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melencolia. 夏の星座列車

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夏の星座列車


夏の星座 くぐって
長距離の列車がゆく

食堂車の灯りが
暗い星雲でゆらめく

きみとはどこまでゆけるの
この夢はどこでさめるの
きみとはどこまでゆけるの
この夢はどこでさめるの


白鳥座の岸辺で
貝殻を競いあう

ワンピースのポケット
音をたてる貝殻

きみはいつかいなくなるから
貝殻の音を覚える
きみはいつかいなくなるから
貝殻の音を覚える


赤い蠍 赤い火
思い残す 思いの火

最後尾のデッキで
風にあたりすこし泣く

きみとはどこまでゆけるの
この夢はどこでさめるの
きみはいつかいなくなるから
貝殻のうたを残そう
by ayu_cafe | 2011-08-31 02:27 | Trackback | Comments(2)

メルトアウト。

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山川健一さんの連続ツイートから。



泊原発の営業運転再開を道と周辺4町村だけで判断するなんて、あまりにもおかしな話ではないだろうか。福島が未だ収束しないこの状況下、地震の活動期に入った日本のこの決定に、世界は唖然としているだろう。世界の原発が福島の事故の後で止まっているというのに。

フランスのネットで「国際規模のチームで、日本の福島第一原発を収束させないと、日本のみならず、世界中が大変なことになる。政府に見捨てられた日本国民を助けるべきだ」という署名運動が一部の活動家から起きているようです。 日本での報道はゼロ。

原発についてツイートします。昨日、宮島達男氏(東北芸術工科大学副学長・現代美術家)が椿昇氏(京都造形芸術大学教授・現代美術家)を紹介して下さった。その時に「こちらが山川さん。この頃は原発のことしかツイートしてないんだよ」とおっしゃった。

確かに、この頃は原発ツイートばかりだなと自分でも思った。懲りずに今夜もまたそのことをツイートするわけだが…。

しかし、宮島さんや椿さんともその話になったのだが、福島第一原発の事故でこれだけ緊急事態を迎えているというのに、日本人はなぜ怒らないのだろう? 「日本はブヨブヨしている」と椿さんはそれを表現されていた。

最近のぼくのTwitterやブログの記事を読んで、反原発のことばかり書くなという人が少なからずいることは承知しているつもりだ。暗い気持ちになりたくないと。しかし、事態はぼくらが考えているレベルを遥かに超えている気配である。

8月16日の「日刊ゲンダイ」に米国の原発専門家であるコンサルタントアーノルド・ガンダーセン氏が「福島原発周辺40キロの住民は避難すべきだ」と緊急警告した記事が掲載されていた。

「福島原発周辺40キロの住民は避難すべきだ」(2011/8/16 日刊ゲンダイ/「日々坦々」資料ブログより)

東電も大手マスコミも政府も「福島原発事故処理は工程表の通り順調に進んでいる」「来年1月までに低温安定化できる」と楽観的な「全くのウソ情報」を意図的に流している。

多くの日本人はこれを信じていて、福島原発事故がいかに深刻な状態であるかということに気がついていない。

ぼくの今の正直な気持ちを書くが、脱原発だとか反原発だとか、本当はもはやそんな暢気なことを言ってる場合ではない。

4号機建屋が傾き突っかえ棒を入れる工事をするということだったが、完成したという話はついぞ聞かない。※

建屋が台風などで倒壊し6400本の使用済み燃料棒が地上に転がり落ち、大気と触れれば中性子と反応して核分裂が起き、決して大げさではなく日本どころか北半球全体に生物が住めなくなる可能性がある。

福島第一では、合計10421本もの使用済み燃料棒が 原発内各所プールに保管されていると言われている。

日本各地の原発が同じような状況で、本当のことを言えば原発を止めたって止めなくたって状況はほとんど変わらない。ぼくらは幸運なことにも、首の皮一枚でつながっているにすぎないのだ。

8月14日に、福島第一原発敷地内で「地割れ、水蒸気が噴出している」という情報が流れた。メルトアウトした燃料がどこまで行っているのか誰にもわからず、これが水脈に触れれば再爆発の懸念がある。

チェルノブイリではぎりぎりのところでそれを阻止したわけだが、犠牲となった多くの軍人が命を落とした。

菅首相は14日夜、民主党若手議員らと会食し「東京、神奈川から3千万人が移住するような事態も想定して決断しないといけない。だから『脱原発』なんだ」と述べたそうだ。おそらく「地割れ、水蒸気が噴出」という状況を前提にしての発言だろう。

そうなった場合、首都圏の3千万人の他に、東北1000万人。北関東700万人。北新潟100万人、合計4800万人もが移住しなければならなくなる──という人もいる。年内にそういう事態を迎えたとしても、決して不思議ではない。

都内の大気汚染、土壌汚染も急速に進んでおり、本当は目黒区や世田谷区だって子供が暮らしていていい場所ではない。計画的避難地域に指定されていない福島市、本宮市、郡山市はじつは壊滅的な状況で人々は即刻脱出しなければならないレベルだ。

三陸沖から静岡の辺りまで、太平洋側では海水浴は絶対にNGです。日本海側の魚からも複数の核種が検出され、汚染された瓦礫や腐葉土や牛肉が意図的に全国に流通している。がれき処理法案が可決した。

東日本の汚染は深刻で、命綱は西の食料しかないというのに、これは放射能と発癌の因果関係を意図的に隠蔽する立法だとしか思えない。

反原発? 脱原発? もう手遅れかもしれない。日本列島の汚染状況は既にチェルノブイリを超えている。東北を復興しなければならない。しかし三陸沖で獲れた魚を誰が買うというのか。漁業も農業もアウト。それで復興なんて何十年かかるのだろう。

