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新しい清貧の国家・日本



作家で2011年より東北芸術工科大学芸術学部文芸学科学科長、教授に就任予定の
山川健一さんのブログから。
http://ameblo.jp/yamaken/entry-10846929350.html




傷んだ大地を踏みしめて歩いて行こう

「学生の皆さんへのメッセージ」

日本は、今回のことで生まれ変わるのだとぼくは思います。
経済的には貧しい国になり、放射線で汚染されたと認識された
この列島から外国人は姿を消し、ロックミュージシャンの来日もなくなると思います。
この夏の計画停電を機に、多くの会社が、消えていくかもしれません。
それは東北、関東だけではなく、中部地方や関西、九州でも結局のところ事情は同じです。

復興と言っても、東北がかつての姿を取り戻すことはもうないでしょう。
経済は生き物なので、血液(工業製品の部品)の供給が途絶えると、
外国からでも輸血しなければならず、一度システムが確立すると
「復興」した東北の企業がそこに入り込むのは非常に困難でしょう。
新しい経済のパラダイムを生み出さなければならないのです。
その際にベースステーションになるのは、やはり地元の大学以外には考えられません。
きっと、技術的には東北大学や山形大学の理系の人達がコアになり、
地元の企業と連携しながら新しいヴィジョンを
生み出そうと努力されていくのだろうと思います。 
かつてはそのようにして、東北地方は精密機器製造の拠点となり得たのです。

我が東北芸術工科大学は、人間がそれなしで生きていくことのできない
「魂」というものをどう支えていくのかということを、
必死に模索していかなければなりません。
文芸学科はそれを、「言語」によって達成していかなければなりません。
そこで、新しい価値を見出すことができるかどうか。こいつに、
すべてはかかっているとぼくは思います。

さらに、こうした模索を通じて地元の経済システムに貢献できるところまでを
射程にとらえ、傷んだ大地を踏みしめて歩いて行かなければなりません。
人間というものは、日本人というものは、東北地方の人々は、
何度も大きな悲しみに直面し、でもそれを乗り越えて来たのです。
 
明かりの消えた街の上にかかった月を眺める。
そういうことが何よりも大事です。
学生も教師も、共に学びつつ手を携え歩いていく存在です。
あきらめず、歩いて行こうではありませんか。
新しい価値を秘めた、未来の東北、新しい清貧の国家・日本を
この手で抱きしめるその地平まで。 


(山川健一)
by ayu_cafe | 2011-03-31 20:32 | Trackback | Comments(0)

「ただちに健康に影響はない」




「チェルノブイリ 20年後の真実」
by ayu_cafe | 2011-03-31 14:12 | Trackback | Comments(2)

苺、食べました

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長谷部千彩さんのブログから。
http://blog.honeyee.com/chasebe/archives/2011/03/31/no-9.html




No. 9:苺、食べました

March 31, 2011


オフィスに着くなり、Yが口を開いた。
「福島の農家の人が自殺しましたね」
「え?」
仕事のメールの対応に追われ、朝、私には新聞を読む暇がなかった。
ああ、ついに自殺者が出たのだ、と思った。

Yの話によると、その方は、地震で母屋や納屋は壊れたものの、
畑と約7500株のキャベツは無事で、ホウレン草の出荷停止措置が取られた後も、
(出荷停止品目となっていない)キャベツの出荷はできる、と、意欲を見せていた。
しかし、二日後、キャベツの摂取制限指示が出る。
翌日、その方は「福島の野菜はもうだめだ」という言葉を残し、首を吊ったという。

家に帰って新聞でその記事を探すと、
青々と実った大きなキャベツが畑一面に広がっている写真が掲載されていた。
その方は、有機栽培にこだわって30年以上前から土壌改良を重ねてきたという。
経済的打撃ももちろん深刻だが、加えて人には自分の生業に対するプライドというものがある。
そのことを考えると、どれだけ深い絶望に呑まれたか、想像するに余りある。
そして、こんなにも多くの人が言葉を発している時期なのに、
それでも人ひとり救えないのか、と思うと本当にやるせない。
震災に加え、原発事故によって長期化するであろう問題を抱え込んだ農業従事者に対し、
(経済的補償はもちろんとして)精神的サポートは必要ないのだろうか。

