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森は暗いメランコリアでひんやりと冷えている。*雨の夜のシャルロット・ゲンズブール2*

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日曜日 夜から雨。

東京国際フォーラム ホールA

シャルロット・ゲンズブール東京公演。



チケットは、センター列の前から17列目で、

こんなに(バランスの)いい席ははじめて。

すぐちかくにNHKのカメラがあった。



そして、ミュージシャン、ジャーナリストが、ちらほら周辺に。


ちょっと前には、片寄さんと、ショコラさんのgreat3夫妻。

一列前には、小山田さん、嶺川さんのコーネリアス夫妻。


前にも、書いたけど、小山田さんとは、高校の同級生で、

学祭でわたしが、風船をふくらましていたら、
小山田さんが、「このギター、ここに預かってもらってもいい?」
と聞いてきて、「いいよ」と答えて以来の接近遭遇。

その後、小山田さんは、ずっとギターをひいていて、
最近オノヨーコさんのバンドを手伝っていて、
競演してたのは、エリッククラプトン、レディガガ、
RZA、ソニックユース、そして、ペリーファレル!!
あ、YMOも手伝ってる。


で、わたしは、ずっと風船をふくらませてる。。

(↑どうでも情報。。どうでも比喩。。)



開演までのBGMは、

わたしの大好きなカーティス・メイフィールドの
フューチャーショックがかかった。
このスネア、なんてデリカシーがあるんだろ。

デビッドボウイ、ルーリード、

そして、そして、ジャクソンファイブの

i want you back が大音量になって、開演。








**************************







すごい、かっこいい。


音楽も、かっこいい。


ぜんぜんCDで聞くのと違う。




照明は、レディオヘッドのスタッフで、
バンドは、ベックのバンドで、
曲は、ベックとか、ジャービスコッカーとか
エールとか、

なんだけど、ちがう、

これは、シャルロットの音楽だ。



お父さんのゲンズブールを亡くした
深い喪失感と、コンプレックスで、

(実質的な)ファーストアルバムは、フランス語を
いっさい使わずにつくったくらいのシャルロットが


「(エルメスの)バーキンは、わたしがもっても
(母の)まねになっちゃうじゃない?」
って言っていたシャルロットが、


この時代に自分で手にいれた音楽。


レディオヘッドと、ベックと、エレクトロニカの時代の
同級生の音楽。


うわーこれ観れてよかった。


だって、中盤、なんの気負いもなく、
セルジュの超名盤「メロディーネルソン」から、
「L'HOTEL PARTICULIER」のカバー。

ギターのカッティングがすごくかっこいい。


これは、ジェーンバーキンは、カバーしないなあ。


シャルロットの志向する音楽と、とても合ってる。

すごい絶妙。自分で探した音楽が、

カリスマだった父の音楽と別の道を辿って、同じラインにたどりつく。




シャルロットの曲は、コーチュラとかも出てるだけあって、

CDより、メロディや、コーラスを厚くして、ライブ向けに強調している。



このメロディが、とても暗いメランコリアがひろがるようで、すばらしい。




あの時を、思い出した。


重たく曇ったノルマンディの海岸から、

南下して、ブルターニュにクルマで向かう途中、

すこし、道に迷った。


人気のない村、石がごつごつとあって、
草が冷たくそよいでいて、ほこりっぽい細い道で

クルマをUターンさせているとき、

急にケルトの音楽というものが判った気がした。

地図のルートからはずれた生身の土地で、

土地のもつ北ヨーロッパの響きのようなものが理解できた。



賛美歌や、教会の音楽も、急にひもとけたように思えた。



シャルロットの暗いメランコリアは、

北の土地の森が見えて、教会の響きを感じた。



シャルロットは、限りなく細く、スマートで、

やはり、限りなく、シャイだった。



曲の合間、ペットボトルの水を飲む時、

必ず、後ろを向いて飲むところ、


はにかみながら、

「フランス語でしゃべってもいい?」

って観客に聞くところ。



彼女は、素晴らしくシャイなままで

この時代のメランコリアを、次々に響かせていた。




**************************




すわって、ゆっくりと、のびやかにはじまったのが、

ボブ・ディランのカバー、just like women。



今年は、ライブで聞くの二度目。