しかし、暗い顔ばかりしていても周囲の人達に申し訳ないので「原発を止めよう!」とぼくはむしろ空元気を出しているのだ。

さらに言うなら、せめてそういう声を上げないと、満腔の怒りを始末できない。福島原発3号機が轟音と火柱をあげて爆発し、煙が空高く上がったのに、東電や安全保安院はそれを「もやが上がっている」と表現した。

そして映像上爆発事故をできるだけ小さく見せようとした。基準値の3355倍のヨウ素が検出されても「直ちに健康に影響がない」と枝野官房長官は繰り返した。

ノースカロライナ大学の免疫学者、スティーブ・ウィング助教授の試算は、恐ろしいものだ。

「今後10年でがんを発症する人は100万人単位になる。最初の5年で甲状腺がんや甲状腺異常が顕著になる。次に50キロ以内の地域で肺がんの発症率が今よりも20%上昇するだろう。そして10年で骨腫瘍や白血病、肝臓がんも増えてくると思われる」(日刊ゲンダイ)

5年後に周辺住民から甲状腺がんや甲状腺異常や白血病、肝臓がんなど100万人単位のがん患者が発生しても、福島原発事故の責任者達である原子力村の住人達は既に安全圏に逃げ込んでいるだろう。

東電の幹部、新聞社やテレビ局の幹部、経産省と文科省の官僚は高額な退職金と年金を手にしているにちがいない。政治家だって何の責任追及もされないのである。

こんなことを許してはいけない。

プルトニウムの半減期は2万4000年です。縄文時代だって1万年、キリストが生まれてからならわずか2000年ちょっと。一方すべての原発を止めたって10万年は使用済み燃料棒を管理しなければならない。これを狂気の沙汰と言わずして、何と表現すればいいのか?

福島原発の原子炉4基からは今でも放射性物質が放出されている。テレビや新聞が報道しなくなった今も、放射性物質の飛散は終わっていないのだ。

炉心はメルトダウンを通り越してメルトアウト──格納容器の底から建屋の下にまで落ちている。建屋の下の土壌と地下水が汚染されているだろう。

この場合、冷温停止が困難を極めることは、多くの専門家の一致した意見である。燃料に水を行き渡らせ効率的に冷やすことが困難だからである。

東電や経産省や日本政府は「炉心を取り出すまでに10年はかかる」と言っているが、嘘をつくな。炉心を取り出す技術などないではないか。

ようするに、重要な事実は、東京電力福島第一原発は今の技術では廃炉にできないのだ。それが世界が正視しなければならない現実なのではないか。

福一は、撤去の前提となる原子炉の安定すらできずにいる。にもかかわらず、東電や政府関係者は根拠のない発言を続けているのだ。

東電と経産省と政府は事故以来、事故の規模がいかに小さく順調に収束に向かっているかと説明することに腐心してきた。最初はメルトダウン(炉心溶融)という言葉さえ使わせなかった。

実際にはそれより深刻なメルトスルー(溶融貫通)が起きていたことさえ、3カ月後にやっと認めたのである。

核燃料と放射性物質を取り除き、原発を解体撤去する「廃炉」には、事故とは無関係の普通の原子炉でも30年程度の時間がかかると言われている。

原子力委員会は福島の廃炉に要する時間を「数十年」と見積もっているが、誰が考えたってこんなの無理なスケジュールである。100年以上かかるのではないか?

今なお非常事態であり、緊急事態である。日本の危機であることを超えて、世界が今夜も危機に直面しつづけている。こうしている今、4号機建屋が倒壊したら、それで世界はお終いなのである。

そんな今、民主党は代表選がどうのこうのとか、間抜けなことにうつつを抜かしている。原発推進の戦犯である自民党も、もう一度甘い蜜が吸えるのではないかと手ぐすね引いている。経産省出身の高橋はるみ知事は泊原発の営業運転再開を認めてしまった。

こんな重大な問題を、道と周辺4町村だけで判断するなんて、あってはならないことではないのか。地震の活動期に入った日本のこの決定に、世界は唖然としている。福島の事故の後で世界の原発が止まっているのである。

もういい加減にしてくれ。日本列島がこれだけ汚染され、世界の危機を作り出してしまったのはわれわれなのだ。その責任を取る気さえないというのだろうか。

ぼくらは、幸運なことに今もなお首の皮一枚でつながっている。その幸福を噛み締めてみるべきだ。そして、これが最後のチャンスだと思って、大連立なんて下らない内閣ではなく、さっさと非常事態宣言を出し危機管理内閣を組閣すべきである。

この危機管理内閣は、小出裕章助教や児玉龍彦教授の力を借りるべきだ。

京都大学原子炉実験所の小出裕章助教は、チェルノブイリ原発の石棺のように巨大な構造物で建屋を覆った上、作業員の被曝を避け、放射性物質が外に漏れ出さないよう監視しながらの作業が必要だとし
「いま生きている日本人は誰一人、その終わりを見ることはないのではないか」と言っている。http://t.co/6tQJhUk 

ぼくらは今後何世代にもわたり、福島第一が出しつづける放射能に冒されつづけ。福一には、普通の意味における「廃炉」という概念は当てはめられない。ドロドロに溶けた燃料が流れ出し、それをどうやって「取り出す」のか、誰にも分からないのだ。

この絶望的な状況をどう生きていけばいいのか──。絶望的な列島の中で自らの生命と引き換えに出来る価値はあるのだろうか。

反原発の話は暗いだろうか? まさか。むしろこういう状況下で「原発を止めよう」なんて言うのは、あまりにもノーテンキなのだろうと思う。止めようが止めまいが、深刻な危機は音もなく進行しているのだから。