私は普段から「頑張ろう」「頑張れ」という言葉をあまり使わないから、
いまこの時期においてもその言葉を口にすることはほとんどないし、
たぶん、これからも使うことはあまりないと思う。
馴染みのない言葉はどうしても体から出てこない。
でも、たとえば、風評被害を受けて困っている生産者に、
「あなたが作った△△食べました、おいしかったです」と手紙に書いて送りたい、
という気持ちには駆られる。
食べていないものをおいしいとは言えないけれど、実際おいしかったらそれは書ける。
ニッポン、という大きな枠だと、私の気持ちはぼやけるけれど、
相手が個人ならば伝える自信はある。
その反面、「おいしかったです」では駄目なのかな、とも思う。
私は、自分の書いた文章が好きだと言われたらとても嬉しい。
好きだと言ってくれる人がいるなら、もう少し続けて書いてみようかなと思う。
だから、私はよく茨城産の苺を買っていて(いつも行く八百屋さんでは茨城産が安いから)、
原発事故後も食べて続けているけれど(調べたら問題ないようだったから)、
もしも、あなたの苺はおいしいから好きです、という言葉によって、
少しでも明るい気持ちになってもらえるなら、伝える意味はあるのではないか、と思うけど、
そんな言葉、何の足しにもならないといわれたら、その通りだとも思う。
わからない。
by ayu_cafe | 2011-03-31 10:56 | Trackback | Comments(2)

まもなく本物の言葉が必要となってくる。

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長谷部千彩さんがご紹介されていた作家のあさのあつこさんのコメント
2011年3月28日朝日新聞掲載「試される言葉・問われる私」より




(略)おまえはどんな言葉を今、発するのだと
これほど厳しく鋭く問われている時はないのではないか。
被災地に必要なのは、今は言葉ではない。物資であり人材であり情報だ。
けれど、まもなく本物の言葉が必要となってくる。
半年後、1年後、10年後、どういう言葉で3月11日以降を語っているのか、
語り続けられるのか。
ただの悲劇や感動話や健気な物語に貶めてはいけない。
ましてや過去のものとして忘れ去ってはならない。
剥き出しになったものと対峙し、言葉を綴り続ける。
3月11日に拘り続ける。
それができるのかどうか。
問われているのは、わたし自身だ。
by ayu_cafe | 2011-03-31 10:43 | Trackback | Comments(0)

生きることは渾沌。*太田光さんのコメントを見て*

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太田光さんのラジオでの
コメント。
欲しかった言葉。
http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/20110327



一段落したらねぇ、
私がみんなに奢りますんで。

ただね、みんな悩むだろうけどね、
僕は何もできないって
無力感を感じる人いるけど、
そのことをずーっと1人で、
あー、なんにも出来ねぇなって
考えてることも、
またそれはそれで
その時できることなんじゃないかなって、
俺は思ったりして、
こういう事があると人間の営みとか、
人間のいいとこも、
あるいは愚かだなって思うとこも、
地球は怖いなって思ったり、
地球は優しいなって思ったり、
色んなこと考えるじゃないですか。
そういうことへの恐れというかね、
畏怖っていう部分を感じつつ
また営みを続けてくってことが……、
俺はそれしかできねぇんじゃねぇかって
思うんだよね、人間って。








*************



おそらく、正解や安心を
過度に早急に求めたがるのは、
自分がそこからはやく
解放されたいからだ。


たぶん、
不安定な現実と
価値の見いだしづらい
自分と、

わたしたちは、一生
あいまみれていくのだと
思うし、
その格闘と迷いと悶絶が
生きることかもしれない。

※↑最近みつをっぽい。


そして、花や感謝や
生きる価値は、
その渾沌の土壌に生まれ、
わたしたちは、
そこで、それらと
出会うのだと思う。


悩み、まよい、へこたれ、
失望しながら、
それでも続いてゆく
この生という土壌で。



潔癖な正解や安心の場所には
花も咲かない。


にゃはは。



さて、生きるか。
by ayu_cafe | 2011-03-31 09:54 | Trackback | Comments(0)

誰かをせめるのは、もう止めたい。愛のある日々を。*いしだ壱成さんの原発に関するある体験*

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この冷静な腰のすわった
文章はすごい。
http://ameblo.jp/isseiishida/entry-10819818986.html





