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日常を生きようとすることは、メッセージになる。*エリコさんからいただいたメール*

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南フランスで、ピアノの先生をされている

エリコさん
から、

とてもうれしいメールをいただきました。

どうしても、ここにきゅっと刻んでおきたかったので

了承をいただいて、一部を掲載させていただきます。

エリコさん、ありがとうございますね。






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そして、ずっとお礼を言わなきゃと思っていたことがあります。

前にayuさんがおばあさまにポラロイド写真に言葉を添えて毎日送られた、
という記事がありましたよね(いつごろだったか、ちょっと覚えてないのですが)。

実は実家にいる私のおばあちゃん、今年の春から怪我をして入院していました。
ひとりで起き上がれない、歩けない、という状況に
本人はずいぶん焦って落ち込んでいました。

帰国予定のなかった私も、やっぱり帰ろうか?なんて母に言ったのですが
せっかくの夏休み、そっちで満喫しなさい、と言われました。
まあ、帰ってもあんまり役に立たないってことなんですけど‥。

それで精神科のお医者さんだった友人に相談したら

エリコが今出来ることは、無理して飛行機に乗って会いに行くよりも
今の状況や生活の様子、感じていることなんかをメールや手紙に書いて、
写真や絵をつけて送ってあげることだよ、

って言われて、ああ、これはあれだ!あのayuさんの記事だ!とびっくりしたのです。

そんなわけでこの夏は祖父母に絵日記を書くようにメールを送り、
それを父にプリントアウトして病院に持って行ってもらいました。
絵日記と言っても、今の暮らしから祖父母と暮していた日々への思い出につながるので、
なんというか時間の旅をしているような不思議な作業でした。
そして書くことがない!というときにayuさんのブログにとても励まされました。

祖母はとても喜んで、私のメールをいつも楽しみにしてくれていたそうです。
そして先日、無事退院となりました。

離れて暮して10年以上も経ち、
心の距離をこんなに近くにも遠くにも感じたのは
恥ずかしながら初めてだったかもしれません。



*************************






わたしは、こんな返信をしました。






*************************


ああ、いいお話。
ほんとは、なにができるか、近くにいなければいけないのではないか、
と悩むので、いいお話、だけでは、すまないけど。。

自分がひとにできることって限られているのかもとも思います。
でも、なにかせずにはいられない。

手紙や言葉って、なにかせずにはいられないときの、
苦渋の手段かもしれませんね。

あるいは、すべての表現は、苦渋の手段かもしれません。

あと、日常というか、そこでしっかり生きていることは、
メッセージになるんだなあ、と思いました。




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エリコさんは、わたしのこのメールの返信で


「だから日常をしっかり生きる、というより生きようとしている、
ということをどうしても伝えたいんでしょうね。いまだに。」


と書いてくれて、


わたしは、こんな風に返信しました。


「ああ、まさにそうですね。。しっかり生きようとしている、
それをわたしも、自分で確認するように、大事なひとに伝わるように、
書いているのかもしれません。。」









日常を生きようとすることは、

それだけで、作品、とまで言えるかわからないけど、

メッセージになるのかもしれません。




ニューシネマパラダイスという映画で、

小さい頃、可愛がってくれた映写技師のおじさんが、

すっかり老いて、お見舞いにいくと、

おじさんが、主人公にこう言います。


「お前の顔をみるより、お前の噂を聞きたいよ」


これは、これで、すごいセリフだな、
とたびたび思い出します。



大きな噂にならずとも、日常を生きようとすることは、

つぐないになり、感謝になるのかもしれない、

と思いますし、思いたいです。




エリコさんのお父様が、プリントアウトした

エリコさんのメールを、おばあちゃん、おじいちゃんに見せる。

おばあちゃん、おじいちゃんにエリコさんの景色や想いがひろがる。




この世の中って、景色や想いがゆきかうところなんだな。
by ayu_cafe | 2010-09-29 09:41 | non category | Trackback | Comments(0)

