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トラウマ。

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週末に、同僚のアートディレクターが貸してくれた
DVD「フリクリ」を観ていると、
外で、市の防災課のアナウンスがあった。

認知症で、徘徊しているひとの捜索願いのアナウンス。
最近、ずいぶん増えた。



認知証も、だいぶ、一般的になってきたなあ、と思った。


認知証の祖母のために、
山梨のいなかの家のあちこちのサッシに、
鍵に加えて、開けづらくする施行をしたのは、
もう10年くらい前。

認知証の、いろいろな症例をまのあたりにし、
いろいろな対処を叔母、母、いとこたち、と
わたしは、してきた。



とくにかく、情報や、対処例、経験談が少なかった。

いろいろな本を読んで、ネットで調べて、
mixiの認知証のコミュにも入った。

そこで、知り合って、マイミクになっていただいた、
認知証病棟に当時勤務されていたねーさんには、
いろいろ質問させていただいた。

ねーさんの当時の日記には、患者さんとの日々の様子や、
ねーさんのスタンス、知識などが書かれていて、
ものすごく参考になった。
気も楽になった。



不思議なものだ。

どんなにつらいことでも、
かなりびっくりするような事例でも、

それが、一般的になってくると、
自分だけでない、多くのひとが体験していると思うと、
すこし気持ちが軽くなる。


落ち込んだり、悲しんだり、つらいと思ったり、
不安になったりするのは、
たぶん、そのことに、対する経験と知識が
少ないだけなんだろうな。



多くの介護はそうだと思うけど、
介護する側の、気の持ちようが問われる。

いろいろなことを学ぶ。

ほんとにきれいごとというものが、皆無。



ある年の瀬、最後の最後まで、がんばって、面倒を見てきた
叔母と母が、最後の最後に、
祖母のことを施設にお願いした。

「一切の責任を問いません」という書類にサインをして。



悲しい、というのは、つらいと思うのは、
なんだか、さぼっているみたいに感じる。
やるべきことは、なにかあるはず。

そう思って、いろいろ考えた。


認知証がすすみはじめたころから、
祖母には、手紙を書いたり、
交換日記をしたりしてた。

ま、コピーライターの技能の発揮しどころ?


で、いくつかの短い、手紙集みたいな、
ノートをつくって、ゆっくり毎日、読んでね、
といって、施設の祖母に預けていった。




だんだん、長い文章を読めなくなってきたので、

そういえば、わたしは、写真を撮るのも好きだった、
と思い出して、

きれいな花の写真や、昔、みんなで旅行にいった写真、
おいしそうな山梨のくだものの写真、家族の写真、
最近の写真、もみの可笑しい写真なんかをはりつけて、
短い文を添えた、写真ノートを何冊も、つくって、
祖母にみせた。

新刊だよ、なんて言って。


祖母は、きれいね〜、なんて言ってよろんでくれた。



たぶん、わたしにとって、言葉を書くのは、写真をとるのは、
そんな風に大切なひとに、よろこんでもらうためであって、
それ以上でも、それ以下でもない。

そして、それは、仕事でもプライベートでも
基本的には変わらない。


わたしは、祖母に、さみしくないように、
幸せな気持ちになってもらうように、
短い文をいくつも考えながら、

たぶん、ずっとコピーの勉強をしていた。
ものづくりというものを学んでいた。


それは、ものを「うまくつくる」とか、
それなりにつくるとか、こ奇麗につくる、
とかそういうことではまったくなかった。


伝える、ということを学んでいた。



祖母の喜んでくれ方は、昔から、いつもとびきりで、

ああ、ひとによろこんでもらうのって
いいなあ、とおもった。

幸せなトラウマみたいに、誰かによろこんでもらいたくて、
いまも、仕事したり、文を書いたり、写真をとったりしている。


祖母みたいに、あんな風によろこぶ顔が見たくて。
by ayu_cafe | 2010-06-30 03:58 | 仕事もしてます | Trackback | Comments(2)

Roma 2

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僕はローマ生まれだけど、ローマの美味しいお店をあまり知らない。
日本人の妻のクミや、十七才になる娘のマリアは、納得がいかないらしい。

小さい頃、父は亡くなり、母はよく入院していたので、料理は姉が作ってくれていた。
姉の料理は絶品だった。姉はサボりたがりだったけど、料理だけは手を抜かなかった。
ぼくが大学の入学試験に落ちて、なにも食べる気がしなかった時、姉は、
そんくらいのことで、ごはん食べれなくなってどうするの、生きてる人間は美味しいものを食べて
たくさん笑ってなくちゃだめなの、わかった?なんて言っていた。