今だからみんなで考えたいこと。



いま一度、世界中がWebでリアルタイムでつながった今、改めて原子力発電所について書いてみようと思う。

ご興味のある方は一つの読みものとして目を通して頂けたらとても有難く思う。

あくまで、いち体験談として。
で、構わない。

推進派の方は勿論、反対する方は無論、特にどちらでもない、という方には是非に。

勿論興味あれば、で構わない。

さて少し前の話しになるが、先月山口県庁前で若者たちによる上関原子力発電所建設反対を訴えるハンガーストライキがあった。

その直後、約300~400名ほどの作業員が深夜、闇討ちをかけるかのように上関原発建設予定現場に集結した。

無論、新原子力発電所の建設工事着工の為に、だ。

上関原発建設が決定されてから、過去おおよそ30年もの間、建設に反対して来た祝島の島民の方々をはじめ全国から建設をやめて欲しいと集まった反対派の身体を張っての抵抗。

そうして現地の方々が、その身体を投げうって自然を、自分たちの島を、海を、そこに住まういきもの達すべてを守って下さったおかげで、工事は今現在、ストップしている。

だが、いつ再開されてもおかしくない状況だ。そうして、過去からずっと同じ状況が続いている。今も。この瞬間も。

当夜、全世界中に上関の真夜中の奇襲攻撃のニュースは主にTwitterなどを経由して、インターネット上を飛び交った。

日付けでいうと、2/21の確か午前2時前後だったと思う。

まさに、ひと眠りしようとしていた矢先のことだった。

とにかく僕にとっては大事件だった。ベッドから飛び起きてパソコンを立ち上げた。

次々と送られてくる転送メールやTwitterなどを経由しながら、こちらも夜を徹して現地からの動画配信などで状況を見守りつつ、作業員への説得や建設中止を中国電力に現地で訴えてくれている島の住民の方々と現地に集合してくれている反対派の方々へ、心からのエールを送り、ただただ祈った。

争いにならない様にと。

衝突が起こらず、作業員が説得に応じてくれて、着工作業を停止してもらえる様にと。

何も綺麗ごとなどでこんな事を書いているのではない。

僕は体験したことがある。

その衝突を。

そういう時に起こりうる実は誰も望まない衝突を。

たしか自分が11歳ぐらいの頃だった、二歳のとき両親が離婚したあと、母子家庭で当時は母と母の恋人と山のなかで三人で暮らしていた。

旧ソ連(現在のウクライナ)のチェルノブイリ原発が大爆発を起こしたわりとすぐ後、だったと記憶している。

当時通っていた、山梨県長坂町(現在の山梨県北杜市)の小泉小学校の校舎の窓からクラスメイトたちと曇る空を見上げながら『きっと死の灰が降ってくる』と不安を囁きあったものだ。

そしてその事故の同年か翌年に、四国の最西端に建つ伊方原子力発電所で、とある実験があった。

出力調整実験、という実験だった。

市街地などで電力消費の落ちる夜間の間、出力を100%から約50%に落として、また消費の上がる夜明けと共に出力100%に戻す。

という技術的な実験だったのだが、原発の炉心は簡単にいうと、本来は稼働率100%、つまり絶対にフルパワーで回していないといけないものだ。

それを100%では何だからと、稼働率を人の手で、出来れば毎晩上げ下げするという。
技術は、まだ追いついていない。

炉心のひとつひとつは広島や長崎に投下された原爆の数倍以上、核爆弾とまったく変わらないかそれ以上の破壊力を持っていることなど周知の事実。

ましてや炉心のなかは絶えず核分裂を起こしていて、ただでさえ『すこしづつ爆発』し続けているのだ。

それを技術がそこまでしっかりと追いついていないのに、そんな実験をするなんて、とさすがに小学生の僕でもとんでもないことだと感じた。というか、単純に恐怖だった。

そして、まさに、その出力調整中に、あのチェルノブイリは爆発したのだ。

母親からその話しを聞いたときは、ぞっとした。

それを、日本でやるという。

ついこないだチェルノブイリが同じ実験をしていて大爆発をしたというのに、やるという。

母たちは全国から仲間たちを募って、その実験を止めてもらう様、即刻四国電力に行くと荷支度を始めていた。自分も行く、と言った。そう言ったか、勝手に車に乗ったかよく覚えていないが、とにかくそのまま車で八ヶ岳から四国へ出発した。

学校は、休んだ。

全国から四国は高松にある四国電力本社前へ実験中止を訴えようと、数えきれない人たちが座り込みに集まっていた。

どうか実験をやめてください、と。

結果からいうと、実験は行われた。

実験が成功したから、今現在では日本全国にある55基の原発の炉心は毎日毎晩、絶えずその内部で核分裂を起こしながら稼働している。

例えが極端だが、55個もの核爆弾が人の手で爆発を制限されながら、いつどかんといってもおかしくない状態で爆弾の周りを取り囲む海水を沸騰させて、日本各地で唸りを上げてタービンを回して発電している。膨大な放射能を海と大気中にばら撒きながら。