一度目は、ゼップ東京のボブディラン。

二度目は、国際フォーラムのシャルロット。


なんていう年なんだろ。






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バンドは、きちんと血がかよっていて、

だけど、激しく、オルタナティブで、

いろいろなところに連れていってくれた。




開演まで、人気のなかったCDの販売コーナーが、

終演後、すごく混み合っていたのが、象徴的。






*****************************





ラストは、とてもかわいらしくシャイにメンバー紹介をして、

サンバのドラムと、あのベースライン。



セルジュの、couler cafe。



サビでみんなで合唱。



最後は、スタンディングオベーション。




こんなことがおこるんだ、

ということが、人生には、時々、平気でおこる。






**************************





シャルロットの好きなところは、


くだらないものを、守っていなさそうなところ。


くだらないものに、執着していなさそうなところ。


くだらない、プライバシーとか。


くだらない、自意識とか。




なにかの奪い合いや、

競い合いや、

貧しい心持ちとは、別の場所で、


森は暗いメランコリアでひんやりと冷えている。



はるかとおくに、その森がある。



わたしは、その森とつながっている。




深く眠ることができて、

深く目覚めることができる森とつながっている。




そんなふうに思った。



雨の夜のシャルロット・ゲンズブールを観て。
by ayu_cafe | 2010-10-27 02:52 | non category | Trackback | Comments(2)

雨の夜のシャルロット・ゲンズブール 1

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東京公演、音楽的にとてもよくて、びっくりしました。



何か、現実に立ち向かう高貴なものをもらった。




詳しくは、次の記事で書きます。

写真は、mixiのコミュからおかりしました。
by ayu_cafe | 2010-10-25 08:29 | non category | Trackback | Comments(2)

スープをつくる、ことが、そのひとをつくる。

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料理研究家の辰巳 芳子さんは、

お父様が脳血栓で入院され、嚥下困難になった時に、

お母様と一緒にスープを作って、毎日病院に持っていった。

8年後にお父様が亡くなるまで、そのスープが

お父様のいのちを支えた。





辰巳さんは、毎日スープをつくりながら、

自分自身にもたらされるものが、とても多くあると感じた。



スープをつくる、ことが、そのひとをつくる、



と感じた。





***************************





辰巳さんは、イタリアで料理を学んでいたときに出会った生ハムを、

なんとか日本でつくれないかと思った。

当時、日本で生ハムをつくっている実例はほとんどなく、

まわりからも、日本の気候などの環境下では無理、と言われた。



豚の大きな骨付き肉を購入し、塩をすりこむ、

なんども挑戦する。

家の近くのイエズス会の教会にあった、

スペイン語の家庭料理の本に載っていた生ハムのつくり方を

読む込む。


毎年、庭に雪が吹きだまるところが、風の通り道だろう、

と、あたりをつけて、そこに、塩をすり込んだ豚肉を

つるすための小屋をつくる。

小屋は、適切に風がとおるようにする。

(辰巳さんは、これを、風に仕事をさせる
“風仕事”と呼ぶ。とてもいい言葉。)



試行錯誤の末、20年かかって、生ハムが完成する。


辰巳さんは、

「そんなに、時間がかかったとは思わないのよ。」

と笑う。



そして、

「わたしが、時間をかけて、試行錯誤していて、
結局ふと思うのは、あ、わたしは、すりこむ塩について、
ずっと考えていた、塩のことがわかった、
ということ、それが、最初からの目的ではなかったけれど、
おもわぬごほうびみたいみたいに、
塩のことがわかった。」


とおっしゃっていた。






***************************






辰巳さんは、大分の湯布院で、

料理人のひとたちに、講習をしている。


そこで、こんな風に言っていた。
(正確ではないと思いますが。。)



