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melencolia. *バンドをつくる 2 告白する。*

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あのひととバンドを組もうと
ひらめいてから、
そのひととは、ぼつぼつ会っていた。

がしかし、いきなり、バンド組んで
おれのつくった詞と曲うたってよ、なんて
告白より恥ずかしことを
言い出せるはずもなく、
三ヶ月くらい過ぎたある日。。


そのひとと、表参道のピザ屋さんで
食事をしていた。


そのひと、かなり落ちていて
かなりおもたい会だった。


ナポリで賞をもらったことがある
ピザ屋さんだった。
店員さんは、オーダーのたびに
大きな声で叫んだ。


ふと、話した。

あのさ、バンドやらない?
きみがうたでおれがギターで。
名前は、
メランコリアっていうんだけどさ。
わはははは。




恥ずかしさMAX。




いいよ。



と軽く言われた。




びっくりした。




詞と曲を仕上げて
デモをつくってわたさなきゃと
おもった。

ギターの練習もしなくちゃ。


しかし、このとしでまた
バンドが組めるなんて。
10年ぶりくらいかな。
ほんとに、なにが起こるかわからない。

世界中が知らない秘密のプラン。


でも、果たして曲を
気に入ってくれるだろうか。
おれのうたを聴いて笑われないだろうか。

またまた不安だらけ。


ま、ひとまず、バンドをくんだら
まずつくるものがあるな、
と思った。




店員さんが、また大きな声で
オーダーを叫んだ。





つづく。
by ayu_cafe | 2011-06-30 22:43 | Trackback | Comments(2)

*土をつくる。5* 植える。育つ。実る。つややかな天地創造と、宇宙の爆発。

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菜園の土をつくり、いよいよ、苗を植え、種をまきます。
そして、今回は、激しく、育ち、実るまで。

ブログの記事自体が、生命力におおわれるように。

つややかな天地創造と、宇宙の爆発。


※前回は、こちら




苗、種各種、トマト、きゅうり、ごうや、かぼちゃ、しそ、みょうが
しょうが、いんげんまめ、など。。
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前回つくったうねに、苗をうえるために、
丸くビニールを切り取ります。



使うのは、これ。
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これを、きりりとまわして、
最小限の穴をあけます。
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土をとりだして苗を植えます。
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またまたEM菌の水をじっくりあげます。
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あとは、その他のものをこのうねのまわりに植えます。

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天地創造の準備が整いました。




さ、ここから、天地創造どころか、
宇宙の爆発のようなことが起こります。




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植えて、育ち、実るのは、すべてこの6月の出来事。

ぼんやりと雨が多くて、憂鬱だな、と思ってしまう6月の出来事。

6月の雨や湿度は、この菜園の宇宙にとっては
たまらない滋養みたいです。


そして、いくら憂鬱だ、憂鬱だ、なんて言っていても
そんな声には耳もかさず、
この菜園の宇宙の生命は、しなやかに、
伸びてゆきます。まだまだもっと。


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by ayu_cafe | 2011-06-26 23:58 | 土をつくる。 | Trackback | Comments(2)