これは単純な事実であって大袈裟ではない。最近、原子力はエコ。という広告を見かけるが、少なくとも僕はそうは思えない。

さて80年代後半の高松、四国電力本社前。

僕たちは座り込みを続けていた。

座り込み、といってもずっとそこに座っているだけではなかった。簡単に言うとテントでの共同生活。

勿論風呂には入れないが、お母さんたちは持ち寄った食材を分け合って料理をしたり、公民館の水道を借りて洗濯をしたりして、お父さんたちは電力会社の前で反対を訴え続け、子どもたちは適当にそのへんで遊んでいる。

見た目はいたってのんびりしているが、どこか皆そわそわしている。

そんな様子だ。

そして、実験当日の実験開始時刻まであと一時間ほど。

現場がやはり、荒れ始めた。

声を荒げる人が増えはじめた。

自分の親たちも、慌しく荒々しく声を上げはじめた。

伊方が爆発する。

お願いだ、やめてくれ。

それが、やめろ、に変わり、恐怖と興奮と怒りとが入り混じった不穏な空気があたりを包みはじめた。一触即発の空気。

無論警察が介入、そしてなぜか機動隊が群をなして押し寄せて来た。

当たり前だが、生まれて初めてそのときに機動隊を生で見た。

人数は正確には覚えていないがこちら側の約200名から見ると多勢に無勢なのは明らかだった。

今になったからよくわかるが、怒りのパワーは対象物があると増幅して、伝染する。

こちらも怒り。あちらも怒り。
遅かれ早かれ衝突が起こる、と感じた。

最初、機動隊員はずらりとフォーメーションらしきものを組んだ。

親たちの動きを封じるためだ。

最初は電力会社の方々に訴えていた親たち。

電力会社の方々がどう思ったかはわからないが、おそらくは警察に通報。それだけでは手に負えないので、機動隊が出動。流れでいうと、そんな所だろう。

実験開始まで、あと数十分。

親たちは、機動隊員にも説得をはじめた。貴方たちの家族も関係していることなのです、と。

僕も、誰それ構わず隊員に訴えた。

実験開始まで、あと十数分。焦っていた。

学術的云々はわからないが、こわいからやめて、ぐらいは言える。

そのときの機動隊員の方の表情をよく覚えている。

冷徹な目だけで、僕を見下ろしている。勿論ニコリともしない。そして微動だにしない。

表情一つ変えず。

実験そのものも怖かったが、その顔も、怖かった。

少なくとも、自分がそれまで関わってきた大人のなかにはそんな表情をする人はいなかった。

実験開始まで、あと数分。

突然、あちこちで怒号が上がった。

初めて聴いた、普段はとても優しい親たちの怒りの声。

悲しかった。本当に悲しかった。

そうか、もう死ぬのか、とも思った。ただ、悲しかった。

その瞬間、誰かに突き飛ばされて地面に叩きつけられた。

やはり、武力による衝突が始まったのだ。

急いで起き上がるが、身体の小さい僕は圧倒的に非力だった。

あたりはカオス状態だった。

今度は機動隊員の膝蹴りを喰らった。

また冷たいアスファルトの地面に顔面から叩きつけられた。

ラジ!!と聴いたことのある声が聞こえた。ラジというのは、僕の洗礼名で、親たちにはこう呼ばれる方が多い。

顔を上げると、子供になんてことするんだ!!と僕を助けようと手を伸ばして叫んでいる西荻窪で無農薬野菜の八百屋を営む親(一括してそう呼びたいと思う、僕には沢山の親がいると思っている)がいた。一瞬だが、知った顔を見つけて安心した。

その矢先、機動隊の警棒が彼に叩きつけられ、彼は苦痛に顔を歪めてその場に倒れ込んだ。

あんなに優しい笑顔しか見たことのなかった人間が見知らぬ人間に殴られて、苦痛に顔を歪めている。

全部がスローモーションだった。

自分の母親を探した。

遠くに見えた。騒乱に巻き込まれていた。誰かに殴られたのか、痛そうな顔をしていて、尚且つ機動隊の警棒が母を襲おうとしていた。

助けに行かねば、と立ち上がった。僕がいった所でたいした助けにはならないのだが、とにかく息子の本能というやつだろうか。

その瞬間、今度は自分が警棒で右肩あたりを殴られてまた倒れた。

このくそがきが!!