叔母の日本画と、有野契章の毎日。

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叔母(有野契章という日本画家)の毎日。


お昼までに、祖母(叔母の母)の施設に行く準備。

ゼリーとか、食べさせるもの、新しいタオル、新しい着替え、
つめきりや、もろもろはいった祖母セットを

わたしがあげたDEAN & DELUCAの真っ赤なトートバックにつめこむ。



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11時10分に、家を出る。
櫛形山や、北岳を横目に、
富士山を真正面に見ながら、
個展後に入ったお金で、一括支払いした
クルマをぶっとばして、祖母の施設へ。



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お昼ご飯がくるまで、祖母をマッサージ
話しかけたりしながら。
叔母は、よく話す、よく笑う。
祖母もつられて笑うことがある。



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お昼。
30分から40分かける。

すりつぶされたメニューをうまくまぜて、
祖母の口に、あるタイミングで入れる。

祖母がごくりと飲み込む。

もう、他の誰も、できない。

施設の人は、よく食べさせられますね、と感心する。

たぶん、叔母が来ないときは、
針のついてない注射器とか使っているのかな。。
ねこに水を飲ませるみたいに。。
でも、根気強く食べさせてくれてる。

いい悪いではなく、祖母くらいの終末期の
複数のお年寄りに、ある時間内にご飯を食べさせる方法が他にあるだろうか。



叔母は、

「ここマッサージすると、よく口動かして
のみこんでくれるさ、
のみこむ力があるから、すごいじゃんね、

かなりやせて、いよいよぼちぼちかな、
と思ったけど、

こりゃ、まだ、元気だね(笑)」

と山梨弁で笑う。



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前にも、書いたけど、叔母は情が厚くて、

気に入ったひとは、とことん大事にして、

失礼なひとには、とことん啖呵をきる。



前に、祖母に足に痣ができていて、ふくれあがって
はれていた時、


「これは、一体、どうゆうことですかっ!!!
うちのお母さん、ちゃんとみてもらわないと困るんだけど!!!」

と施設のスタッフ全員に詰め寄ってた。



施設には、ほとんど面会のひとは来ない。

つまり、文句をいうひとなんていない。

文句をつければ、いないとき、どう扱われるんだろう、
とわたしなんて考えてしまう。


だから、叔母は、毎日くる。

祖母が、重い認知証のまま足を骨折して入所した日から、

5年も6年も。



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もちろん、何事もなければ、
基本的には、よくしていただいている
施設のスタッフの方々には、
とことん感謝をしめす。



施設に差し入れるお中元のビールを何箱も、
一緒に運んだこともあった。



「これ、みんなで、食べて」
って言って炊込みご飯を持って行ったり。




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祖母は、かなりやせたけど、

たぶん、叔母が、毎日、祖母のところに行って、
毎日、ご飯をたべさせ、顔や手足をふいたり、
マッサージしたり、しなければ、

こんなに、すべすべつやつやしていないだろう。


まわりに入所していたなじみのお年寄りは、
ほとんどいない。



いとこも来てくれる。
母も来る。
(わたしは、がんばるけど、たまにしか来れない。)

でも、叔母の献身は、みんなおどろく。

「そんなにしなくても、もういいじゃないか、
自分の身体も大事にしなよ」

と声をかける。




叔母は、おととい、こんな事を言ってた。

「ほら、○○が、亡くなったとき、
あれもしてやれんかった、これもしてやれんかった
って後悔ばかりしてたからさ」


○○は、高校生のとき亡くなった叔母の息子。




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わたしは、それだけでも、ないのでは、と感じる。
それをせずには、いられない、という業のようなものも感じる。




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祖母にご飯を食べさせると、叔母は、
口元や、口の中を拭いてあげて、