melencolia. *バンドをつくる1 ドキドキするアイディアは明け方でも電話をかけたくなる*

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去年、シャルロットゲンズブールのコンサートで、

メランコリックな美しい音楽を聞いていたら、

ふとアイディアが思い浮かんだ。



あのひととバンドを組もう。
※シャルロットではない


そう思ったら、なにか世界が別のもののようになった気がした。



アイディアって思いついたときが頂点で、
あとは、そのときの頂点の感じをいかに殺さないか。



誰かとバンドを組む、なんていうのは、

この世の中で、もっとも素敵な部類のアイディア。



ジョンとポールがバンドを組もうと思ったとき、
ミックとキースがバンドを組もうと思ったとき、

もう、そこですべては勝利していて、すべては完成している。




ま、そんな風にうまくいくかわからないし、

そんな恥ずかしいこと、第一、言い出せないよ。。



でもね、なにか、ドキドキする。



これは、とびきりのアイディアなのでは。



うたは、そのひとにうたってもらって、

おれは、ギターと、あと、うたか。。

むかしのバンドのギターの子に手伝ってもらってもいいな。



曲は、むかしのバンドの時の曲や、
その頃、つくって、ところどころできてない曲とか
ひっぱりだしてみようかな。思い出せるかな。


はじめは、オリジナルを聞かせるのも、恥ずかしいし、
なにこれ?って断られてもなんだし、


バンドの方向性のわかりやすい、
カバーからはじめようか。。


シーガルスクリーミングキスハーキスハーの
セブンティーンとかいいな。愛葉さんの。



ライブは、その辺のカフェとかで、ふらりとできたらいいけど。



ちなみに、そのひとのうたって聞いたことがないし、
音痴、っていってたけど、

いまどき、音痴ってめずらしいし、
「うたが上手い」ってしらけるから、
ぜんぜん問題なし。

そのひとは、自分の世界感をもってるから
うたを聞かなくても、絶対大丈夫。

大事なのは、その人の世界感。そのひとの風景。


音楽を上手くかなでるのではなくて、
写真をとったり、絵を描いたりするように
風景が描ければいい。



問題は、こわくて言い出せないこと。


でも、いいアイディアなんだけどな。



結局、ドキドキすることを考えるのが
好きなんだな。
うまくいってるデザイナーさんとの仕事のときは、
アイディア思いついたら、明け方でも電話かけたくなる。


あー、いますぐ電話かけたい。



バンド名は、メランコリアにしよう。


かー、でも、こんなの言えないよ。。






つづく。
by ayu_cafe | 2011-06-22 02:24 | Trackback | Comments(8)

*土をつくる 4* つたがつかまる場所をつくる。

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菜園の土をつくる。その4回目。


前回は、
EM菌でじっくり活性化させた肥料をうねの層に積み、
ようやっと土をかぶせました。


こんな感じ。

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もうこの何層にもなっている土の中、非常に充実した何かが
蠢いているような気がしてなりません。




このうねを少し耕し、
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このような滋養液をふたたび、
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さらにまたEM菌も。
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(帽子は、父の作業帽子。家族みんなで行った、
ブエナビスタソシアルクラブ、東京フォーラム公演で買ったもの。
あの時のオーマラ・ポルトゥオンド、凄かった。。)



じょうろの水に薄めて、土にかけます。
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このあと、うねに防虫ビニールをかけます。
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このビニールをかけたまま、苗のぶんだけ穴をあけて
そのまま野菜を育てます。
土から虫があがってこないように。

さらに、ビニールをかぶせることによって
水蒸気がたまり、水をひんぱんにやらなくてもすむそうです。

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周囲は土をかぶせるんですが、
溝をほって、そこにビニールの端を埋めて行く感じ。
この溝がまた、ちょっと職人の仕事っぽく
きれいに掘られていきます。
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そして土をかけて。。
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完成。なにか、なんでもないようだけど、
美しい。(宗教的。。)
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さ、つたをはわせる網と、網を載せるポールを
組んでいきます。

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ぐいっとかなり力を入れて、ビニールをかけたうねの深くに
ポールを埋め込みます。
(その瞬間がなかなか撮れない。)

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(野武士風。。)
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※ちなみに、わたしは、見てるだけではなく
隣で同じ作業をしています。
逐一手袋をとってカメラで記録もするという状況です。。
(しかし、この土に突き刺すときのやわらかな充実した
土の感触。。。)

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クロスさせ、真ん中に一本。
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物置のとなりのうねには、物置の壁から網をつるします。
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そのためのフックがさりげなく物置の壁につけられています。
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下には、L字型の留め具が。
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下の留め具はうねの真ん中に置き、
網がうねに斜めにかぶさるようになります。



こちらのうねは、真ん中にポールをさし、
両側にポールのついた網をほぼ直角にくくりつけ
屋根におきます。(説明不十分)
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ようするに、こういうことです。
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ちなみに、この時のポールとポールの
しばりかたも、きりりとしています。

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やはり、仕事の結び目は美しくないと。。





真ん中のうねも同様に、
屋根に、ポールのついた網を置き、
うねの上に組んだポールで受け止めます。

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完成。






ちょっとだけ、時間を早回しして、
今日の様子を一枚。


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生命は、獰猛で容赦ないです。
生きる、ということしか考えてない、ように見えます。






次回は、苗を植えます。
by ayu_cafe | 2011-06-20 01:57 | 土をつくる。 | Trackback | Comments(10)