と聞こえた。地面に丸くなって防御体制に入っていた僕の横腹を何人かの隊員に蹴られた。息が出来なかった。そうか、僕はくそがきなのか。そんなこと、初めて言われた。

安全靴のつま先の鉄板があんなに重くて威力のあるものだとは思わなかった。左頬に鉄の冷たさを感じた。後頭部を厚いブーツの底で踏んずけられた。何人の隊員に踏みつけられただろう。

読者の方々の、どれ位がご覧になったことがあるかわからないが、僕が以前に出演した未成年というドラマのなかで、似たようなシーンがあった。
雰囲気でいうとまさにあんな感じだった。あの時見た光景も。その撮影中は、伊方のときとそっくりだと思っていた。

終わらないカオス。

痛みは、感じなかった。

身体の痛みより、喧嘩も嫌いだったし、親にも決してぶたれたこともなかったから、正直、殴られたということへのショックの方が大きかったんだと思う。

基本的に大人は子供を殴らない。

そう思っていた。

言い方が正しいかどうかわからないし、そのとき自分が居た場所も衝突のカオスの中心でよくなかったのだろう。
だが、自分が今その大人にぼこぼこにされて、踏みつけられて、蹴り飛ばされている。

これが、日本という国なのか。

と、徐々に襲ってきた身体中の痛みに耐えながら思った。なんで大切な人たちがこんな目にあうのか。なんでだ。

政治的云々は当然よくわからない。

自分たちにとって邪魔な存在であれば、その子供でも、あんなに狂気じみた笑みを浮かべて殴りまくっていいという法律があるのかと思った。

勿論、今考えればそんな法律などないのだが、それが負のパワーの連鎖というものだろう。

実は、誰も望んでいない負のパワーの連鎖。機動隊員だって、本来であれば、冷静であれば、子供を殴る蹴るなど、したくもない筈だ。負のパワーは人をおかしくさせる。

そして、実験開始時刻。

突然、騒乱は収まった。

収まったというか、親たちが動きを止めて皆、一斉に地面に伏せたのだ。

無言の祈り。無音の時間。

そして実験は成功し、爆発は起こらなかった。

これが、僕が原発、というものに本格的に興味を持ったきっかけだ。

何か、矛盾していると。
なんで、あんな殴り合いまでして作らなければならないのだと。

あれから数十年、時代は様変わりして、電力供給過剰気味になった日本。

だが今も原発が増えようとしている。もう充分に足りているというのに、だ。

以下が現在建設予定、或いは建設中の新しい原子力発電所だ。

山口県上関原発。

青森県大間原発。

福島県浪江・小高原発。

宮崎県串間原発。(是非を問う住民投票:2011年4月10日)

そしてその各地には建設反対を訴える心強い方々がいる。最初の方で述べた上関では、あの頃と全く変わらない現実が起きていて、真夜中の奇襲工事反対を訴えた上関近くの祝島のおばあちゃんが作業員ともみ合いになり、怪我をされ、まだ入院中だそうだ。早い回復を祈るばかりだ。

でも、今日や明日にでもまた工事が着工されるかもしれない。
そうしたら、また衝突が起こるかもしれない。

こういうことは残念ながら、なかなかテレビのニュースでは取り上げてもらえない。

様々な大人の事情があるのかないのか、本当のところは昔も今もわからない。

だが僕が一緒に仕事をしている、とある局の人間は上関の事は全く知らなかったと言っていて、その事実を伝えると、いちマスコミの人間として恥ずかしく思う、と言っていた。

決して恥ずかしくなんかない。

知ってもらえただけで、充分だし、これから解決していくべき問題は山積みだ。それには一人でも多くの方に知ってもらえればと思うし、彼のようなマスコミの人間であれば、尚更だと思う。賛同を得られたら、強い。

これからは自分も、真実を伝えるマスコミの人間としてこういうニュースに目を光らせたいと思います、と彼は言ってくれた。

それだけでも、本当に嬉しい。

また、先日話しを聞かせていただいたジャーナリストの方は、それもそうだが、もっというと政治家の方も、テレビ局の方も、単純に知らないだけなのだと言っていた。特に操作したりされているのではないと。

