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そこに音楽は鳴ってるか*小沢健二、岡崎京子、SDP、青木達之、GET UP AND DANCE.*

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山崎さんのブログから。





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小沢健二が泣いた。
岡崎京子がここにきている、と言って、突然にステージの上で泣いた。
ライブの最後の出来事で、ファンはみんな驚いたはずだ。
僕も呆気にとられるほど驚いた。
小沢健二は泣かないアーティストだったからだ。

今回の、13年ぶりのライブで、本質的な変化が感じられたのはその一瞬だけだった。

最も本質的な音楽は大衆音楽であるというブレない思想。
ニューヨークの大停電の夜と何でもない日常の暗闇と中野サンプラザの暗い客席を「人々が直に繋がっている」という皮膚感覚によって同じだと言い切る観念の力。
音楽は人と人を分かつ、ということを知り尽くしているからこその、異常な多幸感の放出。

昔と何も変わっていない。
小沢はブレない。
ブレる必要がない、希有なキャリアの持ち主。

だからこそ、誰にも見せたことのない泣き顔をステージで見せたことに、
桁違いの感動を僕は覚えた。

素晴らしいステージだった。




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岡崎京子さんが事故にあった、直後、
岡崎さんが、王子様と崇拝していた小沢健二さんは、
病院にかけつけ、病院のひとが
「親族以外の方は、ここでお待ちください!」と言うと、
「親族です!」とつよく言い切ってICUに向かった。

「だってぼくは岡崎さんの王子様だから」
と小沢健二さんが言ってた。


と現場にいたよしもとばななさんが言っていた。





小沢健二さんとは、日比谷のシネシャンテですれちがったことがある。
ジャームッシュのダウンバイローを封切り直後に見て、
廊下にでると、次の回を待つ人が並んでいて(完全入れ替え制)、
その中に、小沢健二さんとその当時とても仲がよかった
スカパラの青木達之さんがいた。







青木さんは、人柄も、スネアの音もとても好きで、
このひとのドラムの前でうたう、小沢さんを見て、
なんども幸せそうだな、と思った。



竹中直人さんと青木さんがやってたコントも最高だった。
学生役の青木さんが、あしの貧乏揺すりが
止まらなくてこまっている、って言うと、
同級生役の竹中さんが、ドラムのバスどらを踏むやつを
もってきて、青木さんの足元におく。
青木さんが、細かく、それをキックする。
「こりゃ、いいね!」
みたいな顔で笑う。





岡崎さんと青木さんが沈黙してから
ずいぶん時間がたった。




おとといTVでやってた
スチャダラパー20周年の野音、


本編ラストで、BOSEさんは、
「彼方からの手紙」をはじめる前に、

ここにこれなかったひともいるけど、

みたいなMCをして、ちょっと
涙ぐんだように見えた。




野音当日、ツイッターで、こんなつぶやきがあった。


「スチャ野音のアンコール。LBとスカパラで「GET UP AND DANCE」を。
曲がドラムだけになった時、BOSEが誰も座ってないドラムを指差し、
「マザファキンドラムス、青木達之インザハーウス!」とコール。ぐっと、きた。」








ひとは、死んでも死なない。
あるいは、生きていても死んでることもある。




いま、iPhoneのインターFMで
ジョニミッチェルがガンガン歌ってる。
今日は、暑くなるみたい。楽しみ。
今日の会議は、1時から、と2時からと、3時からと5時から。
楽しみ。






そこに音楽は鳴っているか。
ぶっとい、マザファキンなサウンドの音楽が。
by ayu_cafe | 2010-05-25 10:08 | ayuCafe Music Bar | Trackback | Comments(2)

言われたら恥ずかしすぎて殴る。

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いくつか前の記事で、
一杯の太陽、などと名付けて、
妻が紅茶をいれてくれて感謝、
みたいな、恥ずかしいことを書いたら、

いっこ前の記事に、のんさんが
コメントをくれた。


「言われてみたいけど、
言われたら、恥ずかしすぎて、殴るかも。」


うおー、まさにその通り。
この部分が書きもれてるんだよな、このブログは。。


妻との間の空気感も、まさに、こんな感じ。
わたしも、言われたらウッセーとか言うかも(照れで)
(ま、言われないんですけどね☆)



