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君は僕を忘れるから。






このLD/VHSを、DVD化しない世の中っていったい。。
でもyoutubeで見れる世の中にありがとう。(←どっちだ。。)


ギルゴースティン
ミノシネル
トニーニョオルタ
ヤノアキコ。

ありえない。

ちなみに、舞台造形とパンフレットデザインは
立花ハジメ。


わたしは、この日、ここにいたんだけど、
たしか、コンサートの一曲目は、夏休みの子供っていう歌で、
アラーキーの写真集にインスパイアされて作られた曲。

このアップテンポの曲の間奏で、トニーニョオルタのギターが
すこしチューニングが変だな、とおもってたら、
トニーニョが、音を出したまま、弦のナットをぐいっと
まわして、チューニングをグイーンと合わせる音がそのまま、
音楽になっていた。



矢野顕子さんは、たしか、小さなころ、
ピアノの練習をするとき、鍵盤の間にカミソリを挟んで
ひいていた。
目がとてもわるかったので、いつか目がみえなくなっても
いいように、目をつむって、カミソリ鍵盤で練習していた。
(こういう人を前に、わたしには、言葉がありません。)








この曲の間中、わたしは、厚生年金会館の座席で、
かなしばりみたいに自由を失って、
崇高な表現に圧倒されていた。。

表現に自由を奪われるときって、
ちまちました自分の存在なんか消えてしまうときって、
とても幸福な瞬間。


凄い表現や風景って、
自由を奪われる。
存在を奪われる。
それがとてもきもちいい。




「素晴らしい日々。」


浄化されるような、海の音楽。


ひきさかれるようなやりきれない感情。


ロックンロール。
by ayu_cafe | 2010-01-30 02:03 | ayuCafe Music Bar | Trackback | Comments(2)

ソラニン

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へこむことがあった日は、
もう大人なので、
漫画をわしっと買って、
帰りの電車でわしわし読みます。


ソラニン全2巻と市川春子さんの「虫と歌」。


ソラニンを読み始めて、
ああ、もう大人のなのに、まだこんなことに
つきあわされんのか、とおもいながら
もう、とっくに思考のトーンは、主人公の口調な訳です。



2巻目行って、だんだん物語の空気が渦をまきはじめて、
ぐんぐん何かが押し寄せてきて、

ついにある人物が、ギターをぐっと持つワンカットで
ざざざざざああああああああ、と鳥肌がたちます。

神が宿るワンカット。


その瞬間、

ビー、バチンッ

ってあのエレクトリックな音が聞こえます。


ビー、バチンッってのは、
アンプの電源を先に入れてて、
あとから、ギターにシールドをさす時
出る音。


アンプのカーボンがゴソっと震える。
高音をおさえて、中域を太く。エフェクターをふんずけて、
いつもの自分の音と音圧と耳に痛きもちいい音量を。
ドラムがドンドンドンとバスドラを試しうちして、
ベースが、ブーンと第一音を出すと、
ドラムのスネアのうらにある金属のネットが震えて、
スネアが、ざざざざと音をたてる。
さざめくそのスネアに、ドラマーがスティックを振り下ろす。
バチン。
マイクをセットして、マイクのあみあみに、くちびるをちかづける。
たまに、くちびるにビリッっと電気がくる。




あー、だめだ、なんで、こんなこと思い出してんだろ。




ライブハウスの狭い楽屋で
野郎4人が黙って出番を待ってる。
落書き、たばこの煙。曲順表。
コンクリート。
前のバンドの音が聞こえてるけど、
まったく聞こえていない。
前のバンドが終わった。さ、出番。
前のバンドと挨拶。狭い通路。
シールドだらけの舞台脇から、中央へ。
PAのひとに、頼んでおいた曲を流してもらう。
緊張する。照明がつく。
30分も浴びてればあせびっしょりになる照明。
音の準備ができる。
曲はつくって練習して、時間分用意してある。
メンバーで、目配せする。
いこうか。
音楽がはじまる。
落ち着く。
世界でいちばん落ち着く場所。