小さい頃の僕の大好物は、姉のつくったカルボナーラだった。
はじめて姉の作ったカルボナーラを食べた時、
世の中に、こんなにおいしいものがあるのか、と感激して
「姉さん、ボク、3食カルボナーラでいいよ」と宣言した。
すると姉は、神妙な調子で僕を諭した。
「あんたねえ、3食カルボナーラを食べ続けたら、おまわりさんに捕まるよ、
 それで、おまわりさんが、あんたを連れてうちに来るんだよ。お宅のお子さん、
 もしかして3食カルボナーラばかり食べていませんでしたかって」
僕は負けずに言い返した。
「そしたら、おまわりさんにボクが言うよ、おまわりさん、姉さんのカルボナーラは、
 本当に3食、食べたくなるほど、美味しいんです、嘘だと思うなら食べてみて
 ください、って。そしたら、姉さん作ってあげてね」
「いいけど。じゃあ、若くてカッコイイおまわりさんに捕まってよね」
「わかった、やってみるよ」
姉との毎日はだいたいいつもこんな調子だった。

入院している母の病状が、急に悪くなったのもその頃だった。
ある晩、病院から電話で呼び出され、姉と僕は、深い眠りに就いた母と対面した。

母の葬儀が終わり、明日から姉が仕事に行くという日の夜、僕は姉に頼んだ。
「姉さん明日、仕事サボってよ」
すると姉はそっけなく「明日はサボらないよ」と答えた。

翌朝、起きると、姉はもう出かけたあとだった。
テーブルには何の書き置きもなかった。
ただ、テーブルの真ん中に、
3食、食べても食べきれないほどのカルボナーラが
どん、と置いてあった。



Roma 2
by ayu_cafe | 2010-06-29 03:33 | ayuCafe 創作 Bar | Trackback | Comments(0)

切り干し大根と油揚げ煮

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小さな頃、母のつくった切り干し大根と油揚げ煮をはじめて食べたとき、
世の中にこんなにおいしいものがあるのか、と思って、

母に、毎日3食、これでもいいよ!って言った気がする。


しろくてほうばりがいあって、
だしがきいた、ふかふかの大根と、あぶらあげをあえた
母の切り干し大根と油揚げ煮。。






小さな頃、山梨の祖父母と暮らしていて、
特に、祖母のことは大好きだった。

祖母は、大きな庭にたくさんの花をさかせていて、
いろいろな果物の樹や野菜を植えていた。

たまに、神奈川から、両親が迎えにきて、
しばらく、神奈川の家ですごすために、
山梨を離れるとき、見送ってくれる祖母から離れていくのが、
悲しくてしかたなかった。



小学校にあがるとき、神奈川で、両親と暮らしはじめた。


小さなころから、よくぜんそくが出ていて、
祖父母にも、両親にも苦労をかけた。


神奈川に来てからも、ぜんそくがでて、なかなか、なおりづらいとき、
母が、祖母に頼んで神奈川の家まで、来てもらったことが
何度かあった。


祖母の顔を見たとたん、ぜんそくや、病状が軽くなることが、
よくあった。



あるとき、やはり、ぜんそくがでて、よわっているとき、
祖母に何日か、来てもらったことがあった。

なんとなく、病状が落ち着いてきて、
祖母が帰ることになった。


祖母が帰ってしまった直後、病状こそ、持ち直してきたものの、
わたしは、テーブルのところに座って、
がっくり落ち来んで、しょんぼりしていた。


すると、まだ、午後の3時くらいだったのに、

母が、しょんぼり座ってるわたしの前に、

以前、わたしが大好きだと言った切り干し大根と油揚げ煮を、

食べきれないほどの山盛りで、

どん、と置いてくれた。
by ayu_cafe | 2010-06-27 23:14 | かぞくのこと | Trackback | Comments(5)

Roma

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姉さんは、さぼりの名人だ。
ボクに毎朝、学校なんてサボッちゃいなよっていう。
よく、今日も仕事ほとんどサボッてたよ、なんて言ってる。
母さんの病院にもあんまり顔を出さないし、教会にも行かないし、
父さんのお墓になんか、3年くらい行ってないんじゃないかな。

病院やお墓に行かないの?ってたまに聞くと、
姉さんはいつも、いいのよ、って言う。元気な時、一緒にたくさん笑ったから、って。
母さんも、姉さんは来ないよというと、いいのよ、って姉さんと同じ風に言う。
後は自分でなんとかするから大丈夫、お前も、友達とたくさん遊んできなって。

学校が夏休みになってから最初の日曜日、姉さんとリナシャンテに買い物に行った。
というか姉さんの買い物につきあわされた。
姉さんは、また新しい短いスカートを買った。
ボクは、いつも姉さんのスカートは短すぎると思う。