まあ、そういう意味では、このブログ自体、
ボッコボコに殴られそうなわけで。。




それにしても、こののんさんのコメントはすごいなあ。
(のんさんの日記に書いてあることは、
転機になるくらい感心することが多い。)


わたしの表現が、夢見がちで、あますぎて、
おいおい、みたいな感じに対して、

のんさんのコメントで、描写される関係性は、
きちんと冷静で、リアルで、照れと、愛らしい可笑しさがあり、
そして、腰のすわった信頼がある。
(実は、これ、のんさんのあのgla_glaの写真と同じだ。。)





男性と女性のちがいなんだろうか。。
(男は、ちっとも腰がすわっていない)


この描写は深いなあ。



むかし、有名な落語家が、奥さんとなぜ、
長年一緒にいるんですか、と聞かれて、


「寒いから」


ってこたえてたけど、
なんか通じるものがある。




照れとか、恥ずかしさ、かな。。ポイントは。。









でも、基本的に、文字を書く(表現をする)というのは、
言えないことを書く、恥ずかしいことを書くことなのでは
とも思い、

また、のんさんや妻に、ボコボコにされながら、
こりもせず、つい恥ずかしいことを言っちゃうわけです☆
by ayu_cafe | 2010-05-25 07:13 | non category | Trackback | Comments(6)

バイブル、「モテキ」。そして、うわ、大根さんの新作「モテキ」じゃん!!

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モテキ4巻を発売日に買って、
通勤の電車の中で、読んだ。

読みながら、だんだん、姿勢が、本に、のめりこむように、
猫背になって、うなだれて、教会でお祈りしてる
みたいな気持ちになった。


モテキ、すごい。
すごくて、こわい。

どうこわいか、というと、
この本を、あるいは、この登場人物の誰かを
批評しはじめた瞬間、

お前は、どこに自分を棚上げして、語ってんだよ、

というような、つっこみが入ってしまう。

自分の中で嘘をついていることに気づいてしまう。




間違っても、すごく親しい男女間で一緒に読まない
方がいんじゃないだろうか。


それほど、リアル。
すごい人間洞察。


そして、リアルで、力があるものって、
安易な批評みたいな他人事を許さない。



サグラダファミリア、ひまわり、
ベートーベンの音楽、ジョンレノンの声、

そこには、リアルな叫びと囁きだけがあって、
本来は、一切の批評を許さない。
対面するものは、ただただ同じ人間の業に
圧倒され、うなだれる。



ま、サグラダファミリアとモテキを一緒にされても、
ガウディも久保さんもどっちも迷惑だろうけど。。



言葉を失うもの、なにかを言ってしまったら、
嘘が残るもの、
そういうこわくて、リアルで圧巻の作品じゃないのかな、
モテキって。

まいる。






で、同日に情報解禁になった
大根さんの新作ドラマ、

うわっ、「モテキ」じゃん!!

きたーーーー。

こうきたかーー。
すげーなー。


週刊真木よう子、湯けむりスナイパーときて、
新作は、おそらく、
知る人ぞ知る圧倒的な傑作漫画のドラマ化か、なにかかな、
と思ってたら、いきなり時代の最前線の作品の
ドラマ化じゃん。
この原作なら、深夜枠じゃなくても、
たくさん、オファーあっただろうな。

っていうか、よくこんな大仕事準備しながら、
飄々とブログ書いてたなあ。
ああ、仕事ってこうやって飄々と
準備するものなんだろうな。

そういえば、原作の久保ミツロウさんと一緒に
unitかどこかで、かまっちゃん、観に行ってた。。



で、主演、森山未來!きたよきたよ。
その街のこども。。
そして、菊地凛子、リリーフランキー。

大根さんが、キャスティングで、あと、カードとして、
ジョーカーが欲しい、って言ってたの、
リリーさんのことかな。。


しかし、こんな大舞台、プレッシャーで
死にたくなりそうだけど。。。



主題歌は、かまってちゃんにならないかな。
週刊真木よう子のスチャの曲も、
湯けむりスナイパーの、クレイジーケンバンドの曲も、
最高だったから、楽しみ。

だいたい、クレイジーケンバンドの曲、
「山の音」ってタイトルが最高。



週刊真木よう子の何話目かで、
ブランキージェットシティの達也さんが
出てくる話は、よかったなあ。

真木よう子が、雪原で、
足の裏を小学生の男の子のひざにつけて、
あったかいね、
って言うところ、最高。

この回でかかる音楽、ブランキーだし。




いやはや、久しぶりに、どきどきする新作発表だった。
(新作発表って本来すごくドキドキするもの)