あーどんどん記憶があふれてくる。
なんなんだよ、ソラニン。






証明する、ってフレーズが出てくる。
そっか、と思う。

証明したいだけなんだ。
失われてしまったものを。
失われていこうとするものを。
うもれてまぎれてしまうものを。
忘れ去られてしまうものを。
なかったことにされてしまうものを。
そこにたしかにあって、
心動かされたものを。
あるものさしによっては、
まるで価値に値しないものを。

なにかをつくりたい、文章を書きたい、写真をとりたい、
っていうことは、
それが、ここにある、ということを
証明したいだけなんだな、とわかった。


そこに、論拠も、必然性も、義務も、正義も、エコもへちまもない。
上手いも下手も、才能のあるなしも、向いてる向いてないも、
似合ってる似合ってないも、あってるあってないも、関係ない。
ただ、証明したい、という欲望だけ。

証明したい、というより、
証明しとかないとまずい。


だから、ちまちまくよくよしてる場合じゃない。

アントニオガウディは、あの街の真ん中に、
巨大なあれをつくって、なにかを証明したかった。

モーリスラヴェルは、ピアノの音を光のように交差させて
なにかを証明したかった。


わたしなら、

たとえば、祖母のいたづらっぽく笑う顔を
たとえば、祖父がお風呂で歌う浪曲を。
たとえば、冬の山のふもとでうねる北風を。
たとえば、嵐の翌日の朝、とどろく海鳴りを。

それは、そこにあったと証明したい。
それだけ。




ビー、バチンッ
by ayu_cafe | 2010-01-28 23:39 | ayuCafe Book Bar | Trackback | Comments(2)

おれは、NHKに森山未來に佐藤江梨子に大根仁に岡宗秀吾にぜんぜん負けてる。

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下にリンクを貼ったブログの記事を読んで、
ありゃりゃ、おれは、ぜんぜん負けてるとおもった。
(勝ってるとはもちろんおもってなかったけど。)

おれは、NHKに森山未來に佐藤江梨子に大根仁に岡宗秀吾に
ぜんぜん負けてる。


映像も切り口も、演技も、カメラも、論旨も
素晴らしくてイヤになる。
(いいものはイヤになる。プレッシャーになる。)

どうして、わたしは、1月17日にこういう記事を
書けなかったんだろ。

ポカリスエットでむかし、綾瀬はるかが

ぜんぜんだめだー。

って、言ってたけど、まったく同感。


ぜんぜんだめだー。

でも、あーすっきりした。

明日もゼロからがんばろ。
(祝・前向き)




大根仁さんのブログの昨日の記事




(ちなみに写真は、無反省にゲームに講じるふたり)
by ayu_cafe | 2010-01-27 00:45 | ayuCafe TV Bar | Trackback(1) | Comments(8)

『s57_folderの記憶,奥野ビル306号室』

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ブログで知り合ったえみこさんの個展に
行ってきました。

銀座 奥野ビルは、古い古い残像みたいなビル。
大阪の農林会館よりも古いかも。

帽子屋さんや展示スペースなどなどがあります。


えみこさんの個展で展示されているは、
記憶。


かつて、美容室だった306号室が、
どさっとそこにあります。


えみこさんの写真が、はらりと置かれています。


その空間自体が展示されています。


積もった時間と記憶の中で、ぼうぜんとできます。




(最初の写真のぶら下がった蛍光灯のスイッチは、
祖父が仕事場で使っていたものとおなじでうれしかった。)




上の写真はわたしが携帯で撮らせてもらいました。




えみこさんのブログの写真は、
どれもこれもものすごく憧れます。


なかでも、この↓シリーズは、
打ちのめされます。
で、かえって元気が出てきます。
だまって、さ、自分の何かを突き詰めよう
なんて気持ちになります。

Switch 意識のはざまで/トルコ編

とくにこの中の

ねぇ、ナニしに来たの?