だから、決して彼らをせめるべきでは無いと。僕もそうだと思う。

誰かをせめるのは、もう止めたい。負の連鎖を起こさずとも、変えて行ける時代になって来たのだ。みんながみんなの立場を考える。それで、考えて変えていく所は変えていく。いける。少なくとも、そう感じた。

誰かが誰かをせめるのではなくて、双方皆で解決策を提案しあいたい。

それが出来るようになって来ているような気がしてならない。

政治家のなかにも脱原子力を訴える方々も増えて来ているし、著名人や有名人、文化人の方々の中にも数多く見られる。

本当に心強い限りだ。

世界的には、脱原子力はマストな事項として進んでいる。環境破壊の他に、維持費がかかり過ぎるし、とにかく時代遅れだというのが主な理由だ。

そして、今はWebやTwitterというものがあるし、リアルタイムにどこで何が起きているのかは瞬時にわかる。

その都度、アクションを起こして一人一人の個ではなく、皆で考えて行くことで、何が必要で何が必要じゃないのかと云うことも自ずとわかってくるのではないか。

そこまでして自然や生態系や地元の方々の豊かな生活を破壊してまで新しい原発は要らない。

脱原発を訴えて、よく言われる代替電力はどうするのかという事に関していえば、地熱、風力、水素などにシフトして行けばいい。

特にR水素という技術が一番クリーンで効率的だと個人的には思っていて、この分野はもっともっと伸びて欲しいし、注目されて欲しいと思う。

さて、これらの事を人ごとと捉えるか、自分たちのことと捉えるかは勿論自由だ。

これだけ書いてきただけでも、千あるうちの一か二ぐらいだが、ひとまず、原子力発電というものについて、自分の体験談を含めながら振り返ってみた。

一人でも多くの脱原子力の同意を得られたら、嬉しく思う。

でなくともせめて、知ってもらえるだけでもこれからがだいぶ変わって来ると信じている。

すべて今、現在進行形で起きている事だ。


読んで下さって、ありがとう。
愛ある日々を!!


No Nukes One Love.


壱成
by ayu_cafe | 2011-03-30 09:27 | Trackback | Comments(6)

不安のない希望なんてたいした希望ではない。*宮﨑駿さんのコメントを見て*

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宮﨑駿さんのコメントを
こちらから、抜粋して転載
させていただきます。

http://www.asahi.com/culture/update/0328/TKY201103280347.html




宮崎駿監督「絶望する必要ない」
大震災への思い語る




埋葬も出来ないままがれきに
埋もれている人々を抱えている国で、
原子力発電所の事故で
国土の一部を失いつつある国で、
自分たちはアニメを作っているという
自覚を持っている


今の時代に応えるため、
精いっぱい映画を作っていきたい


残念なことに、私たちの文明は
この試練に耐えられない。
これからどんな文明を作っていくのか、
模索を始めなければならない


僕たちの島は繰り返し地震と台風と津波に
襲われてきた。
しかし、豊かな自然に恵まれている。
多くの困難や苦しみがあっても、
より美しい島にしていく
努力をするかいがあると思っている。
今、あまりりっぱなことを
言いたくはないが、
僕たちは絶望する必要はない。


僕はこの年齢ですから
一歩も退くつもりはありません。
乳児については
配慮しなければなりませんが、
僕と同じくらいの年齢の人が
水を買うために並んでいる。
もってのほかだと思います。





****************



ブログを書いて実感したんだけど、
希望的なことを書くと
能天気に見える。


不安要素や、シリアスなことを書くと
ナーバス過ぎで、
ヒステリックに見えなくもない。


でも両方書きたい。
両方自分に言い聞かせたい。


宮﨑さんの
絶望する必要はない
ということばを聞いて確信したのが、


希望と不安は、同居する
ということ。


もっと言うと、


不安のない希望なんて
たいした希望ではない。


現実も人生☆も
不安で不安定なもので、
ずっとそうだったし、
いまも、これからもそうだろう。

現実は、日常は、
安易に安心するものではなく
対峙し、静かに、ふんばって
強く、思いやって、
その不安と戦うものかな。



そういうことを
サツキやキキやナウシカの
緊張したいい表情から
わたしは学び続けた。



そうですよね、
宮﨑さん。
by ayu_cafe | 2011-03-29 09:12 | Trackback | Comments(0)

世界の現状認識。

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画像と文章を原田治さんのブログから
転載させていただきます。
http://d.hatena.ne.jp/osamuharada/20110328