表現に、あるいは、仕事に、
まだ、夢を見ていいんだな、
なんて思えてくる。










ちなみに、大根さんの発言で、好きなのは、

「お客さんを絶対にバカにしない」


っていうのと、


「この歳になると上手く行きそうな仕事や人、
ヤバそうな仕事や人は一番最初の打ち合わせや
顔合わせでわかるようになってくる。
だから危険を察したら早めに断ったり降りてもらったりするのだす。
あと飲みの席から始まった人は要注意。」


っていうのの、「飲みの席から始まった人は要注意」
これ、ほんとだから、可笑しい。


あと、これかな。


「さっき愛想悪い・運転乱暴・車内汚いというタクシーに乗ったんだが、
たまにこういうタクシーにあたってしまった時オレは
「ここはニューヨーク」と思うようにしている。これで意外と我慢できる。」









最後に大根さんのこの記事は、
とても愛情がある。

文(表現)って、きれいにわかりやすくまとめあげるものではなくて、
きりきりと、あがくものなのかも、と思えてくる。







あ、いつかちゃんのカラオケのところは、
ぜひ、さしかえせず、
ゴイステの「銀河鉄道の夜」でやって欲しいなあ。
by ayu_cafe | 2010-05-23 07:18 | ayuCafe Book Bar | Trackback | Comments(2)

アイリス速報

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玄関のちかくで、
ジャーマンアイリスが咲きました。



この季節、オーヴェルシュルオワーズでも咲いてたな。。



まるで、この花に見とれて
いくつも絵を描いた、
彼のなにかにまた会ったような気になります
by ayu_cafe | 2010-05-22 14:59 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(2)

気まずくて視線を落とした先にあった机の傷の形が今でも忘れられない*酒井若菜さんに学ぶ2*

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酒井若菜さんが今日の明け方アップされた記事を、
転載させていただきます。





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いじめに悩んでいるかたがいるようです。
いじめを受けているのではなく、いじめをしてしまいそうになる、とのこと。
「いじめはやっぱり参加しちゃいけないよね?」
心が痛くなる質問でした。
このままいじめに参加しなければ、自分が次のターゲットになるかもしれないという恐怖心から生まれた質問のようですが、何とも複雑です。

今日は私の体験談。
私は、学生時代、一度もいじめにあったことがありませんでした。
いや、分からない。低学年の頃は、同級生の男の子に毎日ボコボコに殴られていました。あれをいじめと言うならいじめだけど、その子、みんなのことボコボコにしてる子だったし、私は母が守ってくれていたし、とにかく私は「ボコボコ」に対して何とも思わなかった鈍感な子供だったのでしょう(今考えると凄まじい精神力)。
でも実際に今思い出しても、全然辛くないし、トラウマのトの字もない。鈍感すぎてある意味、幸せ者ね私。ともかくいじめられた認識がまるでない私ですが、
中学の頃のある1年間は、クラスに友達がいませんでした。元々友達は多いほうだったのですが、何故かクラス替えの時に大勢の友人のうちただの1人とも同じクラスにならず、「あれれ?」という感じでした。でも、女の子同士でよくやる「一緒にお手洗い行こう」とか「マラソン一緒に走ろう」とかよく分からない絆の深め方も元々しないたちでしたので、特に焦って新しい友達を作ることもせず、ぼんやりと日々を過ごしていました。
私の学校は土曜日がお弁当で、その時は好きな友達と一緒にご飯を食べるのですが、その時も、私ともう1人の女の子Aを除いては、みんなそれぞれの仲良しグループで机を寄せ合います。私は1人でご飯。「酒井さんんもうちのグループで一緒に食べよう」と言ってくれる子がいても「大丈夫」とお断り。何故なら、私が1人でご飯を食べることをやめたら、このクラスで1人でいるのはAだけになってしまうから。
そして、何がきっかけだったのかは忘れましたが、いつからか土曜日のお昼ごはんを、私はAと2人で食べるようになっていました。
その光景を見て、ある女子が「酒井さんは、こっちで一緒に食べたほうがいいよ」と随分優しい口調で私にまた声をかけました。別の女子は「酒井さんがAといることはないよ」と。
Aはいじめられっこでした。
いじめは伝染る、と言いますが、私はどんなにAといても、あるいは1人でいても、いじめられませんでした。あまりにも贅沢な物言いですが、それがいやでした。
ある日、クラスの人気者の女子Bが、香水をつけて学校にやってきました。
とてもいい香りに、私はうっとり。まんまと影響された私は、お金を貯めて700円の香水を買いました。
変な匂いでした。
でも、「香水」という響きが大人びていてそれだけで嬉しくて、次の日には変な匂いの香水を身にまとって意気揚々と登校しました。
朝のホームルームの後、クラス中がざわざわこそこそし始めました。
変な匂いがする、と。
ある男子が私の隣の席に座っているAを指差して言いました。
「お前だろ」。
結果、Aのせいだということになりました。
Aは、黙って俯いたままでした。
1時間目の授業の後、人気者Bの親友に「みんなで縄跳びやるから酒井さんもやろ」と誘われました。彼女は、つい一時間ほど前、Aに向かって鼻をつまんで見せていました。
私は意を決して「いいよ」と答え、彼女達と共に校庭に出ました。そして、Bとその親友に言いました。
「あのね、さっきみんなが言ってた香水の変な匂いね、あれ、ほんとは私なんだ」
驚いた彼女達は互いに目を合わせます。私は告白をしようと「みんな」とクラスメイトを集めようとしました。
が、Bが私を制します。
「酒井さん、いいの」
そして、人差し指を口元に当て、彼女は続けました。
「あれは、Aってことになったからいいの。酒井さんは大丈夫だから安心して」
そう言って、まるで私を守ってくれているかのような優しい笑みを私に向けた後、二人は長縄跳びの列に混ざっていきました。