という写真は、個人的に圧巻。

タイトルがとてもいい。







『s57_folderの記憶,奥野ビル306号室』
1月25日(月)より、2月13日(土)まで。
12時〜19時 銀座 奥野ビル306号室にて。


















くそー、いいなーっ。
by ayu_cafe | 2010-01-26 01:16 | ayuCafe ART Bar | Trackback | Comments(4)

ハワイの本を読みながら、お通夜にいく。

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わたしがいまの会社に入った直後、
いまから10年くらい前。

ある代理店さんに、わたしの紹介をかねて、
上司と打ち合わせに行った。

その代理店さんのクリエイティブディレクターの方と、
広告の案をつめている最中、その方の声の
トーンが低くて、わりとまったりとしていて
暖房も効いていて、静かで、
ついついうとうとしてしまった。



そのクリエイティブディレクターの方の仕事の仕方は、
ほんとうに、従来のこだわる広告づくり、という感じで、
コピー年鑑やADC年鑑をどさっともってきて、
さ、やろうか、みたいな感じ。
デザインをたくさん出して、コピーをたくさん出して、
最後の細かいスペックの文字まで、一字一句詰める。

そういえば、以前、隣の同僚が、その方と電話で、
接続詞が「を」なのか「が」なのか、ずいぶん長い間、
もめていたことがあった。



その方が亡くなった。40代後半。
会社では、みんなで、びっくりした、まだ若いのに、残念、
なんて、言い合い、わたしもそうだな、と思った。
最近若くしてなくなるひと、多い。
うとうとしている間に人は亡くなる。


でも、若いって、残念ってなにが基準なんだろう。
どこまで、何をやり遂げて生きたら、残念じゃないんだろう。
人並み?そんなに人並みって理想的なものなのか。
仮に人並みだとしても、
そんなひと言で言えるシンプルな規範なのか。
もっと複雑で多様なものではないのか。



お通夜は、白いバラの花を献花するだけ。
弦のひとが3人くらいいて、重々しい曲を生で弾いていた。



たぶん、ひとが亡くなった時点が、
そのひとのシナリオの終点。
それは、「若く」も「残念」でもない。

たぶん、あたりまえだけど、
人の生の価値観は、「長さ」だけではなく
「密度」というものさしがあってもいいのではと思う。



それにしても、ひとが亡くなったとき、
そのひとと関わった自分の時間まで、
あちら側にもっていかれるような、
虚無に帰ってしまうような、
あの感じはなんだろう。


それは、たぶん、死や虚無が、デフォルトだからかな。
基礎用件。。あらかじめ、生に含まれているもの。。
だから、こういうとき、ひんやりと気づくのかな。

たぶん、生と死は、波のようによせてかえしているものかも。
時にひいていく波のように、あちら側にひっぱられ、
時に、生命の躍動が、おしよせる。



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お通夜に向かう電車の中で、ずっと
ハワイの本を読んでいた。

やっととれそうな「夏休み」は、
家族でハワイにしようかと思って。

ハワイはずっと憧れてた。
片岡義男さんの「僕が書いたあの島」っていう本は、
何度読んだかわからない。

浅井慎平さんの「気分はビートルズ」っていう本も
文章はまったく読まずに、写真だけを
くりかえし見ている。
この本にのっているハワイの草原の写真は、
まるで、グリーンゲーブルズみたい。


旅行前には、その場所に関する本を読んで、
映画を見て、音楽を聴く。
なにかの回路がだんだんひらいていく。

ポルトガルに行く前は、
マノエル・デ・オリヴェイラという映画監督の
インタビュー集を熟読してた。

イタリアに行く前は、
マルチェロ・マストロヤンニの映画をたくさん
見ていった。


ハワイの本でよかったのは、
山崎美弥子さんの「モロカイ島の贈り物」
小林聡美さんの「アロハ魂」
杉浦さやかさんの「はじめてのハワイ」
フランスのガリマール社のガイドマップナビ。
(このシリーズの文章と写真はとても惹かれる。)
あと、東京カレンダーという雑誌が別冊で
出している「ハワイ」という本は、ほんとに凄い。

空撮で、ダイヤモンドヘッドから、カイルア、
クアロア、ノースショアと周遊していくんだけど、
ひととおりみるだけで、なにか、達成感?がある。

とくにラニカイビーチまでの10個くらいの
小径をすべて写真付きで紹介してるなんて、
こんなの世界中のどこにもないのでは。。




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ハワイの語感はほんとにすばらしい。
天国の公用語みたい。