*土をつくる 3* EM菌がすべてを分解する。

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菜園の土をつくる。その3回目。


いま(6月)の野菜の成長のスピードが
凄まじいので、急いで追いかけでアップ。


※季節のうつろひ、という言葉あるけど、
植物を近くで見ていると
ぜんぜん、情緒的なのんびりとした言葉でなくて
躍動的で、しなやかなで、潔い言葉なんだな、
と思う。



前回はこちら
(枯葉をしきつめたうねに、市民センターでもらってきた樹の粉をしいた。)




うちの親世帯の台所には、
このような容器があります。

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この中で、なにが行われているかというと、
料理のときに出たもの(いわゆる生ゴミ)を
EM菌がせっせと分解、醗酵させて、
効き目の高い肥料にしています。

(なので、ゴミと呼ぶのに抵抗がある。)



EM菌は、まず、水で千倍にうすめ

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(この水は、鉢植えなんかにもやっています。)



麹に溶け込ませます。

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麹となじませることにより、
EM菌の分解効果が高まるそうです。


これは、ほんとうにびっくりするのですが、
あらゆるものが分解されます。
かにの殻、卵の殻、魚の骨。。。


ある程度たまったら、庭のコンポストに入れ、
ここでまた分解、醗酵させ、肥料として「育て」ます。

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親世帯の台所から出るものは、これで、
100%再利用しています。
(なので、どうしてもゴミと呼びづらい)



おそらく昔は、ゴミという概念はあまりなかったのでは
と思います。
昔、山梨の祖父母と暮らしていたころは、そういえば、
かなりのものをうねにうめてた。

EM菌を入れなくても土は、かなりのものを分解し、
養分にする。

だんだん、土が分解できないビニールのようなものが
ふえはじめて、うねには入れなくなった。





EM菌が分解、醗酵を促進した養分を
うねにいれて、うねに土でふたをします。
(ようやっと)

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土をかぶせて。。

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古墳風に盛ります。
(美しい。。)

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踏み固め。。

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またまたEM菌をといた水をかけます。

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そして、なんとビニールシートを上からかけます。
(手厚い。。)

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雨で、土や、養分が流れていかないように。。



今日は、ここまで。

ちなみに、一連の土をつくる、という記事でやっている作業は、
それぞれ、かなり間があいています。

つまり時間をおいて、ねかせています。


時間をおく、というのも、豊かな土、豊かな実りのためには、
必要な作業なのかもしれません。



くわなどを洗って干しておしまい。

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そして、こういう農具のような実用を極めた道具は、
美しい。バランスや手触りも、手応えも、必然があります。

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たぶんですが、父にとっては、
台所から出たものはすてるものではなく、
肥料は、買ってくるものではなく、
野菜は買ってくるのものではないのかもしれません。

そして、時間は、短縮するものではないのかもしれません。

どうも、そういう風に習慣づいているふしがあります。




ちなみに、ご近所にお医者さんのご夫婦がいらして
気風のいい奥さんに、ここでとれたごうやを
おすそわけしたところ、
どうやってこんな(でっぷりとした)ごうやが
つくれるんですか、と聞かれたことがあったそうです。


枯葉、市民センター、EM菌、時間。。。
説明するのにも、時間がかかりそうです。。








次回は、このうねに、トマトやきゅうりのつたを這わせるための
棒や網を組みあげます。
by ayu_cafe | 2011-06-14 06:58 | 土をつくる。 | Trackback | Comments(6)

*土をつくる 2* はるか足もとで黙々と。

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菜園の土をつくる。その2回目。

2月頃まで遡ります。


一回目は、こちら
(うねを深くほって、庭の枯葉をふんだんに入れ、ふみかためました。)


それからしばらくして
市民センターに父とクルマででかけました。


これが目当て。



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これは、市の無料のサービスで、
市が管理する公園や道路の伐採した樹の枝を
大型の粉砕機で細かく粉砕し、
その木切れ(粉)を、ここに置いて、
菜園などつくってる市民に提供しているんです。





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この木切れの粉、こうして置いておくだけで
どんどん醗酵してくるんです。
なので、よくいうと、ワインみたいな匂いがして、
そして、発熱していて、あたたく、
2月の空気の中で、湯気を出していたりします。