違う。
Aじゃない。
私なのに。
なんで?

始業の鐘が鳴り、すごすごと教室に戻った私は、それまでと同じように、Aの隣りだった自分の席に座りました。
そして。
私はついぞAに本当のことを打ち明けられぬまま、月日は経ち、気がつけば彼女に対するいじめもなくなっていました。
Bやその友人が、いじめの対象を私に変えることも最後までありませんでした。
なぜいじめられる条件が揃っている私がまったく標的にならなかったのかは分かりません。
そして、何故、Aに謝らなかったのか。みんなの前でもう一度「Aじゃない」と言えなかったのか。

いじめに参加しちゃいけないの?と聞くあなたへ。
私は、Aを無視したり、意地悪を言ったりはしませんでした。
だけど、15年経った今も、あの日の後悔が拭えないままでいます。
成人をしてから、街中で偶然彼女と会いました。
彼女は思い出話を私にします。
私は、何も言えません。
察したのか、彼女は言いました。
「そういえば、あなたに言わなきゃいけないことがある」
ドキッとする私。彼女は言いました。
「あの時、唯一の救いが酒井だったんだよ。ありがとう」
違う。私は救いになんかなってない。
「一緒にお弁当食べてくれてありがとね」
違う。私も友達がいなかっただけ。
が、この後彼女は、思いもよらぬ言葉を発しました。
「気にしないで」
「え?」
「香水のこと」
「…」
「○○(Bの親友)ちゃんがね、あの次の日に教えてくれたんだ。酒井が私を庇ってくれてたって」
「庇ったんじゃないよ、ただ」
「酒井は憶えてないの?あの後、いじめがなくなったでしょ?」
「え?うん」
「○○が『もういじめたくない』って私に言ったんだ。それで、その後、○○と酒井が、学級会してくれたじゃん」
「なんの話?」
「あなたはみんなの前で言ったんだよ。『あれは私だった』って。だから、Aのこといじめるのはもうやめて、って」
記憶が少しずつ蘇ってきます。
「そうだ。そうだった。で○○が『もうこんなのバカみたいだからやめよ』ってみんなに訴えたんだ!」
「そうだよ。それがきっかけで、私へのいじめはなくなったんだよ」
そして最後に言いました。
「酒井は恩人だよ。ほんとにありがとね」
すっかり忘れていました。
香水事件の数日後、私は○○と2人でビービー泣きながら、クラス会議を開き、Aへのいじめをやめるように訴えていたのでした。
そして確かに、この日を境に、いじめはなくなりました。
これは、美談ではありません。
言いたいのは、いじめに関する記憶は、都合の悪いことしか残らない、ということです。
その後どんなに撤回作業をし、いじめをなくし、恩人だと思ってくれていたとしても、プラマイ0には戻せないのです。
そして、これからも、一生忘れない記憶として、私に刻まれていくことは間違いありません。
15年です。
こんなに月日が経って、しかも私の場合彼女にお礼を言われても、私の15年前の香水事件の記憶は絶対に薄まることはありません。
あの時の匂い、温度、気まずくて視線を落とした先にあった机の傷の形が今でも忘れられないのです。
快楽的にいじめをする人の気持ちは分からないけれど、少なくとも「いやだな」と思う気持ちがあなたにあるのなら、必ずあなたも忘れられない記憶としてそれが頭に残ります。
後悔しても、例えいじめ自体はしていないという自負があったとしても、一生拭えないまま背負っていく。絶対に取り返しはつかない。
あなたよりずっと年上の私が、まだあなたの年齢で持った記憶を忘れられないのです。
それが、罰です。
それが、いじめに関わるということです。
それ位の覚悟を持って、いじめに参加するかどうかを考えていますか?
それでもあなたは、いじめに参加しようと思いますか?
私が今中学生に戻れるならば、絶対に参加しません。
だけど私は、戻れないんだよ。
あなたを責めているわけじゃないんだ。
同じ思いをしてほしくないんです。