「じゃ、お母さん、また明日ね」


と言って帰る。



帰って、お弟子さんに絵を教える日もある。


学校から帰ってきた孫たちには、

なにかおやつになるものをつくってあげる。




最近、叔母は、絵がやさしくなったと言われるそう。



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介護の経験が絵をやさしくした、
というような、きれいなことは、わたしは決して言えない。

叔母の、いとこたちの、母の介護の苦労は、
そんなきれいな苦労ではない。

そして、近くに暮らす家族である以上、
もちろん、いい面ばかりではなく、いいことばかりではない。
人間である以上、そんなきれいな言葉だけで収まるわけがない。


そして、育ててもらった祖母の面倒もろく見れないわたしには、
なにも言えない。



ただ、京都で友禅を学んだ祖父が亡くなる前に、
叔母が祖父から教え込まれた、葉のひとつひとつの描き方のことを考える。

葉がどうやって生きて、開き、育つか、ちゃんと見て、考えなさい、

と奇跡的に渡された日本画技法のバトンのことについて考える。



いろいろな業や、日々、できごと、運命。

正しいか、間違っているか、幸運か、不幸か、

という問いの外側で、絵は描かれ続けた。





わたしは、京都の伝統的で、高価な絵の具が盛りつけられた、
叔母の絵の背景の地に、魅入ってしまう。



なにも言えないけど、

叔母の絵はとてもいいなと思う。

そして、絵を描くということ、

ものを創造すること、に対して、

厳粛な気持ちになる。




絵って、

なんて、業が深くて、エゴイスティックで、激しくて

なんて、深い愛情があって、やさしいんだろう。


よかった。この世の中に、絵があって。





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by ayu_cafe | 2010-09-28 00:09 | かぞくのこと | Trackback | Comments(4)

「静かな水が流れるように、言葉が流れている」

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ひんやり晴れた、嵐明けの朝、

つばきさんの文章を読み返していたら、

この文章が、とてもきもちよかったので、

おかりしてしまいます。




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『それで、元気にしてる?』

 たった一行、そう書かれたメールが送られてきた。

 「それで」なんていう接続詞が使われているのだから、
これ以前に、何らかの前ふりがあったとか、
私との会話が発生していたのではないかと想像されるかもしれないが、
全くない。

 私はしばらく、このメールの送り主と連絡を取っていなかったのだ。

 こんないきなりな会話の始め方も、
彼が外国人だということでユーモアを感じる。


 『私のこと、覚えていたの?

  ほどよく元気よ。

  もうすぐパパになる、あなた。
  あなたは元気かしら?

  私はもうすぐブラジルに行くの。

  今夜のサッカー、
  日本VSコートジボアール戦はあなたの国を応援します。』
  

 と送ったメールに対する彼の返事はこうだ。

 『今のメール、
 なんか静かな水が流れるように
 言葉が流れていると感じる。
 きれい。』
 
 褒められて悪い気はしないわね。

 時々、ビックリするわ。
あなたの日本語を感じる力。
そして、「ほほぉー、日本人も顔負けじゃん!」って思う程の
正確な日本語を使うかと思えば、日本人には思いつかない、
ダイナミックな日本語の活用を生み出す。

 この人から発する言葉に動きがあり、表情がある。

 さて、コートジボアールは勝ったかしら?

      つばき




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「ほどよく元気よ」


ってところがつばきさんらしくて、いいなあ。
by ayu_cafe | 2010-09-25 12:07 | non category | Trackback | Comments(4)

michiko e hatchin ♯7 「雨におちるモノトーン」

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by ayu_cafe | 2010-09-24 05:51 | ayuCafe TV Bar | Trackback | Comments(0)

雨の休日のお昼過ぎ、「ミチコとハッチン」のサントラを聞きながら、バスタブにお湯をためる。

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雨の休日のお昼過ぎ、「ミチコとハッチン」のサントラを聞きながら、