土の養分としては、かなり効きそうなんです。



こんなサービスがあったとは。。



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この樹の粉を黙々とふくろにつめて持って帰ります。


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相当減っているので、

誰からしらが、黙々と来て、持って帰って
黙々と畑にまいているみたいです。






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道路に水があふれるとき置く袋。
こんなものが家にあったのか。。
ぎっしり入れるとけっこう重い。




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これを七袋くらい入れてクルマに積みます。
もうかなり汗かきます。







家にもってかえってきて
この前、枯葉をつめた菜園の上に
しきます。

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そして、また、根気よく踏み固めます。

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他のうねにも。

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最後に、水をまきます。

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すこしあまったので
庭のほうにも樹の粉をしきます。

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庭が毛布をかけられたみたいに
あたたかそう。












しかし、こういう作業、異常に気持ちが落ち着いて
地に足がついた感覚になり、正直、救われます。


行政、という言葉の響きは、あんまりよくは
響かない気がしますが、こんなサービスをしていて
市民の中の何人かは、それを黙々と利用し、黙々と土を耕している。


日々は、浅はかな自己主張や、無責任な批判や
矮小な悪意や、漠然とした不安の
はるか足もとで黙々と、耕され、その土は豊かに醗酵しゆく。



いま、どんよりとした6月の空の下、
この菜園に植えたトマトやきゅうりのつたは、
素晴らしいスピードで、かけあがっています。
by ayu_cafe | 2011-06-13 08:01 | 土をつくる。 | Trackback | Comments(6)

*横柄なシマリスとクスクス子ぐま*

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「いったいなんだって言うんだね」
横柄なシマリスは、腰に手をあてて
シマリスからみたら、大きな大きな子熊を
見上げてぷんぷん怒っています。


クスクス子熊は、子熊からみたら
小さな小さなシマリスが
いばって、怒っているのを見ると
かわいくてしかたなくて、
手を口にあてて、クスクス笑ってしまいます。


「だってシマリスさん、小さいんだもの」
クスクス子ぐまは、クスクス笑いながら答えます。

「けしからん、まったくけしからん」
横柄なシマリスは、機嫌を損ねて、
樫の樹の小さな家にひっこんでしまいます。



いつも横柄なシマリスが、機嫌を損ねると
クスクス子ぐまは、蜂蜜を
横柄なシマリスに差し入れます。


そうすると少し、横柄なシマリスの機嫌はなおります。


クスクス子ぐまは、毎日のように
横柄なシマリスの樫の樹の家に遊びに来ます、


横柄なシマリスは、自宅の中で
いつも横柄に食事をしています。

でも、テーブルには、クロス。
おいしそうなパンと飲み物。
栗のデザートまで用意していて
きちんとしています。

「わしのつくるパンは、もっとみんなに
ほめられるべきじゃな、このクルミと蜂蜜が
ふんだんに入ったシマリスパン、
これをつくらせたら、わしの右にでるものは
いないじゃろ」


クスクス子ぐまは、手を口にあてて
クスクス笑いながら、横柄なシマリスの
自慢話を聞いています。



ある日、横柄なシマリスのところに毎日来ていた
クスクス子ぐまが、姿を見せませんでした。

次の日も、その次の日も。


横柄なシマリスは、樫の樹の高いところに
のぼって、横柄にあたりを見回しました。
少し離れたところに、
森がぽっかりとひらけて
湖が、6月の青空を静かに映していました。


横柄なシマリスは、樫の樹の上で(けしからん)と思いました。

横柄なシマリスは、前に
クスクス子ぐまから聞いていた
湖のそばのクスクス子ぐまの家に行ってみることにしました。


帽子をかぶり、ステッキをもって、横柄に出かけました。
でも、ふだんあまり家のまわりしか出歩かない
横柄なシマリスは、不慣れな場所を歩くときは、
あまり横柄ではいられませんでした。



やがて、横柄なシマリスは、クスクス子ぐまの家を見つけ、
ドアを横柄にノックすると
クスクス子ぐまのお母さんがドアを開けました。

横柄なシマリスは、たじろいだそぶりも見せず、
できるだけ横柄に挨拶しました。

「あ、はじめまして。クスクス子ぐま君は、
ご在宅かな?」

「あら、お話は聞いていますわ。わざわざいらっしゃい」
クスクス子ぐまのお母さんは、
クスクス子ぐまから毎日話しを聞いていた横柄なシマリスと
対面して、クスクス笑うのをこらえながら答えました。