そして、いじめられている子供を持っているというお母様。
守ってあげてください。
私は、低学年の頃、下校中にボコボコにされている時、2、300メートルほど先でたまたま井戸端会議をしていた母がその光景を見つけて、それまで見たことがない恐ろしい形相で私達の元に走ってきました。そして、私の髪の毛を鷲掴みにした男の子の手を払って、怒鳴りつけ、そのまま彼の家に彼と私を引っ張っていって、その子の母親と大喧嘩をしました。母が他人に怒鳴っている姿を見たのは、それが最初で最後です。
相手のお母様のことを考えればそれは胸が痛みます。
しかし、私の胸には「あー。お母さんは、きっと、これから先、私が死ぬまで、一生守ってくれるんだ」と刻まれました。
モンスターペアレントなんて呼ばれる人達もいますが、子供は、そうかそうじゃないかくらい見抜けます。
だから、「あなたが好き」だと伝えてあげてください。
そして、これは子供さんの性質にもよるので迂闊には言えませんが、私は、いじめられる子にも問題があるという一般論は全否定はできないと思っています。問題という言い方は御幣があると思いますが。
特別なのです。だから目立っちゃうの。でもそれって、魅力的だからなの。すごくすごく魅力的なの。お母様の娘でしょ。一番魅力を知っているのでしょ。
「好きで好きで仕方ない」って、伝えてさしあげてください。

今日のブログも偏っているので、あまり力になれたような気はしません。すみません。
説教じみたブログはどぅわい嫌いです(大嫌いの意)。
だので、このブログは後々記事ごと削除するかもしれません。
勢いに任せて書きました。
生意気街道一直線ですみません。あしからず。


明日も良き一日を


ちなみに、香水の商品名は「フェロモン香水」です。


ごきげんよう
by ayu_cafe | 2010-05-22 10:56 | 一生勉強。 | Trackback | Comments(0)

美しさとは、美しくあろうとすること。

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ともだちの女の子と
メールで、コンプレックスについて
はなしてたとき、こんなことを書きました。






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なるほどね。。
これを読んでちょっと思ったのは、
もしかしたら、**さんのよさって、そのコンプレックスによるものかも、ということ。
コンプレックスそのものがよさではなくて、
そこから、前進するみたいな、姿勢。

思うに、ひとって、その欠点とか、おとってるところが
そのひと、なのではなく、そこから前進しようする姿勢が
そのひとなのかも。

欠点やコンプレックスって誰でもあって、
で、そこからどうするの?って言うところが問題なんだろうね。

おれも、コンプレックスだらけだから、
そう思うとちょっと救われるかな。。

自分を嫌いなままではいたくないよね。。

あ〜これ、記事に書き留めておきたいくらいだ。。






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わたしは、ツイッターで、
寺山修司さんもフォローしてるんだけど、