「わたしたち、料理をするものは、

たとえば、その魚に、とりくむ時に、

その魚の良さを見つめ、最大限に引き出すために、


幸いなことに、我をすてられる。


いい料理は我を落とさなければできない。


そして、我を落とすことで、

生きることが、ずいぶんと楽になる。」






***************************






スープをつくる、ことが、そのひとをつくる。


日々の料理や、そうじや、ささいなやるべきこともスープだと思う。


目の前の仕事も、目の前の困難も、

トラブルも、スープだと思う。




その“スープ”により、生ハムの塩の知識のように、

おもわぬごほうびがもたらされる。



そして、その“スープ”に取り組むことによって、

我が落ちる。

生きることが楽になる。


救われる。



スープをつくる、ことが、そのひとをつくる。


というのは、


スープをつくる、ことが、そのひとを救う。


と言ってもいいかもしれない。





自分をつくる、というのは、肩の凝る道徳的な向上ではなく、

より楽になる、幸せになる、救われる、ということかもしれない。




その“スープ”に取り組むことで、

その“スープ”が、いろいろなことを教えてくれる。

そして、いつか、その“スープ”が、救ってくれる。




じっくり、クツクツ、コトコトと、

スープをつくろう、と思う。
by ayu_cafe | 2010-10-24 09:18 | しごとのことば | Trackback | Comments(4)

トラブルという日常。

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わたしの知識と経験が浅く、内情がわかりづらい
部署の組織改善にとりくんでいる。


加えて、トラブルが続いている。



本当の解決策を考えないと。



自分のいたらなさに過剰にひくつになるのではなく。


誰かを責めるのではなく。


自分の責任範囲を限定するのではなく。


ピンポイントの対処で終わらせるのではなく。


感情的にならず、自分を大事にしすぎず。


ふつうの業務だけで、ふらふらになる
身体と頭の余力をどこかに残して、冷静に。






トラブルは、ある突然日発生するのではく、

日常の中にある。

日常の問題点は山ほどある。

それに、気づいていない、あるいは、

たまたま上手くいっていることも多い。



トラブルがなかったから
ニコニコするのではなく、

トラブルがあったから、
落ち込むだけでなく、


根本的な、本当の解決策を考えないと。




そうしないとくり返すことになる。

どこかの部分の負荷だけが、
過剰にかかることになる。




トラブルや改善をさぐる状況というのは、

突発的なやっかいな案件ではなく、日常だ。


だから、冷静に取り組むしかない。


冷静にトラブルという日常を生きる。



おそらく、そこで、本当の実力と
本当の人間性が試される。
by ayu_cafe | 2010-10-20 09:27 | 仕事もしてます | Trackback | Comments(2)

冬瓜(とうがん)が実る。

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ふと裏庭を見上げると、

たいそう立派な冬瓜が、

実っていました。






ずしりと重いんですが、

これをつるさげている、蔦は、

人間のやわいこころもちより、

よっぽど、強度がある、と思います。





今年は、3つ、とれました。




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もつ、というより、抱きかかえる、

という感じなので、なんだか、

人間みたいで、妙な感じです。







先の見えない日々でも、

こうして、静かにだまって

豊かに実るものもあります。
by ayu_cafe | 2010-10-18 09:26 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(4)

未来はきらきらしていない。ギラギラしている。

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メキシコ、サン・ホセ・デルカボという町。


メキシコの光は、その絶妙な色彩の布にはね返る光は、

きらきらしていない、ギラギラしている。

クラッとするくらい。



ホテルから、この町までは、シャトルバスが出ていて、

その運転者さんが、

がたいがでかくて、ロバート・ロドリゲスの映画に出てくる

悪役みたいで、最高。




ホテルは、ルイスバラガンに影響を受けてるモダン・メキシコなホテルで、

ピンクの外壁と、ブルーのコルテス海をながめながら、

プールにつかって、テキーラのカクテル、フローズンマルガリータを飲んだ。


フローズンマルガリータは、水に浮く素材のコップに入っていて、

ギラギラした日射しの下で、そいつをプールに浮かべながら、

逃げ切った逃亡犯みたいに、ぼけっとしていた。



ちょっと可笑しくなる。


受験も、就職も、なかなか決まらず、

親にも心配をかけ、

いったい、この先、どうなるんだろう、

なにか、いいことなんて、はたしてあるんだろうか、と

ずっと思っていた。



で、その先には、

ギラギラとしたメキシコの太陽と

ブルーのコルテス海と、フローズンマルガリータがあった。

プールサイドのサボテンは、花まで咲かせてた。



未来はギラギラとしていた。



ホテルの近くには、カボ・サン・ルーカス

っていう町があって、そこの丘の上のホテルは、

ローリングストーンズのギタリスト、

キースリチャーズが結婚式を挙げたところ。



ストーンズの音楽は、太陽みたいだといつも思う。




うろおぼえだけど、

When The Whip Comes Downって曲で、

ミックジャガーは、

「運命のムチが振り下ろされる

だけど、おれは、トイレにすわって知らん顔」

って歌っている。



It Must Be Hell って曲では、


「あんたが、そこが地獄だって思うんなら、
たしかに地獄なんだろうよ、

でもね、いいかい?

