます。自給自足の生活が夢なので、
果物も野菜も、自分で食べる物は自分で作り、
貯蔵しておきます。生活に必要な物で自分に
作れないものがあると、その作り方を教わってでも、
自分で作りたいと思います。」


「家族でおもしろ半分に、スティルウォーター教
というのを作りました。(じっと動かない水)と
名付けたのは、ストレスのない平和な生活を信奉する、
という意味。第一の戒律は、フラ・ジョバンニの言葉。
『世の中の憂鬱は影に過ぎない。その後ろ、
手の届くところに喜びがある、喜びをつかみなさい。』」


「楽しいことは、それを楽しみに待つ喜びも
大きいものです。」


「クリスマスの準備は、6月頃からはじめます。
ミトン、ろうそく、人形の服、ソックス、
ぬぐるみなどを全部手作りするので、時間がかかるの。
できあがったものから、屋根裏部屋の
大きな衣装箱に入れておきます。」


「心は一人ひとり違います。
その意味では、人はいつもひとりなのよ。」


「霜が来そうな時はわかります。裸足で歩くと、
土の温度が下がっていることが足に伝わってくるの。」


「わたしは、勤勉でまじめな典型的な
ニューイングランド人です。うそをつくこともありません。
でも、楽しくない集まりから逃れたいというような時は、
ちょっとぐらい真実を曲げてもいいのよ。
退屈した時、山羊はとても便利。
『乳搾りの時間なので』と言って、失礼できるでしょ。」


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「手作りのプレゼントは、贈り物を二回するのと同じ。
手作りする行為と、プレゼントそのものとで。
ミトンやソックスを編むのは、みんなの手足が
いつも温かいようにと願うから。」


「料理のコツで強調したいのは、
できるだけ新鮮な材料を使うこと。
それから近道を探そうとしないこと。
価値のある良いことはみんな、
時間も手間もかかるものです。」


「わたしは絶対、1830年代の人間の
生まれ変わりだと思います。
だから、死んだら、迷わず1830年代に戻ります。
友人の中には、古代エジプトの王女になりたい
という人もいるけど、わたしは1800年から
1840年のイギリスのイブスウィッチに行って
船長の奥さんになりたいわ。」


「わたしには怖いものがありません。
死さえ怖いとは思いません。
どんな経験か、楽しみじゃありませんか。
つまり、人生に悔いがないということなのでしょうね。」


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「たくさん絵を描いてきましたが、
ほんとうに誇れるのは5点くらいかしら。
でもいつか、みんながあっと驚くような
作品を必ず描きますよ。」


「わたしは、期待通りにいかなかった場合、
肩をすくめて、
『まあ、いいわ。わたしはわたしで、
その時できるかぎりのことをしたのだから』
と考えてやり過ごしました。」


「家事も仕事も完璧になんて、いくわけがありません。
そもそも、わたしには、完璧にこなしているものなんて、
ひとつもないわ。だいたい世の中に、完璧なものなんて、
まずないでしょう。完璧なのは、開花したばかりの花や、
生まれたばかりの赤ん坊くらいじゃない?」


「わたしはいつも生活全体を見るようにしていたので、
小さいことにこだわって
ぐずぐずすることはなかったわ。
絵を描くのに飽きたり疲れたりしたら、
庭の様子を見に外へ出たり、
子どもと特別なことをして気分転換をし、
また仕事に戻るようにしていました。」


「わたしにとって、自然とは、植物、コーギ、ヤギ、
初春の若葉、川の流れ、美しい満月、秋のブナの紅葉、
雪の汚れのなさ、、、挙げきれないわ。」


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「わたしは、庭を、今日は何をしてやる必要が
あるかしら、と思って見てまわります。
その時、その時の素晴らしさを、楽しみながら。」





*********************





先週18日に92歳で旅立たれたターシャさんの
ふくよかな意志の種子が、
なにかに運ばれてここにもたぶん届いています。

雨風から守り、大事に育てられるか、
枯らしてしまうかは、わたし次第。









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by ayu_cafe | 2008-06-22 07:43 | 一生勉強。 | Trackback | Comments(2)

『何となく生きていてはいけませんね!』

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9年くらい担当させていただいている
クライアントがあります。

言葉にこだわり、つくるものにこだわり、
細かくいろいろなものを一年中つくります。

だから窓口となる担当の女性の方とは、
深く、きめ細かく、やりとりし、作業を進めて行きます。
同僚のアートディレクターは、
毎日のように連絡を取り合います。

担当の女性Aさんは、新卒採用で4年目くらい。
27歳くらい。
私たち制作会社にとても気をつかってくれて、
自分の仕事が好きで、情熱があり、
いくつもの彼女の意見が社長に尊重され、
会社のサービスをより豊かなものにし、
バレンタインは義理チョコを私たちにくれて、
私は、フランスへ行くたびに、おみやげを
買ってきて、私のフランスの写真を
お見せしたこともあります。


金曜日、打ち合わせに伺うと、
会社の方が、Aさんが出社しておらず、
連絡がとれない、とのこと。
一人暮らしのAさんのアパートに
会社の方が行ってみているとのこと。
心配ですね、と言いながら
その日は、会議を終えました。

翌日土曜日、休日出勤して仕事をしていると、
同僚のアートディレクターから携帯に電話がかかってきました。
「Aさんが亡くなったそうです。」

兆候のない突然の脳出血で、
木曜日の夜に亡くなっていたとのこと。

日曜日は、喪服で休日出勤をして、
夕方まで仕事をして、
社長と同僚とお通夜に行きました。
その後、解散して、週末の人の多い
渋谷の街を喪服でさくさくと歩いて、
タワーレコードに行きました。