ストーンズの「ミス・ユー」という曲に、こんな歌詞がある。「俺は時々自分に言ってみることがある。『どうしたんだよ、ボーイ』ってさ」

今のぼくも同じ気分だ。必死の思いで元気を出して、時々自分自身に言ってみるのだ。「原発を止めようぜ!」ってね。

原発を止めよう。日本列島からすべての原発をなくそう。そこにしか、希望はない。

深夜の連続ツイートをお読みいただき、ありがとうございました。ぼくはただの小説家であり、ジャーナリストではないので、特別な情報源があるわけではありません。

ただ、ジグソーパズルのピースのいくつかを拾い上げて眺めていると、見えてくる全体像というものがあります。今夜はそれをツイートしました。個別にお礼が言えませんが、感想やメッセージやリツイートに感謝します。では、また明日。おやすみなさい。

@Yamakawakenichi 山川健一
by ayu_cafe | 2011-08-31 02:21 | Trackback | Comments(2)

melencolia. 八月の鯨

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八月の鯨


八月の鯨眺める
あの夏の家ですごそう
ひなげしそよぐ断崖の上
海原はるか蒼いうねり

肌寒い日は窓をしめ
あたたかいクロスでお茶を
いつかの静かな午後のよう
まるまる猫のまどろむ夢


この日々が終わったら
この日々が終わったら
あの夏の家へ行こう




八月の鯨来ているよ
ある朝君に教えられ
ひなげしそよぐ断崖の上
みんなにもはやく教えよう

明け方の空にいくつもの
光の階段のびてゆき
八月の鯨がのぼってゆく
数えきれない数の鯨が


だからもう悲しくない
だからもう悲しくない
あの夏の家へ行こう













**************************



限られた数の言葉を組み合わせるだけで、
好きな場所に、家を建てられたり、
ヒナゲシを咲かせたり、
海がうねったり、くじらが空にのぼったりする。

道具がなくても、
お金がなくても、
どんな状況でも、
言葉があれば、どこへでも行ける。
うまくいけば、
天国だって用意できる。
by ayu_cafe | 2011-08-30 06:04 | Trackback | Comments(0)

*土をつくる。6* 夏は緑色の命に追いかけられる。

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夏、ゴーヤの屋根ができる。
緑色の屋根、緑色の生命。

晴れた日に、下からみると、いつも、セザンヌの絵みたい、
と思う。



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夏は、ゴーヤ、きゅうり、トマト、なすなど
毎日、どんどん実るので、どんどん食べる。
そのままにしておくと大きくなりすぎてしまうので、
毎朝、収穫する。

夏は、緑色の命に追いかけられる。

どんなにつらくても。
by ayu_cafe | 2011-08-29 07:38 | 土をつくる。 | Trackback | Comments(2)

簾、夕暮れ、百日草。蝉時雨の中を妻と蕎麦屋飲み。

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ある夏の休日。
夕暮れ。
妻と近くの蕎麦屋へ。


庭の簾の前の百日草に見送られ、
夏の蝉時雨の中を、自転車で。



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蕎麦屋にも簾。



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むかしの蕎麦屋は、
できあがるまで、40分くらいかかったとのこと。

それまで、のんびり、お酒を飲みながら、
お刺身などをつまんでいたそうで。。

杉浦日向子さんは、

「ソバ屋でたしなむ酒の味。こんな時間がもてるということ、
これぞ、いままで、生きてきた甲斐があるというもの。
ソバ屋で憩うのは、いかがですか。」

とおっしゃっている。


なので、蕎麦屋飲み。



なので、お蕎麦を頼むのは、一番最後。
まずは、お酒とおつまみを。

地のもの、生しらす。
厚焼き卵とみょうが。
なすのつけもの。

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そして、季節のもの。
鮎の塩焼き。(ここの蕎麦屋、これがあるのでつい来てしまう。)

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江戸の蕎麦屋に想いを馳せる。

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杉浦さんの言葉。


「江戸の蕎麦屋というのは、食事をするところ
というより、大人の男のとまり木のような
ところだったんです。」

「でも、蕎麦屋でデートしちゃけません。
蕎麦屋はひとりでいくところ。
あるいはできあがった仲、夫婦、公然の間柄、友人。
定まった人間関係の場所だと思うな。」

「腹を満たすのではない、時を満たすのです。」






〆に、お蕎麦。

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帰りも、蝉時雨の中を、
自転車こいで帰える。
酔っぱらいながら。



夏が終わってしまうと、
夏の蕎麦屋飲みができなくなる。



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by ayu_cafe | 2011-08-29 06:49 | Trackback | Comments(4)

フレデリック・パックさん

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フレデリック・パックさんの映画を神保町で観た。

かかっていたのは、
「トゥ・リアン」「大いなる河の流れ」「クラック!」
そして、「木を植えた男」。

お客さんは、7、8人。


どれもよかったけど、
最後にかかった「クラック!」が
すごくよかった。


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宮崎駿さんが本の中で、はじめて「クラック!」を
観たときのことを書いている。


「高畑さんと仕事でアメリカにいたときに、
何かとの併映で見たんです。
ショックを受けまして、映画を見た帰り道、
トボトボ歩きながら、高畑さんと
“俺たちってダメだね”
と言ったのを覚えてます。」



※このエピソード、すごく好き。
ふたりが、真摯に前向きに自分のことにとりくんでる
感じがすごくする。




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フレデリック・パックさんは、絵もすばらしいけど、
やはりアニメーションがすばらしかった。
「木を植えた男」でプロヴンスのブナの生い茂る中を進むシーン、
ほんとうに、木漏れ日の中をくぐりぬけながら、
歩いているみたいだった。

もしくは、
樹々の中を歩いた記憶を、もう一度見ている、ようだった。


これってアニメーションしかできないのでは。




高畑さんは、フレデリック・パックさんのことをこんな風に書いている。


「スケッチのように捉える、描きたいものしか描かない、
人物が配置され、行動すれば、
そのまわりに空間が立ち現れる、などなど。

私はフレデリック・パックさんを、我が師、とあがめている。」



“人物が行動すれば、そのまわりに空間が立ち現れる”