アメリカの知的雑誌『ニューヨーカー』の表紙イラスト。

放射能のシンボルマークが桜の花びらになっている。

日本人の一人としてはつらくて悲しいけれど、
このイラストの持つメッセージ性は圧倒的です。
優れた洞察力と批判精神が無ければ、このような力強いイラストを描く勇気を、
イラストレーターは持ちえないからです。

しかし、世界からは、このような目で日本が見られていることに当の日本人は気づかない。

つい先ほど人々が眠りについた深夜にそっと、
NHKテレビニュースは、土壌からプルトニウムが検出されたと短く報道。
明日になれば、お得意の「ただちに人体に影響の出るレベルではありません」が
連呼されることでしょう。

そしてその安全宣言を聞いて、開花宣言の出たばかりの東京では、
お花見へ繰り出す人たちもいるでしょう。街の電気が消えていれば、
月明かりに見る夜桜も美しい。

目には見えない恐怖を可視化した『ニューヨーカー』の桜など、
どこにも咲いてはいないから、日本人だけの安全神話はまだまだ続いてゆく。
安全安心を信仰する、あたかも新興宗教のように。
by ayu_cafe | 2011-03-29 07:46 | Trackback | Comments(8)

再生のはじめ方 案1

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こちらから転載させていただきます。
http://ameblo.jp/aries-misa/entry-10837602265.html