おれたちは、天国を目指してる」


って歌ってる。






音楽が、メキシコの太陽が、

きっぱりと言う。


「あきらめたければ、あきらめればいい。

だけど、未来は、その先で、ギラギラしている。」
by ayu_cafe | 2010-10-11 07:01 | 現地時刻 | Trackback | Comments(2)

「この世の果てなんか身の回りに溢れかえっている。」

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大根さんが、さっきアップされた記事。全文。




そこがこの世の果てだとしてもそれが悲観に値すべきかどうかはわかんないすよ。


先週金曜深夜、ラジオを終えて自転車で帰った。
家まであと2〜3分というところ、時間は2時過ぎ。
世田谷の住宅街はひっそりと静まりかえっている。
はずだったのだが・・・その時間、その場所にそぐわない風景が目に入ってきた。
「うぎゃあぁぁぁ〜うえぇぇぇん〜だぁぁぁ〜!!」
一歳半くらいの男の子が道端で街灯に照らされながら泣き叫んでいる。
ん!?なにこれ?オレも人に親なので深夜に夜泣きが止まない子供を
外に連れ出してしばらくおんぶか抱っこをしながら落ち着かせる、的な
子育てあるあるがあるということは知っている。
が、その男の子はどう見ても一人きりだ。
しかも足元を見ると裸足。
せっかん?に、してもこんな真夜中に外に放り出すのはどう考えても危ない。
しかもその道は赤堤通りから甲州街道への抜け道で住宅街とはいえ
タクシーなど深夜でも車の行き来が激しい。
しばらく傍観していたが親らしき人も現れない。
と、オレに気づいたかなんなのかわからんがその男の子が
泣き叫びながらオレとは逆方向に走り出した。
その先には赤信号。そのまま走ったら車に轢かれてもおかしくない。
オレは自転車を投げ出して男の子を追っかけた。
信号の手前で捕まえた。相変わらず泣き叫んだまま。
「どうしたどうした?お母さんは?ん?おうちは?ん?」
まだ言葉を覚えていないのかパニくっているのかはわからないが
なにも答えずに泣いたままだ。
間近で見るとその顔は相当な時間泣き続けたことがわかった。
「ん?泣かない泣かない、ほい、抱っこしよっか抱っこ」
と、両手を拡げるとその子はなんの躊躇もせずにオレに抱きついてきた。
そのまま立ち上がって2〜3分体を揺らしながら背中をトントンしていると
だいぶ落ち着いて泣き半分しゃっくり半分くらいになってきた。
周囲を見廻しても誰もいない。
なにこれ?どうしよう?110番?
とか考えていると、目の前の家の玄関が開いて初老のおじさんが出てきた。
「あんたお父さん?」
「いえ、違います、さっき通りかかって・・・」
「さっきからずっと泣いてたんだよ」
「あ、そうすか・・・」
「そのうち親が来るかと思ってたんだけどさあ」
「ああはい・・・」
「どうすんの?」
「あ、いえ、どうしようかと・・・あ、どこの家の子かわかんないすか?」
「わかんないよ」
「ああ・・・」
「警察電話しなよ」
「え?」
「この時間だからもうそれしかないだろ」
「まあそっすね・・・あ、なんか喉渇いてそうなんでコップに水とかもらえないすか?」
「え?」
「あ、水とか・・・」
「警察呼びなよ」
と、ドアを閉めてしまった。
男の子はだいぶ落ち着いてきて、抱っこをしている初対面のオレの顔をじっと見ている。
こんな状況だから可愛いとかは思わんがまあ愛くるしい顔ですよ、そんなもん。
警察かあ・・・色々説明すんのもめんどくせえなあ・・・つーか親!
なにしてんの?どこにいんの?
とりあえずこの子の家っぽいところを探しつつ、抱っこしたままその辺を歩く。
長い時間泣いた子は喉が渇くからとりあえずなんか飲ませてあげたいなあ。
ふらふら歩いてうちに男の子はすっかり落ち着いて指をしゃぶりながら
オレの胸に顔をくっつけてきた。
あーもう愛情感じちゃったよー、もうめんどくさいー、警察とかやだー。
この時のオレ、自転車降りたままだったんで背中にバック背負って頭にはヘルメット。
で、男の子抱っこ。なんだこのシチュエーション?そんで時間はもう2時半過ぎ。
4〜5分歩いているうちにオレのマンションの近くまで来てしまった。
この子の家らしき場所は見つからない。
もう一度最初にこの子が立ってた場所まで戻ろうか?
喉の渇きが可哀想だから家まで連れてってなんか飲ませるか?
ん?この状況を美人妻になんて説明すんの?あーもうめんどくせえなあ!
とか思っていると、マンションの隣の隣の隣にある安アパートの一階の
奥の方にある部屋の玄関が30センチほど開いていて
中から蛍光灯の灯りが漏れている。
ん?あそこか?