これは、初期のルノアールみたいだし、
まるで、夢の中の映像みたい。


彼について書かれた本の中には、
既視感、と書かれていた。



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パックさんは、アルザスで生まれ、世界大戦中、フランスを流転し、
文通相手の女性に会いに、カナダに渡る。
すぐに彼女と結婚して、イラストレーターから、アニメーターへ。
植樹も続け、それは、やがて大きな森に。

「木を植えた男」をつくろうとしたときは、
誰にも見向きされなかったので、
ひとりで一枚一枚絵を描いていった。

「木を植えた男」は、49カ国で公開。
アカデミー賞短篇アニメーション部門受賞。
この原作は、架空の話しだったが、この映画を観た
世界中のひとが、木を植えはじめた。


今85歳。
朝、六時半に起きて、愛犬のマリと散歩するのが日課。


東京都現代美術館で今、展覧会もひらかれている。




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by ayu_cafe | 2011-08-28 06:05 | Trackback | Comments(4)

杉浦日向子さんの言葉

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自分のハダカを疎ましく想うのは、
自宅の小さなお風呂に、ひとりで浸かって、
腹をつまんだり、鏡と睨めっこするからだ。
銭湯行きなさい、銭湯。理想的なハダカなんか、
ひとつもない。みんなでこぼこで、おもしろい。

*******************

赤ちゃんもおばあちゃんも、
きょう一日は一度きり。
そえぞれが、それなりのカタチで生きるのが、個性だ。

*******************

江戸では、マイナス要因だと思われていたことを
カッコよく見せてしまう人が一番粋なんです。
あの人の禿げはカッコいい、と言わせればすごく
粋なわけです。マイナスであればあるほどいいんですね。
背が高くて美男子は、かえって野暮天になってしまう。

*******************

現代に笑いが少ないのは、失敗してはいけないんだ
ということを子どもの時から教えられていることが
原因なんじゃないでしょうか。失敗して
当たり前なんだというふうに育っていかないと
笑えないですよ。

*******************

腹を満たすのではない、時を満たすのである。

*******************

予定を立てない。その日その日のハプニングを
楽しむゆとりを持つ。

*******************

何かわからないときとか、わからないっていう
状態そのものとかが、けっこう自分の中では、
いちばん豊かな状態だったりするんですよね。

*******************

遊びって、自分の人生なり、命なりを、
時間なりスリルなりと取り引きして
やるものですよ。
そういう意味では現代人は遊んでない
ということでしょう。

*******************

江戸を通じて言われていたことに、
「思うことかなわねばこそ浮世とは」
というのがあります。
思うことがかなわないから浮世なんだ。
かなわないからおもしろい。
かなってしまったら楽しみがなくなって
しまうというんですね。

*******************

江戸っ子の基本は三無い。
持たない、出世しない、悩まない。

*******************

本来の粋というのは、自分の中で熟成され、
個人個人で基準が違うものなので、
粋のマニュアルはないんです。

*******************

私たちは真・善・美だけを正しいものとして、
そっちだけを抽出したいと思い続けてきたのが、
そもそも違っちゃったような気がします。
偽・悪・醜を取り戻さないといかんですね。

*******************

主張があるのは、たいてい野暮です。
近代以降は誰しも主張していかないと、
アイデンティティーをちゃんと持っていないと
ダメみたいな、強迫観念がありますが、
江戸では敢えて主張しないものに
価値を見いだすところがあります。

*******************

江戸っ子の好みはカラッとした快活なユーモア。
相手をバカにしたり、皮肉ったり、
自分を卑下するような笑いは下品とされ、
嫌われます。

*******************

上等な笑いとは、スコーンと突き抜けた、
茶の笑い。お茶目、茶化す、茶々を入れる
などの「茶」です。緊張をふっと抜く
笑いが人づき合いを円満にしました。

*******************

江戸の遊びは、無駄を楽しみ、常に感性を
磨き競い合うこと。不必要と思われるところに
機智を駆使することで遊びが文化に高まるのです。

*******************

「残るものにはお金をかけず、
消えてしまうものにはお金をかける」のが、
江戸っ子の心意気ですね。

*******************

江戸のすごろくは、一生上がれない場合もある。
右往左往するのが江戸のすごろくだったわけです。
それが人生のような気がします。
ステージが上がっていくのではなくて、
右往左往していろいろ見聞を広めれば、
それで人生のもとは取ったという意味ですね。

*******************

江戸では、頑張るは我を張る、無理を通す
という否定的な意味合いで、粋じゃなかった。
持って生まれた資質を見極め、浮き沈みしながらも、
日々を積み重ねていくことが
人生と思っていたようです。

*******************

「いつまでも若々しく健康で、より良い人生を
長く生きよう」という思想は、少なくとも、
放蕩の人、風流に人にはなかった筈です。
「年相応に老け衰えつつ、それなりの人生を
死ぬまで生きる」という当たり前のことが、
遠くなりました。

*******************

江戸人は、この、無名の人々の群れです。
このような人生を語らず、自我を求めず、
出世を望まない暮らし振り、いま、
生きているから、とりあえず死ぬまで生きるのだ、
という心意気に強く共鳴します。

*******************

何の為に生きるのかとか、どこから来て
どこへ行くのかなどという果てしのない問いは、
ごはんをまずくさせます。

*******************

江戸の人々は「人間一生、物見遊山」と思っています。
生まれてきたのは、この世をあちこち寄り道しながら
見物するためだと考えているのです。

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江戸のころには「闘病」ということばは
ありませんでした。かわりに「平癒(へいゆ)」
といいました。病とは、外からやって来るもの
ばかりでなく、もともと体に同居していた、
ちいさな身内だったのかもしれません。