バスタブにお湯をためる。



日の高いうちにつくって、入るお風呂って、至福の悦楽。





朝起きて、妻と一緒に、田中一村の日曜美術館の録画を見て、

もうれつに千葉美に行きたくなったけど、

大雨警報がでてたので、断念。。





それなら、と、本場ブラジル人アーティストが用意した、

「ミチコとハッチン」のサントラを聞きながら、

バスタブをごしごし洗い、あたたかいお湯をためる。



なんだか、リオデジャネイロの郊外で、逃走中のつかの間の

休息をしているような気分になる。(←すぐ影響される。)




第七話「雨に落ちるモノトーン」で挿入される、

キューバのソンみたいな曲が最高。


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しかし、バスタブにきらきらと光るお湯をためることには、

異常な充足感を感じてしまう。



戦闘と休息☆





お昼は、お彼岸なので、おはぎ。

手前が、やまなしのいなかのくるみのおはぎ。


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by ayu_cafe | 2010-09-24 00:08 | 海辺の生活 | Trackback | Comments(4)

ねこに追いかけられる。

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わたくし、正直な話し、社長にほめられるときもあれば、

ねこに追いかけられるときもあります。。



うちの、もみ、誰に似たのか、やられたら、必ずやりかえす、

という、非ガンジー的な性格で。。。

ま、最初にちょっかい出すのはわたしなんですけど。。


ちょっかいだすと、走って追いかけてくるので、

走って逃げます。

朝から。





ちなみに、いま、自分の前線基地から、こちらを監視中。(緊迫)
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さらに、監視。
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上からものを言われるのが、嫌いなので、この憮然とした表情。
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しばらくあたりを見回して。。
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ひきあげてゆきました。
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ふー、危機は去った。。
by ayu_cafe | 2010-09-23 20:33 | ayuCafe ねこ Bar | Trackback | Comments(4)

社長にほめられる。

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数ヶ月続いている大仕事の、グラフィックパートが

納品されて、それをチームみんなで、社長にもっていき、

完成を報告した。




まだ、webパートが終わっていないし、

webチームは、がんばってやっているし、

なにも油断はできない。



グラフィックパートに関しては、




今回は大変だった。





もう、言葉がない。




一緒にやっている隣の席の同僚と

納品されたものを手にとっても言葉がない。


「こ、これは、重いね」


と苦笑してしまうばかりだった。



なにか、ずしりと無言で「あん」(あんこ)がつまっている感じ。



内容や企画も重いが、


制作過程であったこと、

言われたこと、いたらなかったこと、がんばったこと、

学んだこと、助けられたこと、会ったひと、困難。。。


働くとは、こんなに、「あん」がずしりとつまるものか、

とその納品物を見て思う。




いままでと、ちがうものをクライアント様も求めていて、


いままでとちがう、企業の意志の強力に入ったものをなんとかつくった。


セールスツールに、ここまで、企業思想や、創業者の言葉が、

明確に入っているものは、ないのでは、と思う。



うまくまとめられたかは、お客様がほんとにどんな反応をされるかは、

正直、いまの完成直後では、冷静に判断できない。


というか、代休がたまりすぎてる。。


誤植も心配だし。



もちろん、全部自分たちだけで、やりとげたとも思わない。

これからの仕事をする上での懸案事項は、山のように浮かび上がっている。



でも、やるだけやった。







社長は、大声だし、鋭い指摘をされることもしばしば。

異常な緊張感がある。

なので、いつも、今日、社長と話す日だ、と思うと、

会社の5つ前の駅くらいから、ぐっとお腹に力が入る。




その社長が、


これ、だいぶ変えたね、

おれがやった○○○以来じゃないの

いいじゃないですか!

構成もいいし、ここと、ここ、ここもいいよ。うん。


お疲れさまでした!