ハレラクニ、なんて意味がわからなくても
祝福されているように感じる。


ワイメア、ラハイナ、カイルア、ハナ、ナ・パリ、
ハプナ、マネレ、ハレアカラ、マウナ・ケア、ホノルル。。


古い地名というのは、言霊がある。
名前って、いちばん強いキャッチコピーで
奥深い説明文で、文学で、音楽だと思う。


ポルトガルの地名、スペインの地名も
すごく好き。日本の古い地名も。



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ハワイの本を電車の中で読みながら、ずっと考えていたのは、
あのこだわった広告づくりの仕方。

ともすれば、今の時代に、つくり手の発信側の
自己満足だけに終わりかねないこだわり。技法。

ひとつの新聞のコピーにひとばん費やす間に、
カタログの文字校正は、一冊できる。
いまは、カタログの制作単価の方が高いかもしれない。


わたしは、彼の仕事の仕方に全部賛成はできない。
でも、わたしは、これからも、技巧よりも、
効率と伝達速度を重視しながらも、
接続詞が「を」なのか「が」なのか、
にこだわってしまうと思う。

ひとは、ひとの中に残ってしまう。
ひとは、ひとの中に生きてしまう。

なぐさめではなく、事実として。



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お通夜の会場に、彼の作品が展示されていた。
その中に、いくつか、わたしも関わった広告があって
生々しくて、ちょっと吐きそうになった。

ものづくりというのは、作品というのは、
ちょっとした仲良しの関係性よりも、
生々しく濃厚な関係性のようなものが、
残ってしまうんだな、とおもった。

仲良しではないから、作品でしかつながらないから、
かえって濃厚になる。

だからものづくりって素晴らしい。
あーあ、この仕事しててちょっと良かったかな。



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帰りも、またハワイの本を読みながら、
電車に揺られていた。


ワイメア、ラハイナ、カイルア、ハナ、ナ・パリ、
ハプナ、マネレ、ハレアカラ、マウナ・ケア、ホノルル。。


幸福な言霊が、冷えた身体にあたたく、しみこむようだった。

あちら側に激しくひきこもうとする死や虚無と
こちら側にたえまなくおしよせる
生命や光のことを、本を読みながら、考えていた。
by ayu_cafe | 2010-01-25 08:36 | non category | Trackback | Comments(8)

松本人志さんの哲学 全文。











ひとつ目の動画、4分21秒くらいからのセリフ。



「なんか、お前らのはなし聞いてたら、だんだんイライラしてきたな。
救えるとか、救えないとか、お前らそんなに偉い人間なんか。
他人をそんな簡単に救える訳ないやないか。

お前もお前もや、なんや、“灰になる” お前は詩人か。
そんな不幸を背負ってる奴の顔、なんか腹立ってくる。

この世の中、おれは死んでしまうかもしれん、って
頭かかえてる動物が他におんのか。
犬とか猫とか虫とか花とか、
なんも、そんなことを考えてへんやないか。

生き物はな、死ぬために生まれてくんのや。

次のこやしのために、いちいち生まれてくるだけのもんなんや。

死ぬとか生きるとか、そんなこと考えてる事自体がおかしいんや。




(人間は肥やしにはならない。それじゃ、聞きますが、
あなたはなんの為に生まれてきたんですか。
なんか意味があるはずでしょ。答えてください。
人間はなんのために生きているんですか!)


笑うためや。

そや、笑うためや。

人間に許された唯一の特権は笑うことや。
笑いながら生きるということが人間としての証なんや。
こいつはそれを拒否しようとしてるだけなんや。
無免許運転しようがセックスしようがそれはお前の勝手やけどな、
笑いながらやれへんかったらなんの意味もないんじゃ。

お前、
記念祭にはぜったい顔出せよ。
どんなことがあってもな。

おれがお前のこと、笑わせてやる。

そうやって、みけんにしわよせて、
苦しみながら死んでいきたかったら勝手にせ。

笑いながら死ぬか、笑わんと死ぬか、お前が決めたらええ。」
by ayu_cafe | 2010-01-22 01:06 | 一生勉強。 | Trackback | Comments(2)

ポン・ヌフの橋をくぐる。 *ポン・ヌフとの出会い2*

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by ayu_cafe | 2010-01-21 14:31 | ayuCafeパリ案内 | Trackback | Comments(4)