*******************

物事の両面を受け止めて、
どちらもおもしろいんじゃないかと肯定する。

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自分が没落しようが、乞食になろうが、
それも自分で請け負って楽しむというぐらいの
気概がないと。「社会が悪いから失業した」じゃ、
江戸はやれないですよ。

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便利は不健康だ。不便を、克服してゆく過程で、
ひとは、ちからをたくわえていく。

*******************

わたしたちはつねに右肩上がりでないといけない
という幻想にさいなまれている。でも本来は
去年と同じ年収で暮らせる社会のほうが
幸せなんです。

*******************

悟りというものは達するものではなくて
瞬間であって、悟った瞬間、また俗にまみれて
いくんですよ。その人が尊いか尊くないかというのは、
生涯のうちに何回その悟りの瞬間を得られるか。
その機会をたくさん持っているひとが
偉いんだと思うんです。

*******************

江戸の通人のいちばんいい死に方っていうのは、
家財を全部遊びに放蕩しつくして、野垂れ死ぬ
っていうことなんですね。命からどれだけ
すべてのものを出しつくして
死のラインまでいきつくか。

*******************

泣いても一生 笑うても一生 
ならば今生泣くまいぞ。

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ともあれ、強いてでも気持ちを明るい
方向へ向かせましょう。楽しいことばかり
考えていると、じきに楽しいことが
訪れるといいます。

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江戸の戯作の面白いのは、そのまんまを
書かずに読む人のイマジネーションを刺激することに
一生懸命になること。どれだけのキーワードで
どれだけのイマジネーションが広がるかが勝負である。

*******************

江戸の遊びは、いつだって、喜怒哀楽の
場数を踏んだ、大人たちが主役です。

*******************

最近、ほっと安らいだのは、いつ、
どこでですか。会社と家庭以外で、
自分の時間を実感したのは、いつ、
どこでですか。頑張らない、背伸びをしない、
等身大の自分に還れたのは、いつ、どこでですか。
そんな居場所を、日常の中に持っていますか。

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現代の人というのは、自己主張をちゃんとしたい、
何とか自分を知らせたいということに、
ほとんどの労力を使っている。

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今の大人は、真面目に命を削って
遊ぶことを知らない。

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非日常的な無駄な時間を重ねて、
その時間分、日常から遠ざかるのが旅だろう。
遠ざかる時間そのものが、旅ではないか。

*******************

二百年前、世界最大の都市人だった江戸っ子の
ライフスタイルは、その日暮らし。

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江戸の寺子屋の教育の基本は、ただひとつ
「禮(れい)」でした。禮を尽くす人になれと教え
育てたのです。禮とは豊かさを示すと書きます。
豊かさとは心の豊かさで、自分自身の心が
満ち足りていなければ、他者をうやまったり、
許したりできないということです。

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by ayu_cafe | 2011-08-24 09:43 | Trackback | Comments(2)

「ここだけは誰にも触らせない。」





こちらから。
http://abemasato.com/memo/ghibli/onyourmark/




宮崎駿が描いた原発メルトダウン後の世界 - On Your Mark

「チェルノブイリの住人は被曝していると言われても、他に知っている土地はないし、その場で暮らし続けて、この芋は汚染されてるんだよって、笑いながらそれを食べるという生活をしていた。あれが我々の未来図」
これは、ずいぶん前に、宮崎駿が言っていたこと。
現在の日本と近いんじゃないでしょうか。
原発事故による、避難区域の総面積は、約3000平方kmだそうです。神奈川よりも広い空間が、この先20年から30年住めなくなることは確実で、日本の国土の1%近くが失われたことになります。




on your mark

宮崎駿といえば、風の谷のナウシカで環境汚染について問題提起してきましたが、もうひとつ、汚染された地球を舞台にした作品が、チャゲ&飛鳥のPVとして作られた「On Your Mark」です。
この作品について、15年ほど前のインタビュー記事があるのですが、いま読むと、まるで現在の状況が来ることを想定して言っているようです。
悲観的な人の予想が当たってしまうなんて、皮肉なことです。

歌詞をわざと曲解して作りました。

――「警官」と「天使」なんて、まるで押井守さんの作品のようですね。

宮崎:
押井さんが天使が生まれるの、生まれないのとか、もったいぶってやっているから、さっさと出しちゃった(笑)。
といっても、天使だとは言っていないし、鳥の人かもしれない。それはどうでもいいんです。

――6分40秒の中に、映画1本分の内容が詰っていると感じました。

宮崎:
暗号のようなものは、いっぱい入れてあるけれども。音楽映画だから、見た人の感じたように受け取ってもらってかまわないんです。

――冒頭の、のどかな田園風景の中に建つ奇怪な建物は何ですか。

宮崎:
どう解釈してもらってもかまいませんが。その直後に出てくる放射能注意のマークのついたトラックを見て、何となくわかってもらえればいいと思うんです。地上には放射能があふれていて、もう人間が住めなくなっている。でも緑はあふれていて、ちょうどチェルノブイリの周囲がそうだったようにね。自然のサンクチュアリ(聖地)と、化している。で、人間は地下に都市を作って住んでいる。実際はそんな風には住めなくて、地上で病気になりながら住むことになると思いますが。

――このアニメは「On Your Mark」の音楽映画作品として作られていますね。

宮崎:
「位置について」という意味のタイトルだけれど、その内容をわざと曲解して作っています。いわゆる世紀末の後の話。放射能があふれ、病気が蔓延した世界。実際、そういう時代が来るんじゃないかと、僕は思っていますが。そこで生きるとはどう言うことかを考えながら、作りました。
きっとそういう時代は、ものすごくアナーキーになっていく一方で、体制批判というようなことについて、ものすごく保守化しているんじゃないか。それはまだ失うものがあると思っているから。何にもなくなると、ただのアナーキーになっていって、のたれ死にが始まるんです。そういうものを紛らわしてくれるのは、「ドラッグ」や「プロスポーツ」や「宗教」でしょう? それが蔓延していく。そういう時代に、言いたいことを体制から隠すために、隠語にして表現した曲と考えてみた。ちょっと悪意に満ちた映画なんです(笑)。

――例えば「いつも走り出せば、流行の風邪にやられた」という歌詞の、「流行の風邪」というのは、放射能や病気に覆われた世界のことでしょうか?