タワーレコードは、お寺とちがって、うるさくて、
クロマニヨンズのCDシングルを買いました。
サビの歌詞が
「ただ生きる、生きてやる、呼吸を止めてなるものか」
っていう歌。

その後、会社にもどってまた仕事をしました。


以前、クライアントの社長さんから、
天声人語のある日の記事がいいので、
新聞広告の参考してください、と言われ、
Aさんが、郵送で新聞のコピーを送ってくれました。
私がメールで、お礼を言い、
天声人語の内容と関連して、
私が、伊藤園のお〜いお茶に
書いてある俳句も、いつもなかなかいいですよね、
というメールを送りました。

するとすぐにAさんからこんな返信メールが来ました。
それが、私とAさんとの最後のメールのやりとりでした。


『私も天声人語読みましたが、
日常を切り取る
あの感覚というか感性はすごいですね。

何となく生きていてはいけませんね!

私もおーいお茶はついつい読んでしまいます。

そんな「ついつい」を狙っていきたいですね。』




ぬるく生きて、ぬるく仕事したくない、
4、5日徹夜したくらいで、簡単に自分にOKなんて
出したくない。
またいつか薄ぼんやりとした記憶になるんだろうか。
そうなるとは、とても思えないけど。


Aさんが書いた
何となく生きていてはいけませんね!
の「!」にまだ体温が残っている。
たぶんこれからもずっと。









追記
昨日の告別式の出棺の際、
最後の一緒のお仕事の
朝日新聞の広告も
一緒におさめられたそうです。

つくりものというのは、
そういう場所に置かれるんだな、
と思いました。
by ayu_cafe | 2008-06-16 23:07 | 友人・同僚のこと | Trackback | Comments(16)

六月の青い情熱

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情が熱をおびる、
情熱って、
素敵な言葉だな、
と思いました。
by ayu_cafe | 2008-06-14 00:38 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(8)

フランスのアヴェック 4

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フランス、アルザスのリクヴィールという小さな村。
こぼれるように花が咲く、しんとした路地で。

「撮るよ〜もうちょっとこっちよって」
「こんな感じかしら」
「そうそういいね」

なんて言いながら(たぶん)。


歳を重ねた方が幸せそうなのを見ると、
とても幸せな気持ちになります。
by ayu_cafe | 2008-06-11 08:04 | フランスのアヴェック | Trackback | Comments(0)

償い。

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日曜日、クルマのディーラーに行く用事があって、
シートをとると、助手席側のドアにかなりのひっかき傷が。
こういうクルマだから、こういうこともあるかな、
とは思ってたけど。。

ディーラーで、用事と傷の応急処置をお願いして、
作業がすむまで、ふらりと隣の家電屋さんへ。
TVコーナーでは、巨大な薄型TVが並んでいて、
そのすべての画面に、秋葉原の事件の中継が映っていました。

ひとの暗い感情のことを考えました。

ドアの傷は、時間が経つにつれて、
どっしりと静かに自分の中におりてきて、
そして、だんだん、冷静に思いあたることは、
自分の中にもある暗い感情でした。

ことばで、誰かに修理の効かない傷をつけなかったか。
大事にしてくれた人に、つらい思いをさせなかったか。
行動をおこさないという行動で、無関心という怠惰で、
結果的にみえない暴力をふるわなかったか。

私にとって花や光、美しいものというのは、
たちまち暗がりへ転がり落ちそうになる
感情をなんとかつなぎとめる命綱のようなもの
かもしれません。
だから切実に必要としています。
そして、償いきれない償いと返しきれない恩返し
のために、日々、すこしでもまともに仕事をし、
すこしでもまともに生きたい、と思います。
by ayu_cafe | 2008-06-10 02:08 | 一生勉強。 | Trackback | Comments(2)

ねこものまね act.22

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プジョー。








(この後、機嫌をそこねていました。。。)
by ayu_cafe | 2008-06-06 10:13 | ayuCafeねこものまねshow | Trackback | Comments(6)

新シリーズ 京都の刃先 1

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京都祇園、白川通りを少しのぼった先。
凛と佇む町家のひとつが「尾張屋」さん。
古い薬屋さんか、無愛想な駄菓子屋さんのような
奥行きのない静かで暗く、時間が積み重なった店内。

売られているのは、香り。
こちらのものは、どれもほのかで、ひかえめ。

特に気に入った香りが、写真の2つ。
はじめて、右側のお香の名前を見たとき、
軽く息が止まった。

「月待ち雪」

この雑念を冷気で殺傷するような圧倒的な叙情、
静かで甘い緊張感、無駄なく研ぎすまされた言葉の切れ味。

この名前に、京都の文化の入り口があり、
同時にすべてがあると思った。

ある京都の本の帯には、
「都がその名の通り“平安”だったことは
かつていちどもない」と書いてあった。

ある京都の写真集には、
女優さんが、
「孤独や辛辣といったものを
知性や品性といったものに育むのが京都」
とコメントしていた。

京都で和む、という境地に私はまだ達していない。
混沌とする世の中と、混沌とするこころに
美しくあることで、拮抗してきたのが京都の文化。
その文化の鋭い刃先をつきつけられて感じるのは、
畏怖と緊張、そして、生きる力。


それにしても、
「月待ち雪」と同じレベルの詩情に満ちたネーミングが、
海外にいくつあるんだろうか。


「尾張屋」さんは、京都祇園、白川通りを少しのぼった先。
18時すぎには、店じまいがはじまります。




京都の刃先 1
by ayu_cafe | 2008-06-02 01:09 | 京都の刃先 | Trackback | Comments(6)