彼は、今日、こんなことをつぶやいてました。



「美しい女とは、美しい女に な ろ う とする女のことである」






うむ、


美しさとは、美しくあろうとすること。



自分とか、社会とか、会社とか、現状の方が、
どうなのか、だけではなく、

そこから、どうあろうとするか、が、
そのひとの現状になる。


くよくよせず、ふてくされず、
前を向いてがんばろ☆
by ayu_cafe | 2010-05-20 23:38 | 友人・同僚のこと | Trackback | Comments(2)

雨の夜の一杯の太陽。

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夜おそく、雨に濡れながら、
チャリをこいで帰ってきた。


東京は、雨がやんでいたので、傘を置いてきてしまったので。



わたしが契約しているある会社のひとに、

理不尽なことを言われ、

会社でもいくつか、理不尽なことがあり、

おまけに、帰りの電車で、隣に座ってるまったく知らないひとに、
急に理不尽なことを言われて、ちょっとびっくりした。

(でも、まあ、よくあることかな。
ほんと最近へんなひと多いし。。気の毒だ。。)



まあ、自分がぜんぶ正しくて、自分はまったく理不尽でないか、
というとまったく自信がないけど、


こんなとき、村上春樹の主人公なら、

やれやれ、

って言うのかも。





家に帰ると、妻が、濡れた上着をふいてくれて、

あったかい紅茶を一杯、いれてくれた。


きょうの、あれや、これやを話した。

妻も、今日はすごく疲れた、と言っていた。

理由を聞くと、

水曜10時からの「マザー」を観て泣き疲れた、とのこと☆






キムタクの「HERO」っていうドラマの
モデルになっている、弁護士の中坊公平さんという
おじいちゃんが、著書の中でこんなようなことを言っていた。

「実は、わたしは、太陽電池で動いている。
妻という太陽の。」


わたしも同じかな(←パクリ)



雨にぬれて帰ってくる夜中に、
いれてくれる紅茶のような、
一杯の太陽があれば、
実は、もう、なにもいらない。




※ちなみに写真は、妻が家の鍵につけている
ルチャリブレキーホルダー。
iPhoneのロモカメラアプリで加工。
「メキシコ25時」って感じ☆
by ayu_cafe | 2010-05-20 07:06 | かぞくのこと | Trackback | Comments(4)

スケジュールちょう。

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4月のスケジュール帳。


おれは、安藤忠雄か、とひとりつっこみ。(すみません)




4月の一日をもって、管理職めいたものになった。
(しばらくは、勉強だ、と社長に強く言われております。。)


80名くらいの部署のみなさんの前で
前から思ってることを
急遽ひとことスピーチした。


できるだけ、ヘルシーな環境で、
できるだけ、たのしく、クリエイティブを。
そして、できるだけたくさんお金をかせげれば、と。。


みたいなこと。。


たいがい、スピーチなんて上手くしゃべれたためしがない。

ほんとは、


すこしでも、まともに、
すこしでも、健康的に、
すこしでも、創造的に、
すこしでも、経験値をやしなえるように、
すこしでも、長く、
生活基盤である会社が存続するように。



みたいなことが言いたかった。




ま、でも、なにより、自分の新しい役職に
はやくなれないと。。
まだまだぜんぜんだし。




制作の現場仕事もみっちりやるので、
机にすわってる時間もだいぶ減って、
打ち合わせから、打ち合わせをせわしない蝶のように、
ぱたぱたと飛び回ってる。
(自分のことを蝶にたとえてしまってすみません。。
うかつでした。。)



何年か前もそうだったけど、
景気がわるいときほど、仕事は、細かく、ナーバスに、
せわしなくなる。




iPhoneのアプリで、最初に買ったのが、
to doのアプリだという自分が悲しい。
(そのあとで、テトリスも買ったけど☆)


やることリストを管理できるアプリなんだけど、
iPhoneのトップ画面で、いろいろなアイコンがならんだとき、
このアイコンの右肩には、やることの数字が
表示される。


それが現在36☆



家の用事もあるんだけど(笑)


一個一個のやること、には、イラストのマークがつけられる。

ふうつは、仕事には、ネクタイマークとか、
家のことなら、家マークとか、

なんだろうけど、


仕事のやることには、リボンのかかったプレゼント箱のマークを、
家のやること(妻や家族、友だちのためのことも含む)には、
小さな花束のマークをつけてる。



基本的に、仕事は、プレゼント、

妻や家族や友だちへは、感謝を、

という気持ちから。




やるべき仕事がある、というのは、
ほんとうにありがたい。
by ayu_cafe | 2010-05-17 03:09 | 仕事もしてます | Trackback | Comments(4)