名物立ち食いそば ポン・ヌッフ *ポン・ヌフとの出会い1*

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ポン・ヌフは、現在、セーヌにかかる橋で、
たしか最古の橋。
でも、名前の意味は、「新しい橋」

カラックスが、「ポン・ヌフの恋人」という映画を撮り、

っていうか立ち食いそば屋じゃん、これ!
しかも名物。




というわけで、新橋にあるんですよ。


あ、そうか、新橋、新しい橋、
だから「ポン・ヌフ」か。。


ヌッフだけど。。。
by ayu_cafe | 2010-01-21 04:02 | non category | Trackback | Comments(2)

どこか遠い場所で食事をはじめる。*ハバナ,キューバ*

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キューバ、ハバナ。
ホテルは、旧市街の目抜き通り『オビスポ通り』の終点にある
サンタ・イザベラ。
(ここ超おすすめ)

そこから、ふらりとハバナの夜の街を散歩して、
カテドラルにほど近い「エル・パティオ」で夕飯。

コロニアル調のパティオ。
おじいさんが弾くグランドピアノの海のような音。
すぐそばにひろがるカリブ海。

パティオを猫があるいてる。

食事が終わる頃、ふいにちょっとした通り雨。
テーブルをすこし移動。
猫も移動。

帰るとき、
一緒にいった女の子が、
グランドピアノのおじいさんのところにいって、
今夜の音楽のお礼にチップを。




ホテルに帰って、すこし、休んで、すこし
おめかしして、さ、行きましょうか。


50年代のアンティークで「ゴージャス」なアメ車にのって
「カーサ・デ・ムジカ」へ。


クラブは、音楽がかかっていて、
だんだんひとがあつまってくる。

ライブがはじまるのは、夜中の12時くらい。
それまで、うしろの方のテーブルにすわって、
絶品のモヒートや、ダイキリやらを飲んでまったり。




**********************




ハバナでは、初日に、ふんぱつして
日本語がしゃべれるガイドさんと、
ざっくり市内や周辺をまわった。

生ハバナのひとにききたかったのは、
カストロのこと、現状のこと、そして音楽のこと。

たくさんはなせてよかった。

「テレビ観たんだけど、あの演説で、カストロは
どんなことを言ってたの?」
って聞いたら、丁寧に説明してくれて、
最後に、

「彼は、“われわれは決して敗北しない”
って言ってたんだよ」

って教えてくれた。




**********************




キューバは、以前、アメリカの間接支配によって、
ギャンブルとドラッグの歓楽の島で、
スラムがひろがり、ハードな差別が横行していた。

それをキューバ大学のフィデルカストロと
アルゼンチンからきたチェ・ゲバラひきいる
市民たちが、一掃した。

奇跡的な市民革命。

ラテンアメリカにおいて、文盲率は、ほぼ0%。(これすごい)
浮浪者もださず、すべての市民に、無料の医療と
教育を。そして、音楽を。

キューバの医療はとても進んでいると聞いたことがある。
音楽も、子供たちは、選択すれば、専門的なクラッシックの
指導を受けることができる。

だから、近年のキューバ音楽のアレンジの高度さはすごい。
複雑で、きめこまかくて、そしてきもちがいい。
上手いとは、おもわない。きもちいい、
生きててよかった、と思う。



**********************



あらゆることをカストロたちは、アメリカから
勝ち取った。なにより自治という誇りを。

アメリカは、国交を断絶し、周辺諸国にもにらみをきかす。

アメリカのような大国とその同調国に
断絶されるというのが、どういうことか、
お店の棚をみるだけでわかる。

棚のすかすかさ、物資、薬、ガソリンの不足。


そういうことがなにをもたらすか、
キューバ国民は、タフになり、団結し、
誇りを強め、そして、音楽はさらに優雅になった。




これは、わたしの個人的な見聞、しかも、
10年くらい前で、いまの状況や真実はわからない。
そして、わたしはアメリカという国は、大好きな国。
エンタテイメントが好きなひとで、アメリカが嫌いなひと、
っているんだろうか。