「おうちあそこ?」と、聞いてみるが男の子は指をしゃぶってオレを
見るだけでなにも答えない。
まあとりあえず行ってみるか・・・違ってたら家に連れてってなんか飲ませて
それで警察呼ぼう、冷蔵庫にアップルジュースがあったはず・・・
とか考えながらアパートに入っていった。
安アパートらしくそれぞれの玄関の前には古い洗濯機やらボロい自転車やら
ゴミ袋やらサンダルやらが散乱している。
開きっぱなしの玄関の前に来るとそこにはベビーカーがあった。
あ、この子のベビーカーかも・・・
中を除くとまず玄関に脱ぎ捨てられた子供の靴やらハイヒールやらサンダルやら
が目に入ってきた。そして匂い、生活臭とたぶん猫のウンコの匂い。
あーたぶんここだなあ・・・
ドアを開けて声をかける。
「すいませーん」
部屋の中が見えた。キッチン4畳半・奥の居間6畳の、
オレも20年前に住んだことがある典型的な安アパートの間取りだ。
キッチンにはゴミ袋と脱ぎ捨てられた衣服やらなにやらが散乱している。
そして奥の6畳には布団が3組敷いてあって電気は消えているが
テレビが点いていてそのブラウン管の灯りが、布団に横になっている8歳くらいの
女の子と、10歳くらいの男の子の寝姿を照らしていた。
母親もしくは父親らしき姿は見えない。
是枝監督の「誰も知らない」を観た人はわかると思うがあれです。あの部屋のまんまです。
女の子がぼお〜っとした顔でオレを見る。
「はい・・・」深夜の訪問者を警戒する様子は無い。
無いっつーか顔も声も無表情だ。オレは一瞬である程度の生活環境を察した。
「この子はここのおうちの子かなあ?」
「・・・・あ、はい、そうです」
「さっきね、外で泣いてたよ、裸足で」
「・・・あ、はい・・・」
「一人で外に出ちゃったのかな?」
「・・・あ、わかんない・・・」
「・・・・」
テレビからは能天気な深夜バラエティの音が聞こえる。
女の子はそのままで、おそらく弟であろうオレが抱っこしている子に
近づくそぶりも見せずタオルケットをかけたそのままの姿勢だ。
オレはふとキッチンの流しを見た。色々とこびりついたままの食器が
溢れかえっている。オレはさらに色々と察した。
う〜ん・・・厳しいなこの状況は・・・
答えは想像はついたが聞いてみた。
「お母さんは?どこ?」
「・・あ、いません・・・」
「どこ行っちゃったの?」
「・・・あ・・えっと・・カラオケ・・・」
「カラオケ?」
「はい・・・」
まあ、そんなもんだろうな・・たぶん3人の子供を寝かしつけて
近所のスナックあたりにカラオケに行っちゃったんだろうな・・
そんで目を覚ました一番下のこの子が、お母さんがいないことに気づいて
淋しくてパニックになっちゃって玄関開けて外に出ちゃったんだろうな、
鍵かけ忘れたかどうかはしらんがそのまま裸足でギャーギャー泣いてお母さん
探してるうちに通りにでちゃって怖くなっちゃってそこにオレが通りかかったんだろうな・・・
「カラオケってすぐ近く?」
「・・・わかんない・・・」
わかんないかあ・・・わかればそこ行ってこの子渡してそんで家に戻ってもらうんだけどなあ・・・
「すぐ戻ってくるかなあ?」
「・・・わかんないけど・・・たぶんまだ・・・」
まあそうだろうなあ・・・えっと、どーすっかな?
オレがこのまま家に上がって待つ?いやいや無いわさすがにそこまでは。
まあとりあえずお姉ちゃんは寝ぼけてはいるがちゃんとはしてそうだから・・・
この子を戻して、ちゃんと鍵かけさせて寝かしつけさせる。
まあそれでいいだろう。
それにしてもお姉ちゃん、なんでこっちに来ないんだろう?
「あ、この子喉渇いてるからさ、なんか飲ませてあげよっか?」
「あ、はい・・・」
「うん」
「・・・えっとじゃあコップそこです・・・」
と、お姉ちゃんは食器で溢れかえった流しを指差した。
「・・・でもほら、おじさんはここの家の人じゃないからさ、お姉ちゃんやってよ」
「あ、はい・・・」
と、お腹までかけていたタオルケットを外してお姉ちゃんは立ち上がった。
ん?なんか足元フラフラしてんな・・・ん?
暗い居間から蛍光灯が点いたキッチンに入ったお姉ちゃんの両足には
ギプスがはめられていた。フォレスト・ガンプが足の不自由な少年時代に
付けていたあれの現代バージョンだ。
うわあ・・・そういえば・・・さっきはベビーカーだけに目が行っていたが
見るとその横には小さな車椅子があった。
お姉ちゃんはぎこちなく歩きながら流しまで来て
コップを2〜3回ジャージャーと洗い、そのまま水道水を入れて
オレが抱っこしたままの男の子に飲ませた。
案の定、男の子はグビグビと喉を鳴らしてその水を飲んだ。
「・・・お姉ちゃん」
「はい」
これまた容易に想像できることをあえてオレは聞いてみた。
「お父さんは?」
「・・・いません」