「車イスだからなんだ、ばかやろう!」

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下町長田は百花繚乱の

この記事から。




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気付いたら葵もステージ前まで来てて、
気を使った周囲の女性が、「ココにも車イスの方がいるんです!」と
泉谷しげるに叫び続けるもんだから、彼が葵に近づいてきて、
「車イスだからなんだ、ばかやろう!」と葵を蹴るマネをしていました。

 『車イスだからなんだ、ばかやろう!』なんて言っても
許される人っているのよねぇ。泉谷しげるはそういう人のひとり。
「これぞまさに泉谷!」って感じで、
葵も大笑いしてたから悪い気はしてなかったみたい。



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しげる、最高だ。




「車イスだからなんだ、ばかやろう!」


「ぜんそくだからなんだ、ばかやろう!」


「うつ病だからなんだ、ばかやろう!」


「才能ないから、だからなんだ、ばかやろう!」


「いけてないから、だからなんだ、ばかやろう!」


「失敗したから、だからなんだ、ばかやろう!」


「ふらふらしてるから、だからなんだ、ばかやろう!」


「自分に価値がないから、だからなんだ、ばかやろう!」


「ひとより不幸だから、だからなんだ、ばかやろう!」


「人並みじゃないから、だからなんだ、ばかやろう!」


「迷って迷ってむだばかりで、先が見えなくて、
だからなんだ、ばかやろう!」










そういえば、むかし、
「ばかやろうは愛の言葉」っていう歌があった。



しげるの名言のなかで好きなのは、

以前ここで紹介した、忌野清志郎への批評。

「あいつの声は、叫んでるのに、ささやいて聞こえる。
ささやいているのに、叫んでるように聞こえる」


っていうのともうひとつ。


「おれ、好きなひとなら、
肩におちたフケでも、雪だよ」








自分をかわいそうとおもわない、のは、たぶん生きるコツだ。

自分を可愛そうなんて、↑ねこは、みじんも思ってない。




生きていれば、きっと、必ず、いいことがある。


小さなころ、一晩中、ぜんそくで、息がくるしくて
横にもなれなかった子が、

ポルトガルのいなかの漁村の夕立の中で、
妻と相合傘をさしたり、

花の咲く庭で、同僚とのんびりご飯食べたり、
する日がくるんだから。


生きていれば、きっと、必ず、いいことがあるよ。
by ayu_cafe | 2010-05-12 02:10 | 友人・同僚のこと | Trackback | Comments(6)

ときどき、すずらんが、くすぐる。

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庭ランチ会で、みなさんに、
ミヤコワスレとすずらんの小さな花束を持って帰ってもらった。


翌日、みなさんから、お礼のメールをいただいて、
その中で、

「すずらんが好きな母に見せてあげました」

と書いてくれた女の子がいた。



家に帰って、そのメールを母に見せたら、
翌日、これ、すずらんのお母さんにあげて、
と、すずらんの小さな束を渡された。



昔から、母は、庭の花を、

学校や会社にもっていって、

って言う。そのたびに、なんか恥ずかしくて

ええ、いいよ〜と思った。


いまだにちょっと思うかな。
でも、随分、前と違う。

いまでは、むしろ、こういう小さな束が、
日々、息をして、生きてくための
生命線のようなものだな、と
つくづく思う。




仕事というのは、小さな花束をあしらうようなものかもしれない。


経験の浅い若い子たちが、

「つまらない仕事」「割に合わない仕事」
「ほんとうにやりたいことじゃない仕事」
「めちゃくちゃな仕事」「ただきついだけの仕事」
「かわりばえのしない仕事」

と簡単に切り捨ててしまう
そのすべての仕事が。




きれいに組まれた価格表のなんと美しいことか。


迷い、修正指示をくりかえす、クライアントさんが、
必死にかなえたがってることを、
経験と持久力と創造力で、汲み取れた時の
なんと爽快なことか。







電車で会社に行くまで、
すずらんの束の入った紙袋を
ひざのうえにのせていた。


ときどき、うとうとした。

ときどき、すずらんが鼻をくすぐった。
by ayu_cafe | 2010-05-08 09:31 | 仕事もしてます | Trackback | Comments(6)