それからスペイン広場の近くのジェラッテリアで、ふたりでアイスを食べた。
姉さんは、アイスをペロペロなめながら無愛想に言った。
「もし、あたしが、病気になっても、あんた、毎日お見舞いなんて来なくていいからね、
 あんただって、考えてみなよ、よくぜんそくで苦しそうにしてるからわかるでしょ、
 苦しさとかのわからない人に、手持ちぶさたで、無理にそばにいられても
 かえって気を使っちゃうだけだよ」
「でもボクはぜんそくの時、お母さんがいてくれたら少し安心したよ」
「それは、少し安心しただけ。ぜんそくは自分で治すの」
姉さんは、店の外を通り過ぎる人たちを興味なさそうに見ている。
色々な味を楽しもうとして、アイスをクルクルまわしながらなめている。
「それにあんたなんか、もう少ししたら、母さんともあたしとも、
 一緒にいるのが、やになってどっかに行きたくなるんだから」
「ボクは、やになんかならないよ」
「なるのよ」
そう決めつけて、姉さんは短いスカートから無駄に伸びた長い足を組みかえた。

「そのスカート短すぎるよ」ボクは反撃する。
「あら、ありがと」
姉さんはニヤリと笑って、アイスのコーンをザクとかじった。



Roma
by ayu_cafe | 2010-06-27 10:47 | ayuCafe 創作 Bar | Trackback | Comments(0)

あまりにもな、つきぬけた確信のみが、その風景を一変させることができる。

ジョンレノンのお父さんは、船乗りで、
ほとんど家にいなかった。

お母さんは、ジョンが一歳の時に、
姉のミミにジョンを預けて、家を出て、再婚した。

ジョンは、ミミおばさんの家で、
ミミおばさんと暮らした。

ジョンが、17歳の時に、お母さんは、
交通事故でなくなった。


ジョンレノンの「ジョンの魂」というアルバムは、
「mother」という曲ではじまる。


重たい鐘の音がゴーンゴーンと鳴って、
ジョンが、あの絶叫で、「マザー」と歌いだす。

歌詞は、こんな歌詞。


「お母さん、ぼくは、あなたのものだったけど、
あなたは、ぼくのものじゃなかった。」


(このCDを悩める10代のころに買って、
この出だしを聴いて、

ああ、奇跡って、お金で買えるんだな、

と思った。)


ジョンレノンは、子供のショーンが5歳の時に、
NYで撃たれて亡くなった。


ジョンが亡くなった直後、ヨーコオノは、
そのことをまず、3人に電話で、伝えた。


ジョンの前妻との子、ジュリアンと
ポールマッカートニーと
そして、育ての親のミミおばさんに。




ジョンレノンの音楽は、
世界を挑発し、世界を癒し、世界を鼓舞した。
世界は、彼の音楽に魅了された。
そして、あまりに悲しい結末をたどった。

世界は夢からさめてしまった。
そこには、殺伐とした虚無だけがあった。












10数年後、マンチェスターで、セメントを運んでいた
口の悪い兄弟が、

まるで、神様の使いか、救世主のように、シーンにあわられた。


バンドは、3枚目のシングルを発表した。


ジャケットに、タイトルはなくて、
一軒の家が映っていて、バンド名だけが入っている。


それは、ジョンレノンが育ったミミ伯母さんの家だった。


お父さんに会ったこともなく、
お母さんにおいていかれ、おかあさんの訃報を聞き、
そして、自分の訃報が届いた家。
すべての悲しみの象徴のような場所。



口の悪い兄弟は、
この家について、
ジョンレノンについて、
あらゆる悲しみに満ちて、
殺伐とした、希望の困難なこの世界について、



端的に、確信をもって、タイトルをつけた。



「live forever」





あまりにもな、あたまの悪いくらいの楽観、



でも、ロジカルな分析のみとか、
感心する技巧とか、皮肉とか、内輪受けでは、

結局、なにも突き抜けられない。



あまりにもな、つきぬけた確信のみが、
その風景を一変させることができる。




「live forever」のあのイントロ。

生命の巨大な雨粒のような、あのフロアタム。

そして、リアムギャラガーが、

「めいべえ〜」と歌い出す。






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by ayu_cafe | 2010-06-26 11:01 | ayuCafe Music Bar | Trackback | Comments(2)

さぁあて、ひと泳ぎすっか。

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かなしみ?不安?
身体をうごかして生きてれば、
そんなひまないぜ。





oahu,hawaii
by ayu_cafe | 2010-06-25 09:42 | oahu,hawaii | Trackback | Comments(0)