弟をしっかりと寝かしつけること、オレが出たら玄関の鍵をしっかりかけること
をお姉ちゃんと約束してオレはアパートを出た。

ほっぽったままだった自転車を取りにいきながら湧いてきた感情は
母親に対する怒りでもあの子らに対する同情でも悲観でもない。
ただただ無情だ。
オレは偽善者でも偽悪者でもないと思っている。
なるべく物事をフラットに考えたいと思っている。
あのような環境でも彼ら彼女らにとってはそれが生活であり日常である。
そこには彼ら彼女らにしかわからない幸も不幸もあるだろう。
朝になったら警察に通報する?
連休が明けたら役所の児童相談所に電話する?
わからん。

離婚してあのアパートに住み、長男・身障者の長女・1歳半の男の子を育てるのは
そりゃ大変だろう。ストレスも溜まるだろう。
そのストレス発散の方向がカラオケだとしてもオレはそれを責める気にはならない。
例えばそれが子供への暴力や虐待などに向かうよりはマシだ。
ずっと抱っこしていた男の子は幼子らしい良い匂いがしたし
お姉ちゃんもやせ細ってなどはなく、顔色や毛艶は良かったと思う。
お兄ちゃんはずっと寝てたのでわからんが
とりあえずは食べさせるものは食べさせているのだとは思う。
風呂にもちゃんと入れているんだと思う。
だからうん・・・たまたまこんなことになってしまい
あの家のことを知ってしまったからって・・・

なに!?このどこにも持っていきようのない気持ち!!!

家に帰って風呂に入って当たり前だが眠ることなどできず
この前物産展で買って、祝い事や来客用にとってあった
ちょっと高い焼酎を開けてロックで飲んだ。
色々と考えているうちに外から微かに鳴き声が聞こえたような気がした。

!!・・・いや、大丈夫・・・鍵はかけたはずだ。
お姉ちゃんが弟を抱きかかえて玄関を閉めて、ガチャッと鍵をかける音を
確かに聞いたんだ。大丈夫大丈夫・・・・ん〜もう!めんどくせえなあ!