と、大声でほめられた。(びっくり)






これ、社長分の納品物です、と言って渡したら、


「じゃ、これ、会いに来たひとに自慢させてもらうよ」


とまで言われた。






もちろん、大変な過程も知っているし、

異常な勤務時間のタイムカードも見ている、

売り上げも、かなりの額になる、

ので、ねぎらいもあったかもしれないけど、



おせじとか、上手い方でもないし、

直感的に、いつも、ばっさり言うひとなので、

こういう時は、素直にうれしい。




というか、いつも異常な緊張感のもと、

どう、ぬかりなく案件を詰めているか、どきどきしながら、

社長と話すし、たいがい、なにか鋭い指摘をされるので、

ほめられると、居心地が悪くなる。


緊張が、急に弛緩して、倒れそうになる。



報告後、また、隣の同僚と、


もう、今日、なにもできないね、


ちょっと、くずれ落ちそうだね、


と話した。





ほとんど、極限まで苦労してたアートディレクターとも


報告後


「お疲れさまでした」


と言いあった。






まだ、webパートは、終わっていないし、

課題は、ほんとうに、山盛り。



こんなくらいで、あれこれ得意げに語らないでください、

と冷静なクライアントさんの声が聞こえる。






この後、なぜか、別件の仕事関連で、嬉しいメールや、やりとりが続いた。

こういう時ってたまにある。

一寸先は闇にしても。





世間は連休なのか。。



ずっしりした「あん」のつまった仕事した。





webが公開されたら、


スタッフと、

おいしいもの屋さんにでも行って、

言葉もなく、食べよう、と思う。
by ayu_cafe | 2010-09-23 06:54 | 仕事もしてます | Trackback | Comments(0)

