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代官山 蔦屋書店

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by ayu_cafe | 2012-02-26 20:47 | Trackback | Comments(2)

melencolia. ロルカ

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ロルカ

ロルカ ロルカ
帰ろうか
もう陽も暮れて
寒いから

ロルカ ロルカ
ねむろうか
あったかくして
ねむろうか

指先が
冷えたけど
もう大丈夫



ロルカ ロルカ
うたおうか
やさしい声で
子守歌

やわらかタオル
うずまって
思い浮かべる
好きなこと

ものがたり
めくるよな
甘い雨の音


ロルカ ロルカ
帰ろうか
春だというのに
寒いから
by ayu_cafe | 2012-02-24 23:04 | Trackback | Comments(0)

弱さ、浅ましさ、無常観 とともに生きて、 破状を見せる。

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「あさイチ」のゲスト三浦春馬について語る佐藤浩市。

180cm以上あって甘いマスクで弱点がない。
三浦くんはこれから役者として
その弱点がないという部分と戦っていくことになる。


もっと破状して欲しい。


映像作品は人の記憶に
一時的にとどまるけど忘れ去られる、
でもこれから先、
人の記憶に残る役者になれたら。


だが、人の記憶に残りたい、
というのは、おろかしい欲望


その浅ましさ
その無常観


役者と言う職業は
そういうものとともにある。




弱さ、浅ましさ、無常観
とともに生きて、
破状を見せる。


表現すること、
人間であること、
生きるということ。



あ〜楽になる。
仕事してこよ。
by ayu_cafe | 2012-02-24 10:36 | Trackback | Comments(0)

ねこラーソン

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by ayu_cafe | 2012-02-15 09:48 | ayuCafeねこものまねshow | Trackback | Comments(4)

「この子は魚が大好きだから それで、いいんです。」

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TVで甲高い声をあげている
さかなくんは、
小さなときから、
さかなが好きで
絵を書くのも好きだった。


学校の成績はあまりよくなかった。

家庭訪問に来た先生は、
さかなくんのお母さんに言った。


「画家の道も考えた方が‥」


お母さんは、笑ってこう答えた。


「この子は魚が大好きだから
それで、いいんです。」





さかなくんのお母さんは、

さかなくんが、子供の頃、
ゴミ収集車が大好きだったので、毎日毎日助手席に彼を乗せて収集車を追いかけてあげた。




さかなくんは、
どうしても行きたかった
フランスのモナコの
水族館に行ったとき、
パリに何日か滞在した。


そこでTV業界のひとと
知り合い、それがきっかけで
TVに出はじめた。


さかなくんは、
現在、東京海洋大客員助教授。



さかなくんのお母さんは、
相変わらず笑ってさかなくんに言う。

「あなたはほんとにさかなになっちゃったねー。」







さかなくんが書いた
文章を転載させていただきます。





*****************



いじめられている君へ



広い海へ出てみよう

東京海洋大客員助教授・さかなクン

 中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。
 でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。

 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。

 中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつりに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできなかったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。

 ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。





*****************




ぼくは変わりものですが、


という文にぐっとくる。


そして、

目の前にキラキラと輝く
だだっ広い海が広がる。
by ayu_cafe | 2012-02-10 10:58 | Trackback | Comments(17)

「難しいと思うけど、きみなりのやりかたを考えて」

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首藤康之さんの映画
「今日と明日の間で」
のワンシーン。


モーリスベジャール振付けの
「ペトルーシュカ」のリハーサル。


糸が切れて、首藤さんが
ドサッと床に落ちるところ。


モーリスベジャールが指示する。
首藤さんが、なんどかドサッと
落ちる。


モーリスベジャールは、
それでいい、こうだ、と
正解を示さず、こう言う。



「難しいと思うけど、きみなりのやりかたを考えて」





この言葉から、
いくつかわかることがある。



まず、

そもそもやさしくはない、ということ。


その上でひとの基準ではなく
自分なりのやり方でやらなければ
意味がない、ということ。


考え続けなければならない、
ということ。




人間が瞬間的に脱力して
ドサッと床に落ちる音が、
映画館の音響システムを通して
重たく響く。



わたしにとってあの映画は、

タイトル曲の後半で、
椎名林檎さんが
鍵盤をぶったたくように弾く
ピアノの和音の音。

モーリスベジャールのあの言葉、

そして、
人間の身体が床に落ちるあの音。



ドサッ。



自分の身体の音を立てて
考え続ける。
by ayu_cafe | 2012-02-09 06:12 | Trackback | Comments(0)

晩年に色紙を書くとしたら、なんて書く?

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ジュンク堂書店 新宿店の
本棚に飾られていた
立川談志さんの色紙。

ジュンク堂新宿店はわりと最近できたから
おそらく談志さん晩年のもの。


書かれてた言葉は一言



「狂気ありて」




誰でも共鳴させてもらえる
言葉ではないのかもしれないけど、

書店の談志追悼特集のそばの
この色紙をみあげながら

相変わらずだなあ
一歩もひいてないなあ。

と、クスクス可笑しくなってくる。



そして、ほっとする。


最低でも、失敗しても、
希望がなくても、恥をかいても
無意味でも、無駄でも、
ま、それが普通でしょ。

とあの声が言ってる気がする。



誰もきみに真剣に期待なんて
してないんだから、
好き勝手に生きりゃいいじゃん、
きみの大事なものを大事にしながら。


と、やさしく言われてる気がする。
by ayu_cafe | 2012-02-08 10:30 | Trackback | Comments(0)

わずかなことばで旅にでる。メランコリア twitter

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melencolia twitter
by ayu_cafe | 2012-02-07 08:50 | Trackback | Comments(0)

祖父のグラデーション。幸福な焦り。

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祖父は、京都、西陣に住み込んで、友禅を学び、
それから東京で、着物の模様絵師として
仕事をしていた。
妻に、娘たちに、それぞれ絵を描き、
着物をプレゼントした。

これは、そのうちの母のもの。



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着物の絵に手が込んでいるかは、
その繊細さや、グラデーションでわかる、
と母は言っていた。




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祖父に絵を習い、日本画家になった叔母は、

最近は、色を厚くぬらないと売れないけど、
本来は、繊細な濃淡を描くべき、と言っていた。




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それしても、数十年前に描かれた
この着物の鮮やかさと繊細さと生命力は、なんだろう。




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わたしにとっての祖父のイメージは、
弱ったり、困ったりした「お年寄り」ではない。




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ぐずぐず迷走している今の私よりも、ずっと「生きている」。
ずっとずっと先で、ばちばちと生命の火を燃やしながら
鮮やかに、繊細に。




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わたしは、まだまだだ、と思う。
そう思えるのは、唯一幸せなことだと思う。





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それは、庭一面の花や樹を育てていた祖母にも思う。

ぜんぜんまだまだだ。

その人が、今、存在しているかどうかに関わらず、
悲しい、淋しい、という感情に関わらず、
また、作品を残す残さないに関わらず、
その人の、人間の、存在、能力、生命としての運動、その軌跡、
というのは、圧倒的だ。

生きているか亡くなっているか
老いぼれているか、とは、まったく関係なく、

わたしは、全然ぜんぜんまだまだだ、という
幸福な焦りのみを感じる。


なぜなら、祖父は亡くなっているのに、
こんなにも「生きている」から。


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by ayu_cafe | 2012-02-03 08:20 | かぞくのこと | Trackback | Comments(2)

二月のにっこり白くま。

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リサラーソンカレンダーの

二月は、白くま。


微笑んではります。
by ayu_cafe | 2012-02-01 09:46 | | Trackback | Comments(2)