宮崎:
(肯定も否定もせず)地球全体の歴史から見れば、人間の問題なんて流行の風邪みたいなものですからね。

――……二人の警官が救い出す天使は、混沌とした世界の一筋の希望のようにも見えます。「僕らがそれでも止めないのは……」という歌詞の通り、天使を救出するシーンが何度も繰り返されていますが。何度かの失敗の後、混沌とした世界から、一筋の救いのように彼女は青空に飛び立つ。でも、警官たちは地上に取り残されて……。

宮崎:
彼女が救世主だったり、救出を通して彼女と心の交流があったというわけではないんです。ただ、状況に全面降伏しないで、自分の希望、ここだけは誰にも触らせないぞというものを持っているとしたら、それを手放さなければならないのなら、誰の手にも届かないところに放してしまおうという。そういうことですよ。放した瞬間に、心の交流がちらっとあったかもしれないけれども。それでいい、それだけでいいんです。……きっとまた彼らは警官の仕事に戻るんです。戻れるかどうか知らないけれど(笑)。

――戻る世界は、また「流行の風邪」の世界。

宮崎:
結局、いつもそこから始まるしかない。メチャクチャな時代にも、いいことや、ドキドキすることはちゃんとある。ナウシカの「我々は血を吐きながら、繰り返し繰り返し、その朝を越えて飛ぶ鳥だ」です。





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ここだけは誰にも触らせない

メチャクチャな時代にも、いいことや、ドキドキすることはちゃんとある。

「我々は血を吐きながら、繰り返し繰り返し、その朝を越えて飛ぶ鳥だ」
by ayu_cafe | 2011-08-23 05:30 | Trackback | Comments(2)

夏の朝の散歩。佐島マリーナ、音羽の森。

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もともと朝方で、ねこにも起こされるので
早く起きてしまう。

母も早く起きて、庭を手入れする。

妻は朝方ではないので、
たまに、母と「散歩」にでかける。
(母は、まだ松葉杖で、あまり出歩いていないこともあり。)



先日、夏の早朝、六時半くらい。
久しぶりにくっきり晴れた真夏の空。
風が乾いていて気持ちがいい。

クルマで、江ノ島を越えて、
七里ケ浜、由比ケ浜、逗子海岸、葉山町、
葉山の御用邸、秋谷、佐島マリーナまで。
朝だと、すいすい。


いつものコースなんだけど、
時間、気温、湿度、天候、季節によって
光とか海の色とか、丘の緑とかいつもちがう。


それにしてもこのコースは、
ずっと大きな湾を走るのではなくて、
いくつかの小さな湾を通り、岬をこえて、
また次の夏の朝日に輝く湾があわられるので
ほんとうにあきない。
舞台効果がある。




佐島マリーナから見る佐島の港が
とにかく好き。
マルタに行ったことのある母が、
ちょっと似てる、と言う。


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こちらは、マリーナ。
(日本では、ここがさきがけだったみたい。)

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妻も里帰りしていないので、
佐島マリーナで、朝ごはんでも、
と入ってみたら、本日満席とのこと。(宿泊客で)



なので、じゃ、音羽の森に行こうか、というに。



到着。


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朝の7時半くらいだったので、
テラスのカフェは、開いてなくて、レストランなら、
というので、いいですよ、と入ってみる。

どこかで、この時期の音羽の森から見る海は
きれい、と書いてあったけど、ほんとうだった。




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これは、なかなか素晴らしい朝食だった。
この時期、この時間の海の色ともあいまって。

妻の誕生日には、いつも夜、食事にでかけてたけど、
朝、この朝食とこの海の景色を、っていうのもいいな、
と思う。
でも、先方、朝方じゃないしなあ。。
昼でもいいか。。





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これで家に帰って、9時すぎくらい。
夏の休日、これからのんびりなにをしようか。




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by ayu_cafe | 2011-08-18 06:19 | 海辺の生活 | Trackback | Comments(6)

「ジーナのレストラン」で加藤登紀子さんを聞く。

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登紀子さんのツイッターで、このライブの告知をしていた。


◆お知らせ◆明日8月12日(金)逗子の音霊OTODAMA SEA STUDIOに出演!
「ジーナのレストラン」と題してLIVEをします!!
演出も乞うご期待♪ぜひぜひお越し下さい!


びっくりした。

家の近くの海辺にジーナのレストランが開店するなら、
行かないわけには行かない。



(実際のライブも、紅の豚のジーナの歌うあの
シーンの続きみたいだった。)





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夏休みで海沿いの134号線が混んでいるかもしれないけど、
ジーナのレストランに行くなら、
アルファでいかなきゃ、とおもい、シートをはずす。

聞いていくCDは、「紅の豚」のサントラと
登紀子さんの「シャントゥーズ」。


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完璧だ。。





海岸に出てみると、いがいに空いていて
するすると逗子海岸まで15分くらいで着いた。


するすると逗子海岸の公営駐車場に
アルファロメオスパイダーを入れる。

ホテルアドリアーノに、ポルコが
サボイアを、するすると停泊させるときの気分で。
(↑自分内演出)


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ポルコロッソの飛行艇サボイアS-21には、
フィアットのフォルゴーレという
イタリア製エンジンが積まれているんだけど、