あたたかい木枯らし。

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わたしは、なつかしいやまのふもとの祖父母の家に帰る。

バスを降りて、バス停から歩くと、祖父母の家が見えてくる。


正確には、家ではなく、こんもりと繁った大きな樹々が見えてくる。

祖父母は、樹々や、花々をそのたっぷりとした土地で育てていた。

遠くからその、こんもりとした祖父母の樹々をみるのが、いつも楽しみ。

わたしは、ここで育って、なんどもここに帰ってきた。



わたしが、その家に近づくと、不思議と、そこに、誰かがいる気配を感じる。

とても愛らしい誰か、とてもにこやかな誰か。

わたしは、家に入っていないのに、その誰かが見える。

それは、誰かではなく、なにかだ。

とても愛らしいなにか、とてもにこやかななにか。



それは、生き物、かいじゅう、なんだろう、でも、親しげ。

そのなにかが、ながい細いすすきのようなものをのばす。

家に入っていない、わたしに、ながいながい細いすすきのようなものが届く。

それは、敵意がない。なでるように、触るように、わたしに届く。



わたしは、いつのまにか、祖父母の家に帰っている。

その愛らしいなにかは、ちいさくて、にこやか。

たぶん、かれらが、祖父母なんだ。

かれらは、わたしが帰ってきて、とてもにこやか。

でも、ことばは通じないみたい。。




そして、わたしは、気づく。




「ああ、祖父も、祖母も、もういなくて、

この家ももうないから、こうゆう風に見えているんだ。」




わたしは、いつのまにか、手を上にあげて、

えんじ色の鉄のパイプをつかんでいる。

あ、これは、庭にあった古いさびたブランコだ。



祖母の植えた、秋の花があたりに咲き乱れていて、

昔使っていた古い浴槽が、すぐ近くにあって、

雨水がたまって、水草が生えたその中で、金魚がひらめく。



わたしは、えんじのブランコの鉄パイプをつかむ自分の手をみる。

それは、いつものわたしの手ではなくて、

なにかの手だった。

動物、かいじゅう、なにか他の生き物。。



ふりかえると、家の縁側で、祖父母のようななにかが、

にこやかに、愛らしげに、笑ってこっちを見ている。




わたしも、死ぬんだろうか、と手をみながら思う。





すると、ちかくのやまからころげおちてくるように、

大きな大きな木枯らしが吹いてくる。





わたしは、ふわっと一瞬でその大きな木枯らしに空高く巻き上げられる。

眼下に、祖父母の家と庭がみえる。

あたりのものもみんな巻き上げられる。

ブランコ、秋の草花、金魚、木の実、枯葉、野菜。

家もこなごなになって、その中のものも巻き上げられる。

木の時計、祖父の絵筆、祖母のお気に入りのハンカチ。

祖父母ような愛らしいなにかも。



それらが、美しい模様のように、

どこかの国のきれいなカーテンの模様のように、あたりにちらばる。

わたしを、取り巻くように、つつむように。




わたしは、はるか上空で、わたしが育てられたものに、つつまれながら、

そこが、豊かな母ぎつねのしっぽにつつまれているみたいに

あたたかい、と思う。



木枯らしって、あたたかいんだ、と気づく。




そして、わたしは、こうやって、空高くのぼっていって、

いよいよ死ぬのかな、と思う。





でも、いや、ちがう、と気づく。





目覚めるんだ、と気づく。












やがて、目が覚めると、秋晴れの9月。



からだは、まだ、いろいろなものが、きれいにちらばった、

あたたかい木枯らしにつつまれている。












*あたたかい木枯らし*
by ayu_cafe | 2010-09-22 01:32 | ayuCafe 創作 Bar | Trackback | Comments(0)

「夜中に、嫌なことを考えそうになった時、見る本。」

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今日、父方の祖母のところに行ったら、祖母が、

「夜ね、目が覚めちゃったとき、
昔の嫌な事思い出して、
その事ばかり考えちゃうことがあるんだよ」

って言っていた。

わたしは、したり顔で、

「夜、考え事するのはよくないね、
きれいな花の写真でも見ればいいじゃん。」


なんて言ったら、祖母が、

「この前くれたの(ターシャさんの本)もね、
もつと、重くてね。。」


というので、

「じゃあ、軽くて、花がたくさんのってる本を
つくってきてあげるよ。」


と約束した。



いま、写真屋さんで、フォトブックみたいの
すぐできるからね。
できれば、きちんとつくれたら、最高なんだけど。。
でも、まあ、とりいそぎ。
祖母が、また嫌なこと思い出す前に。。





そして、わたしのブログの中へ、庭で撮った花を摘みに出掛ける。


たんまりと用意できた。


さーて、どれとどれを束ねて本にしようかな。





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(思えば、わたしのブログは、夜中に、嫌なことを考えそうになった時、
書いてる気がする。うーむ、だから、“きれいごと”なのかな。

っていうか、この、「夜中に、嫌なことを考えそうになった時、見る本。」
わたしも欲しくなってきた、いや、むしろわたしにこそ必要だ。。。)
by ayu_cafe | 2010-09-20 21:56 | かぞくのこと | Trackback | Comments(8)

その街を好きになるということ。

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その街を好きになるということ。

それは、その時の同僚(ぽこさん)と
その街のことを話すこと。



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その街を好きになるということ。

それは、旅して来たその街の写真を
同僚に見せること。




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その街を好きになるということ。

それは、会社をやめて、パリで暮らしはじめた友人(ぽこさん)の
シャトレの家を、雪の日に訪ねていくこと。



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その街を好きになるということ。

それは、パリで、友人(ぽこさん)にその友人(coCoさん)を
紹介してもらうこと。



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その街を好きになるということ。

それは、数ヶ月おきに、その街を訪れてしまうこと。
そして、その度に、その街の友人たちと
バガデル公園で、クーポールで、ムフタールで、
楽しく過ごすこと。



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その街を好きになるということ。

それは、その街でお世話になった友人たちを、
家におまねきすること。



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その街を好きになるということ。

それは、友人たちが、そのお礼に、

友人たちがその街で出会った友人(maggieさん)による花束を
送ってくれること。



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その街を好きになるということ。



なにかを好きになるということ。



がんばって生き続けるということ。





それは、ある日、特上の気持ちのこもった花束が届くこと。





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by ayu_cafe | 2010-09-19 21:55 | non category | Trackback | Comments(4)