実際にいってみて、あたまをなぐられるほど痛感したのは、
やはり音楽の優雅さ、いろっぽさ、肉体の美しさ。

そして、これらには、現状という抑圧が効いている、
と実感した。


ものが有り余り、豊かだったら、こうならないのでは、
と、とてもおもった。
いまの日本やアメリカみたいにぷにゅぷにゅになるのでは。。


でも棚にものがあるより、
誇りを選ぶ国民は、おなじようにはならないとは思う。




**********************



ライブがはじまった。

キューバ音楽は、ベースの音程が動き、
むしろピアノがベーシックな反復で
楽曲の土台となる。

前方ですらりと手足の長い、美しい造形の
キューバの男女がシンプルにドレスアップして、
いろっぽく、美しく踊っている。

それをぽかんと観ていたら、いつのまにか、
目のところから涙がどんどんどんどん
流れ落ちてきた。


“われわれは決して敗北しない”

っていうカストロの言葉を思い出した。


勝つのではない。
負けの状況かもしれない。
でも、敗北しない。
決して。


あの音楽のピアノのフレーズの反復は、
「もちこたえる」という意志そのものだ、
と思った。

もちこたえながら、音楽を信頼できる義足のように
使いきっているひとたちを目の前で観ながら。




音楽は、お茶をのむときにそえるものではなくて、
もちこたえるときの甘美な武器なのかもしれない。




なにが、正しくてなにがほんとうなのかは、
よくわからない。

ただ、わたしは、キューバから
決して敗北しない、
っていう意志と、
美しい肉体のダンスの残像を
持って帰ってきた。



わたしも、どんなに負けても、
決して敗北しない。
悪いけど☆



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by ayu_cafe | 2010-01-20 08:45 | どこか遠い場所で... | Trackback | Comments(4)

金色の穂をつけた枯れゆく草が 風の中で吹き飛ばされるのを待ってる。*小沢健二 天使たちのシーン*





海岸を歩く人たちが砂に 遠く長く足跡をつけてゆく
過ぎて行く夏を洗い流す雨が 降るまでの短すぎる瞬間

真珠色の雲が散らばってる空に 誰か放した風船が飛んでゆくよ
駅に立つ僕や人混みの中何人か 見上げては行方を気にしている

いつか誰もが花を愛し歌を歌い 返事じゃない言葉を喋りだすのなら
何千回ものなだらかに過ぎた季節が 僕にとてもいとおしく思えてくる

愛すべき生まれて 育ってくサークル
君や僕をつないでる穏やかな 止まらない法則

大きな音で降り出した夕立ちの中で 子供たちが約束を交わしてる

金色の穂をつけた枯れゆく草が 風の中で吹き飛ばされるのを待ってる
真夜中に流れるラジオからのスティーリー・ダン 遠い町の物語話してる

枯れ落ちた木の間に空がひらけ 遠く近く星が幾つでも見えるよ
宛てもない手紙書き続けてる彼女を 守るように僕はこっそり祈る

愛すべき生まれて 育ってくサークル
君や僕をつないでる緩やかな 止まらない法則

冷たい夜を過ごす 暖かな火をともそう
暗い道を歩く明るい光をつけよう

毎日のささやかな思いを重ね 本当の言葉をつむいでる僕は
生命の熱をまっすぐに放つように 雪を払いはね上がる枝を見る

太陽が次第に近づいて来てる 横向いて喋りまくる僕たちとか
甲高い声で笑いはじめる彼女の ネッカチーフの鮮やかな朱い色

愛すべき 生まれて 育ってくサークル
気まぐれにその大きな手で触れるよ
長い夜をつらぬき 回ってくサークル
君や僕をつないでる緩やかな 止まらない法則

涙流さぬまま 寒い冬を過ごそう
凍えないようにして 本当の扉を開けよう カモン!

月は今 明けてゆく空に消える
君や僕をつないでる緩やかな 止まらない法則 ずっと

神様を信じる強さを僕に 生きることをあきらめてしまわぬように
にぎやかな場所でかかりつづける音楽に 僕はずっと耳を傾けている
耳を傾けている 耳を傾けている










**********************



このうた、夜のラニカイビーチで聞いてみたい。

青木さんのスネア、あったかい音だなあ。


このサイトも横に飛んでいって素敵だな。



いい初夏になりそうだ。
by ayu_cafe | 2010-01-20 00:04 | ayuCafe Music Bar | Trackback | Comments(2)