わたしのアルファロメオスパイダーにも
フィアット傘下、純アルファロメオ製の
V6エンジンが積まれている。

このモデルを最後に、フィアット/アルファロメオは、
アメリカのGMと提携したので、
このエンジンが、純イタリア製最後のエンジン。

いつもエンジンをかけるたび、
キュルキュル、ドルルン、ドドドドド
という音を聞くたび、その音の素晴らしさに勇気が出る。
ベルニーニの彫刻や、アマルフィのモッツァレラを思い出す。



68番に停めました。

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ライブがはじまる。


聞きたい、と思っていた登紀子さんの
うたを、ものすごい至近距離ではじめて聞く。


声の、すごい硬質なアタック感、と声量、
でも、響きがつやっぽい。
良質なフォルクローレ。
どっしりとした大地とひろがる海。

アマリアロドリゲス、マリアタナセ、
エディットピアフ、エレスレジーナ、
みんな、生で聞けなかったけど、
加藤登紀子を聞けた。






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登紀子さんは、終戦の前々年、当時の日本の
戦略拠点 旧帝政ロシアの都市ハルビンで生まれた。

そこは革命を逃れてきたロシア人たちが多かった。

敗戦後、加藤さん一家は、日本軍が用意した
収容所にしばらくいて、その後、日本に引き揚げる。
貨物列車に乗せられて。



登紀子さんは1968年にソ連に40日間演奏旅行に行っている。
これは、冷戦下の当時かなりすごいこと。
ナホトカ、ハバロスク、モスクワ、
そしてバルト三国へ。

「そこでうたったのは、シャンソン、ロシア民謡。。
ロシアという風土や文化は私の第二の故郷だから、
体がロシアの空気を知っているという感じ。」
(登紀子さんの著書から)


この旅行の時期にかの地である実話にもとづいて
作られたうたがある。

グルジアの画家、ニコ・ピロスマニは、
フランス人女優マルガリータに恋をして、
彼女が泊まっていたホテルの目の前の広場を
花で埋め尽くした。

貧しい画家が、すべてをなげうって用意した花は、
歌になり、その曲は、のちに、グルジア、ラトビアの独立と
ロシア民主化のシンボルになった。




『ある朝彼女は真っ赤なバラの海をみて
どこかのお金持ちがふざけたのだと思った
小さな家とキャンバス すべてを売ってバラの花
買った貧しい絵描きは 窓の下で彼女を見ていた
百万本のバラの花をあなたはあなたは見てる
窓から窓からみえる広場は 真っ赤なバラの海』





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「百万本の赤いバラ」が一曲目。
(前段が長かった。。)




そして、2曲目。
あのイントロ。


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さくらんぼの実る頃。


歌い出し数フレーズで、ものすごい鳥肌がたった。

これを生で聞くためにいままで生きてきたかも、
と思うほど。




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一瞬でそこがホテルアドリーノのバーになり、

友人が撮った写真で見た
紅の豚の舞台になっているクロアチアの海が青青とひろがった。


そして、パリのレジスタンスの意志と喧騒と疲労も感じた。




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「私が中学のころ、父が新宿でハルピンから日本に帰ってきた
亡命ロシア人のために作ったのがスンガリー。
ハルピンに流れる大河松花江(スンガリー河)の名をいただいた
ロシア料理のレストラン。
だから私の少女時代は、スンガリーのロシア人たちの
喧騒とともにあった。


スンガリーに来るロシア人たちは、例外なく
大酒飲みで大騒ぎ、酔うと大いに踊るの三拍子で、
毎晩がお祭り騒ぎのようだった。
わたしにとってロシア民謡は記憶にないハルピンであり、
父がうたう歌であり、スンガリーで親しんだロシア人たちの
故郷だった。」



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映画「紅の豚」でかかる「さくらんぼの実る頃」は、
このスンガリーでライブレコーディングされた。

あのソ連崩壊の当時、東欧を舞台にした映画を
宮崎駿がつくり、
パリコミューン(フランス革命時の革命的自治団体)の歌「さくらんぼの実る頃」を
主題歌にして、それを加藤登紀子が育った場所で歌う。

その歌を目の前で聞く。

ひとつもうすっぺらくない。
なんて深淵で豊かで贅沢なんだろう。





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登紀子さん、ドレスアップしてる。


あの声で「スタッフがね、“ジーナのレストラン”という
コンセプトでやりましょう、っていうからね、
こんな感じで。。」


ステージには、アドリアーノで歌うジーナや、
ポルコ、マンマユート、なんかの大きな
パネルが置かれている。


「これね、スタッフが、宮崎さんとこに
頼んで、借りてきてくれたの」



“宮崎さんとこ”って言えるひと、
あんまりいない。




「ジーナはね、ほんとうにわたしそのもので、
あとは顔をとりかえればいいくらいで。。笑
やりやすくて、ほとんど、セリフも
スルー(リテイクなし)だったの。

最後のシーンで、決闘のあと、
ジーナがきて、みんなに言うセリフ
「さあ、もう終わったのよ」
っていうセリフの言い方を、
宮崎さんが、気に入ってね、
すみません、もういちど、言ってもらえますか、
「もう終わったのよ」
「いいですね〜、そうなんです、もう終わったんです
すみません、もう一度。。」



でもね、

“飛ばない豚は、ただの豚だ”ってポルコのセリフのあと、
ジーナが“バカッ”っていうじゃない、
あれは宮崎さんに、36回やりなおしさせられた。


わたし、やんちゃな男に、きつく怒れなくてね、
でも、怒ってください、強く、
って宮崎さんに言われて
“バカッ”って何度も。」




この貴重な紅の豚秘話のMCで、
何度か発せられた
生“バカッ”が、なんというかもの凄く色っぽかった。

ああ、貴重なものを聞いた。。




「あとで、わたし、バカッって書いた書を
宮崎さんに送ったの。
そしたら、宮崎さん、その書を、
ジブリの玄関に飾ってね、
『ぼくは毎日、加藤登紀子さんに
怒られているんです』って言ってたんだって。」