外に出た。4時。
アパートに向かった。
部屋の前まで行くと中の灯りは消えていて
ドアと柱のわずかな隙間を見ると確かに鍵はかかっている。
・・・でももし、あの男の子がもう鍵を中から開けるくらいの知恵を付けていたら・・・
最初に裸足で外に出た時もそうやってたら・・・・
オレはお姉ちゃんの車椅子を玄関に立てかけて
子供の力では中から開けないようにしてアパートを出た。


あ〜オレ、どうすりゃいいんだろ?


「モテキ」が終わり、評判も良く、廻りになにかと誉められ
ちょっと調子こいてたオレに誰かが冷や水ぶっかけたの?
なにかを考えさせようとしてんの?



と、企画を立てて賛同者は現れたものの
頓挫してしまい、ほっぽったままだったこれを思い出した。
歌舞伎町のこころちゃん



オレは↑をどこかでこの世の果ての物語だと思っていて
自分の生活環境にはまったく心当たらないフィクションとして
捉えていたのかもしれない。
全然違った。当たり前だ。この世の果てなんか身の回りに溢れかえっている。













********************************








ん〜もう!めんどくせえなあ!

と言って、もう一度外に出る。

こういうひとがつくるドラマ。


わたしは、会社で、
ほんとの事情もわからず、
ほんとの解決策もわからず、
自分のこともままならないまま、
他のひとの世話をやいてる。

それは、役職の責任感ではなく
やさしさとか、強さでもなく、

ん〜もう!と言って、もう一度外に出る。

というような、業みたいなもの。



ん〜もう!と言って、もう一度外に出る。
ひとがつくるもの、

そういうものって、優れてるとか、
いい悪いではなくて、

信用できる。
by ayu_cafe | 2010-10-11 05:34 | non category | Trackback | Comments(2)

現地時刻。St-Germain des Pres,paris,france 7:30am

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明け方、強い雨が降ってすぐやんだ。

カフェ・フロールへ朝食を食べに行く。

街はまだ暗くて、
つややかな世界に、街灯が映えている。

きれいすぎて、静粛すぎて、
なんだかあの世みたいだと思う。

でも、あの世が、サンジェルマン・デ・プレみたいだったら
かなり悪くない、と思う。

あの世でも、きっと、朝早くから、ドゥ・マゴとフロールは、
店を開けているはず。
あの世だから、カフェ・フロールには、
ボリス・ヴィアンやゲンズブールやマイルズ・デイヴィスや
ピカソや、ドイツ占領時のレジスタンスたちが
昔みたいに、がやがやとしゃべり合っているはず。。


現実のフロールの2階席は、
まだ誰もいない。
この場所で、仲良く肩を並べて、
こりこりと原稿を書いていた
サルトルとボーボワールの面影しかない。
by ayu_cafe | 2010-10-11 04:35 | 現地時刻 | Trackback | Comments(0)

母を救急車にのせる。さまざまな幸運について考える。

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金曜日、長くハードだった大仕事、

本田技研工業さんのnew fitの

最後の案件、web公開作業で、

前日から40時間ほど、通しで働き、午前10時30分に公開。

午後のホンダさんの青山ビルでの発表会に、出席。



会社に戻り、いくつか打ち合わせをして、

fitのスタッフと、のどがかわかない?