「うちの子、熱を出して寝込んでいましてね。
わざわざ来ていただいたのに、ごめんなさいね。」


横柄なシマリスは、
クスクス子ぐまのお母さんを見上げて横柄に答えました。

「ああ、なに、構いません、そういうことであれば。
ただ、ちょっと通りがかっただけのことですので。
うむ、クスクス子ぐま君に、くれぐれもお大事に、とお伝えください」


クスクス子ぐまのお母さんに見送られながら、
横柄なシマリスは、帰ってゆきました。



次の日、クスクス子ぐまのお母さんが
ドアを開けると、そこに、樫の樹の葉で包まれたものが
置いてありました。
家に入ってあけてみると、樫の樹の葉の包みには、
クルミと蜂蜜のシマリスパンが5つ入っていました。



クスクス子ぐまのお母さんは、ベッドで寝ているクスクス子ぐまに
シマリスパンを見せて、
「きっと、けしからん、まったくけしからんって
言いながら、シマリスパンをかついで来てくれたんだね」
とふたりでクスクス笑いました。


クスクス子ぐまは、

「具合がよくなったら、横柄なシマリスさんに、今度は木いちごを
差し入れよう、でも、きっと、横柄なんだろうな」

と思い、口に手をあててクスクス笑いました。







*横柄なシマリスとクスクス子ぐま*
by ayu_cafe | 2011-06-11 04:55 | ayuCafe 創作 Bar | Trackback | Comments(6)

「非現実的な夢想家として」 村上春樹さん カタルーニャ国際賞スピーチ原稿 抜粋と全文。

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抜粋





我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、
何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

理由は簡単です。「効率」です。



***************************



我々は電力会社を非難し、政府を非難します。
それは当然のことであり、必要なことです。
しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。
我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。




***************************




その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする
我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。
我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。
そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、
立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。
それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。




***************************




大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、
日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、
滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、
それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、
そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。




***************************



我々は夢を見ることを恐れてはなりません。
そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ
災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。
我々は力強い足取りで前に進んでいく
「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。
人はいつか死んで、消えていきます。
しかしhumanityは残ります。
それはいつまでも受け継がれていくものです。
我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。








全文







「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。


日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)
by ayu_cafe | 2011-06-11 03:10 | Trackback | Comments(2)

たつなみ草の青に驚く人生。

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たつなみ草は、
ムスカリではじまる
春の色合いの最後の花。

波がたつようなかたちだから。
漢字で書くと立浪草。

朝の光にあたると
繊細でなんともいえないブルーに輝く。

ほんとうの花のいろは、写真ではとらえられないし、
言葉では、もっととらえられない。

この世の中には、とらえられないものがたくさんあって、
そうすると、畏怖と好奇心が生まれる。
それは、なんて素敵なことだろうと思う。







ブログで花の写真を遅れてのせるとき、
その光の具合もふくめて
いまの季節とのアンマッチさに、
のせるのを躊躇することがよくある。

季節の花や光のうつりかわりというのは、
かなりはやい。

そしてその変化は、カラフルで鮮やかで大胆。

初春、晩春、初夏、梅雨。。

この季節だけでも、変化する花の色合いのカラーパレットを
並べてみたら、びっくりするほど、カラフルで豊かだと思う。

たぶん、ぼんやりと、あるいは、陰鬱に日々をすごしていながらも、
われわれは、思う以上に、変化する豊富な色合いの
恩恵と示唆に接しているのかもしれない。



そういえば、京都の七宝の作家、並河靖之さんの
あの繊細な作品の源は、
いつも眺めていた自宅の庭にあるらしい。

おそらく彼の目からみた庭は
無限の恩恵と示唆に富み、畏怖と好奇心をかきたてる
宇宙だったのかもしれない。


どこにフォーカスするかで世界の見え方、あり方は、変る。
たぶん、ひとのあり方も変る。

たつなみ草の青に驚く日々。

たつなみ草の青に驚く人生。
by ayu_cafe | 2011-06-09 07:19 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(2)

デザインや花は不安をすこし中和する。

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妻が母の入院用に
買ってくれたパジャマ。


デザインや花は不安をすこし中和する。


そのすこしが
かなりありがたい。
by ayu_cafe | 2011-06-08 09:40 | Trackback | Comments(2)