土のついた花束。生まれたての花束。

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今朝、庭に咲いていたので


急いでたばねてもってきた


気にいる花かどうかわからないけど


とにかくなにか渡したかったので


土がついた花束だけど


生まれたての花束なので


とにかくなにか渡したかったので


気をつけて。またいつか。
by ayu_cafe | 2010-06-24 06:03 | ayuCafe 創作 Bar | Trackback | Comments(0)

この赤い実は、まだ、わたしだけのもの。*みかこさん 2巻*

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きのう、出張だった。


「みかこさん」2巻の発売日だったので、


新幹線に乗る前に、東京駅の本屋さんで買おうとしたら、


改装されて、本屋さんが小さくなっていて、


「みかこさん」は見あたらなかった。






新幹線に乗ってる間、外は、雨がふっていた。


新幹線から見る雨の景色って好き。


なんだか、他人事なので。






出張先に行く前に、出張先の街の駅ビルで


「みかこさん」を探したら、平積みのところになくて、


棚の方にあった。


平積みの方には、上条淳士さんの短篇集があった。


両方買って、出張先にむかった。





会議(取材?)を、13時半から19時半までやった。




帰りの電車の中で、「みかこさん」をゆっくり読んだ。



ipodに、気になる子の写真をいれていて、


それを気になる子に見られてしまうところと、


女の子が、自分の赤くぬった足の指のことを、


この赤い実は、まだ、わたしだけのもの、


と思うところがよかった。




帰りの電車では、雨はやんでいた。
by ayu_cafe | 2010-06-24 06:00 | ayuCafe Book Bar | Trackback | Comments(0)

「大丈夫。倒すから」 *鈴木 有二さんに学ぶ*

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先日、クライアントさんとの食事会に参加させていただいた。


そこで、クライアントさんが、以前、一緒にお仕事をされた
元プロボクサーさんのお話を聞いた。


(以下、すべて正確というわけではないと思いますが。。)



ボクサーの名前は、鈴木 有二。
リングネームは、
「死んでも直らないほどのおっちょこちょい」という森の石松から、

鈴木石松。



鈴木さんは、現役時代、なかなか積極的に打っていかない、

土壇場での打ち合いを嫌う、

あるいは、闘っていて、だめだと思うと、あきらめてしまう、

試合をなげてしまう、

というような傾向があった。



なので、もっと積極的に戦わないと、という願いをこめて、
リングネームを、

ガッツ石松にした。



wikiには、
「日本の世界王者の中でチャンピオンになる前に10敗以上しているのは石松のみである」
と書かれていた。





積極的に打っていかなくて、打ち合いを嫌って、あきあらめてしまって、
10敗以上して。。。



だから、「ガッツ」。




ぽつりとした名前というのは、言葉というのは、
とうぜんあたりまえにあるものではなく、
はるかな願い、なんだなあ、と思う。



おそらく、わたしの名前も、親のはるかな願いだと思う。



そして、誰しも、リングネームが必要なのかもしれない。


生きるというのは、当然のことだけど、
なぐさめあいでも、なれあいでもなく、闘いなので☆







彼のエピソードで、好きなものがこれ。(wikiから)


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WBC世界ライト級王座挑戦。ロドルフォ・ゴンザレス戦。


8回、石松のパンチを吸収し、動きがやや重くなった王者に対し、石松は強烈な左フックをヒット、すかさず右をフォローし王者からダウンを奪った。ややレフェリーのカウントはロング気味で、何とか立ち上がったゴンザレスから、すかさず石松は2度目のダウンを奪う。ところが、レフェリーはこれを「スリップ」と判断し、なおかつキャンバスに倒れた王者を助け起こすルール違反を犯す。セコンドの米倉健司、エディ・タウンゼントらが激高、抗議のためリングに上がりかけるほどの事態だったが、石松は冷静に「大丈夫。倒すから」とセコンド陣を制したのち、その言葉どおりにコーナーでゴンザレスを乱打して、今度こそキャンバスに完全に沈めた。



+++++++++++++++++++++++++






積極的に打っていかなくて、打ち合いを嫌って、あきあらめてしまって、
10敗以上していたボクサーが、

ガッツというリングネームに鼓舞され、世界王者に挑戦し、

不正だろうが、不平等だろうが、

冷静に、つぶやく。


「大丈夫。倒すから」。







そう、不正だろうが、不平等だろうが、理不尽だろうが、
中傷されようが、見限られようが、

身体の中で、冷静にそっとつぶやく。


「大丈夫。倒すから」。


すぐにでなくても、何年かかろうとも。
by ayu_cafe | 2010-06-23 06:54 | 一生勉強。 | Trackback | Comments(0)

あじさいランプ。

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あじさいランプ。


こころの暗がりに一台。
by ayu_cafe | 2010-06-22 12:49 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(4)