と言っておいしい中華へ。



お疲れ、と乾杯。

あまりにハードな過程の先にたどりついたおいしい中華とビール。


言葉が出ない。



言葉が出ないよね、とおいしい春巻きを食べながら、

みんなでにやにや笑う。



仕事した。







帰ってきて、気を失うように眠る。



翌朝、早朝、なんどか一階の電話がなっているので、

気になっておりていくと、

母が近くのスーパーの店先で転んで、

いま、救急車にのっているとのこと。


父と向かう。

小雨の向こうに救急車がとまっている。



乗り来んで、救急隊のひとと、向かう病院を相談。

まず、母の足に入っている人工関節について

定期的に診てもらっているところは、

土曜日で、先生がいない、ということでNG。



母が内科に通っている近くの総合病院は、

人工関節の患者さん、という特殊性か、NG。



結局、大船の湘南鎌倉総合病院が、

搬入を受諾してくれて、そちらに向かうことに。


ここまでで、かなり時間がかかった。


ああ、これか、と思う。

医療現場大変だもんなあ、どこの現場も限界なのかな。。






緊急外来の待ち合いで、父と3時間ほど待つ。



検査の結果と診断は、人工関節とは、別の部分の骨折で、

痛み止めと通院で、一ヵ月くらいで治る、とのこと。



ほっとする。





夕方、家に戻り、母を休ませ、

すこしなにか食べて、

すこし眠る。




夜起きて、ぼうっとNHKのTVをみてたら、

「世界でもめずらしい日本の豊かな自然環境」

みたいな番組をやっていた。


雨、雪の降る量、


ヒマラヤ山脈によって、進路を変えられた風、雲の流れと、

あたたかな海流が出会う、


氷河期の陸地の変化。。




日本の、豊かな森林、多彩な植物、動物について、


番組の最後でナレーターの方が、


それは、(気候、立地における)

さまざまな幸運によって、育まれました。


というようなことを言っていた。









ほんとは、今日は、山梨に行って、

明日、祖母の誕生日をお祝いしようと思っていた。

maggieさんに、お花を頼んで、

山梨に発送してもらった。




maggieさんから、発送しました。というメールが

届いていて、お花の写真が添えられていた。



maggieさんには、祖母がつくっていた

ワイルドガーデン風な庭のこと、

そこで祖母とすごしていたことなどお話して、

祖母の好きなえんじの色を入れてくださいと、

お花をオーダーさせていただいた。



すると、maggieさんから、

季節を織り込んで、野の花を摘んできたような優しいナチュラルな雰囲気で
お作りしたいと思いますが、よろしいでしょうか?

とメールをいただいた。


野の花を摘んできたような


なんて、なんて素敵なんだろうと思った。




そして、今日のメールでは、


お花はザ・プリンスというとてもふくよかな香りが特徴の
ボルドー色のイングリッシュローズとかわいらしいベルテッセンを入れ、
雲竜柳やモッコウバラの蔓などでナチュラルなお庭の雰囲気を
イメージして作らせていただきました。
お気に召していただけるといいのですが。。。


と書いてくださっていた。





お花の写真を見たとき、正直、僭越ですが、

やられた、こう来たか、と思った。



夜おそくになってしまったけど、
こんなメールをお送りした。



なんでしょう、贈るお花って華やかな印象があったんですが、

その分、その時だけの華やかさで、さみしい気持ちにも少しなります。

お花というもの自体が、そういう刹那的な、美しさがまた、よいのかな、とも

思うのですが、

こんなに、さみしくないお花は、はじめてです。

祖母とすごしたやまなしの庭のことや、その時間のこと、日常、祖父のこと、

空気、寒さ、暑さ、なんかをいろいろ思い出しました。

というより、そこにある、と思いました。




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maggieさんは、母にも、小さな花束をそえてくださった。



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わたしは、足の靭帯にも弱いところがあって、
たまに痛める。かるいぜんそくの発作もごくたまに起こる。


そういうとき、ああ、歩けるってすごいことだ、

息ができるって、幸せなことだと思う。





さまざまな幸運。



さまざまな幸運の上に生かされている、

それは、たとえば、

緊急外来の待合室のような場所で、とくに感じる。


ハードな状況のときほど、感じる。




どんなに状況がハードでも、

そもそも、さまざまな幸運のもとに生かされている。




失うことを悲しめる幸運のもとに。





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maggieさんと知り合えてほんとによかった。ありがとうございます!!*
by ayu_cafe | 2010-10-10 02:08 | non category | Trackback | Comments(8)

alfaromeo“キンモクセイ”spider。

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ことしは、タイミングベルトと、

タイヤを全部かえたので、手痛かった。



でも、大事なもののために、苦労できるというのは、

なんという幸運か。



もりもり働かなきゃ。




苦労できる大事なものに、出会える、

苦労できるものに出会える、

たとえば、家族とか、仕事とか。

それが、いちばのしあわせだなんて

子供のころはわからなかった。




たぶん、苦労できる、ってこと自体、

幸運なことなんだろうな。





アルファロメオスパイダーは、

このキンモクセイの季節のために、

生まれたのではないかと、ふと思う。




屋根をあけて、その香りに包まれて、


キンモクセイのオーデコロンの惑星で、


ふわりと加速する。
by ayu_cafe | 2010-10-07 09:29 | non category | Trackback | Comments(2)