*************






このお話を聞くと、私たちは原発に頼らなくても生活出来ると言う明るい未来が見えて来ます。

゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆

アメリカの面白いデータがある。

原発のコストがどんどん上がる一方で、自然エネルギーの中では一番高くつくと言われていた太陽光発電がどんどん値段が下がってきている。

そして去年、とうとう同じになってしまい、何と現在では原子力発電よりも太陽光発電の方が安くなっていることが分かった。

だったら原発ではなく、太陽光発電や、もっと安い風力や水力を使えばいいではないか。

2009年、ヨーロッパとアメリカでは自然エネルギーが最も盛んな発電所となった。

特にヨーロッパでは新設の発電所の60パーセントが自然エネルギーである。

それは安いから。

日本では自然エネルギーなんて、高くて不安定で役に立たないとメディアでは必ず言う。

メディアは本当の事を全く紹介しない。

日本だけが自然エネルギーを認めていないのだ。

そして東京電力が東京大学に委託して調査したある面白いデータがある。

千葉県銚子市の犬吠埼の沖合いに風車を建てたらどれくらい発電するかを調べてもらったのだ。

その結果、世界最大の電力会社であり、日本の3分の1の電気を消費する東京電力の電気は、犬吠埼の沖合いに風車を並べると全部足りることが分かった。

ただし水深500メートルを超える海域にあり、経済的に利用が難しいと報告書には書いてあるが、それは従来風力発電は浅瀬に立っているからである。

ところが九州大学がこんなものを作った。



http://eco.nikkeibp.co.jp/article/special/20100712/104217/?P=1

カーボンファイバーで作ってあるので海に浮く。

海に浮かんで勝手に発電する。

仕方なく、東電も25年くらい先には何とかしようと言っているが、真面目に取り組む気が無い。それが大問題。

アイスランドは地熱発電をやっている。

地熱発電で発電し終わった後、各家庭にお湯を配っている。

それでもお湯が余るので広大な温泉も作っている。

その発電所を見に行ったら日本製だった。

世界で一番優れた地熱発電は日本が作っていた。

日本は各国に地熱発電を送っている。

そして彼らが言った。

同じ島国で同じ火山国でこれだけの技術のある日本には、さぞかし地熱発電があるんでしょうね、と。

いいえ、ほとんどない。

日本がもし真面目に地熱発電をやると、今消費している電気の30パーセントをまかなえる。

犬吠埼の沖合いだけでも33パーセント、それ以外にも風力の適地なんていくらでもある。

特に海の上はものすごく効率がいい。

日本は自然エネルギーだけでおつりがくる。

輸出もできる。そういう国になれる。

小規模水力というものもある。

4.5メートルの長さがあったら、4人家族の家一軒が自給できる。

ところがこの電気、自分で使う事は許されていない。

敷地内に水が流れていればいいのだが、敷地の外だと絶対に使ってはいけない。

なぜならば私たちは電力会社からしか電気を買う事が許されていないからだ。

それは電力会社という巨大な権力を許してきたツケとなっている。

日本にはこんな風力発電もある。

風力発電はこれまで、鳥がぶつかる、低周波騒音が出ると言った難点があった。

ところが、秋田のメカロと言う小さな会社が作ったスパイラルマグナス風車。

世界初の方式で、通常のプロペラの代りにフィンを付けたスパイラル円柱翼により風車を回す。



http://www.mecaro.jp/product.html

一般のプロペラ型風車の1/4程度の低い回転数のため、騒音レベルは、風の音と区別がつかないほど静か。

ドイツ人が考案したが、作ったのは日本人。

さらにこの風車は風速50メートルの台風の風にも耐えられる。

こんなすごいものを日本人は作っている。

神戸大学院が作ったのは高効率ジャイロ式波力発電システム。




たった9メートル×15メートルという小さな発電機を海に浮かべて回すだけで、太陽光発電の15倍の45キロワットを発電する。

波があればずっと発電する。

日本の国土は狭い。しかし、海を含めると12倍になる。

海の上の波と風を活用したら日本はエネルギーの輸出国になれる。

そして省エネ製品に替えると今の電気消費の半分までに減らせる。

それだったら畳8畳分の屋根の広さの2キロワットの太陽光発電で足りる。

これにあとバッテリーさえあれば自給できる。

原発で、こんなに高い電気を命がけで作る必要はなくなる。

送電線もいらない。

スマートグリッドがこれからどんどん伸びていく。

その時に必要な省エネ製品・自然エネルギー・IT・電気自動車・バッテリーはどれも日本が世界一である。

だから、電力会社を離れてスマートグリッドで地域ごとに電気を足らしていく仕組みにしていけばいい。

電力会社に牛耳られるのでなく、日本がこれを契機に再生していくといい。

今、私たちは電気のせいで命を脅かされるという事態になっている。

電気が必要だと思い込まされているが、私たちが本当に必要としていたのは電気だったんではない。

明るさ・ぬくもり・便利さなのだ。

それを実現させる為にここから社会を変えていきたい。

今は本当に悲惨な事態になっているが、これを糧にしてこれからは安全な社会を作っていきたい。

子供たちのためにもっといい未来を残してやりたい。

その時に必要なのは特別な人の能力ではなく、いろんな人の小さな能力を組み合わせる事。

小さな力が結集する事によって社会が変わっていく。

<まとめここまで>

いかがですか?

私たちが知らない素晴らしい発電方法が、こんなにたくさんあるのです。

私たち日本人は世界に誇れる技術を持っているのです。

原発に反対しない方がいるのは、原発が無かったら電気が作れないと電力会社と政府に洗脳させられているからです。

でも、原発が無くても日本は立派に電気が作れます。

原発の呪縛から、どうか目を覚まして下さい。

原発がどんなに危険なものかを理解して下さい。

多くの人の命と引き替えに、利権だけで成り立っている原発なんて、私たちには一番いらないものなのです。
by ayu_cafe | 2011-03-28 01:39 | Trackback | Comments(6)

「1000万倍」「非常に深刻な事態」という現実。

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夜7時のNHKのニュースで

出て来たことば。

「1000万倍」「非常に深刻な事態」。

あれほど、「安全」をわかりづらく
告知していたNHKが、

「非常に深刻な事態」と言う。

わかりやすい。


こういう言葉にも、なれていくのだろうか。

雨の降水確率を聞くように、

毎日、放射能の濃度を聞き流すようになるのだろうか。

(毎日があればいいけど)



騒ぐことではない。

騒いでなにかの解決にはならない。

「1000万倍」と「非常に深刻な事態」が現実なので

その現実を生きることしか、するべきことはない。

情報を咀嚼し続け、正気を保ち。




思うのだけれど、

災害や危機の前に感じていたこと、
それはそれで困難で、見通しのたたない日々を生きるために、
考えて、整理して、力にしていたこと、と

災害や危機の後で、
必要になることは、実は、同じだ。


落ち込みや不安は、情報と経験の不足。
情報や思考の混沌で、苦しくなったら、
あしもとの現実を生きること。
日常を実直に生き、
あしもとの花を見つめ救われ続けること。
正気を保ち、心身のこりをほぐし、
むやみに悲しまず、
感謝し続けること。
感動し続けること。





やることは、やれることは、以前と同じだ。








※こちらのサイト、冷静でわかりやすいです。
http://takedanet.com/
まるさんありがと。
by ayu_cafe | 2011-03-27 20:56 | Trackback | Comments(0)