こんな色っぽいくて、親密な“バカッ”を
いただいたら、そりゃ、飾るだろう。





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「紅の豚」の企画趣旨で、宮崎さんは、
こんな風に書いている。

「ポルコ、フィオ、ドン・クッチ、ピッコロ、司令官、
ホテルのマダム、マンマユート団の面々、その他の空賊たち、
これら主要な人物が、みな人生を刻んできたリアリティを
持つこと。バカさわぎは、つらいことを抱えているからだし、
単純さは一皮むけて手に入れたものなのだ。
そのバカさを愛すべし、その他大勢の描写に手抜きは禁物。」




“人生を刻んできたリアリティ。”




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ベネゼエラを歌いあげおわったときの
拍手はわれんばかりだった。

イマジンにも鳥肌がたった。




いろいろな土地の響きが奏でられた。

ポルトガルや、南米の響き。



エディットピアフを二曲。


逗子の海岸で、家の近くで、

加藤登紀子さんが、エディットピアフを二曲。。




「2曲目は、ピアフが晩年、具合が悪くて
もう歌はうたえない、というとき、
この曲に出会って、この曲なら、
といって、もう一度ステージに立った最後の曲。」


その曲のタイトルが
ぞっとするほどよかった。

人生の最後の曲。

人生の最後にもうこの言葉があれば、
他のことばや詩や文学もいらないのではと思った。

「わたしは、後悔しない」



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本編終盤ラテンの曲でぐいぐい盛り上げて、
最後は、こんなMC

「ことしは、ゼロからの年ね」


本編最後の曲のサビ。

「つまづきながら生きてゆけ」







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登紀子さんが売れなかった若い頃のはなし。(著書から)

「たとえば、キャバレーに歌いに行くでしょ。
目の前にやくざさんがいて、女の子をひざにのっけて聴いている。

シャンソンとか英語のうたをうたっていると、
なんだ、毛唐の歌か。お前ひっこめ、と言われるわけです。

困ったけど、『わたしは帰れないわ。どうしたらいいの?』
とおもいきって客席に返したんです。
(※この返しすごい)

そうしたら、それまでザワザワしていた客たちが
この女、なに言ってんだ、と静かになって、
ヤクザさんが言ったの。

『だったら、そこで童謡でも歌ってろよ』

わたしは子どもみたいな顔をしてたから、そう言われたのね。
それで、一生けんめい童謡をうたいました。
知ってる歌は少ないから、「七つの子」とか「しゃぼん玉」
「歌をわすれたカナリア」とか、いっしょうけんめい歌いました。

そしたら、目の前にいたヤクザの男たち、
気がついたら泣いてましたね。



炭坑後にできた常磐ハワイアンセンターとか、
お祭りのアトラクション、キャバレーまわりとか、
結婚するまでは何でもやりましたね。
所属していた会社(石井音楽事務所※あのオムレツの石井好子さんの会社)は
歩合契約でしたから、断ろうと思えば仕事は断れるんだけど、
できませんでしたね。

聴衆の心をつかめるような本格プロになろうと思ってたから。」





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「毛唐のうたばかり歌うのか、と言ってくれた人には
ほんとうに感謝してる」と登紀子さん。
それで自分をみつめて『ひとり寝の子守唄』をつくる。

「テレビに出てても孤立感がありましたね。
芸能界のテレビであの曲をうたうと、
私は火消し女なのかと自分で思うほど静かになるんです。
熱気が消えちゃうわけね。

あの日、芸能人がいっぱい出てるステージで
わたしが歌った時も、シーンとしてしまって
盛り上がらないわけ。しょんぼり袖にもどると、
何と森繁久弥さんが立ってた。」

その時の森繁さんの言葉が
登紀子さんの音楽を集約してる。

「君が歌ってたのか。
君の声は大陸の風だ、ツンドラの声だね」




***********************




登紀子さんの著書から要約

森繁久弥さんも大陸から引き揚げた。
彼は映画の社長シリーズで大成功して俳優として地位を確立。
が、その時期に突然、知床で「地の涯てに生きるもの」という映画を撮る。
その映画を撮るために全財産を投げ出す。
知床は、引き揚げ者が吹きだまった土地。

森繁さんの業績の中にはあまりでてこない。

彼が映画の撮影を終えて、知床の人たちと
別れをするときに万感の思いでつくったうた。


アンコールの一曲目「知床旅情」。








***********************





体がその土地の空気を知っている。

人生を刻んできたリアリティ。

わたしは、後悔しない。

ゼロからの年。

つまづきながら生きてゆけ。

聴衆の心をつかめるような本格プロになろうと思ってたから。

君の声は大陸の風だ。






うたは、人間であり、風景であって、
人間は、風景は、うたなんだろうな。






最後の曲の前に、登紀子さん

「いま、月が出ててね、十五夜の前の前の前の満月。
帰りに見ていってね」

出された日本酒を、
かっと一気飲みして、

ビギンの曲。
「パーマ屋ゆんた」


沖縄のサトウキビ畑のあぜ道の風。






***************************






終演後、ビーチに出るとほんとだ。


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かえりは、「紅の豚」サントラを大音量で聴きながら、
湾にそって、アルファで帰る。

気持ち的には、こんな感じ。


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登紀子さんの名著「登紀子1968を語る」の中で
好きなセリフ。


獄中結婚をした登紀子さんにインタビュアーが、
こう聞く。

(それくらい愛されてたんですね)

登紀子さんの答え。
「愛された、じゃなくて、あたしが愛してたの(笑)。」








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by ayu_cafe | 2011-08-13 08:42 | ayuCafeジブリ詩集 | Trackback | Comments(4)