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朗読してみた。「千鳥が淵、ハバナ」







YOUTUBE版で再アップ。















by ayu_cafe | 2014-04-30 23:39 | 朗読 | Trackback | Comments(0)

私は、怖くてできない、をやりにいく。

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酒井若菜さんのブログから。








『イケナイコトカイ?』


くよくよしたってはじまった。


舞台「イケナイコトカイ?」
無事千秋楽を迎えることができた。
台本は半分しかできていないまま、毎日夜から朝方まで稽古。
稽古が始まって一週間で、体重が6キロ落ちた。
元々体が弱い。
昨夏は、ドラマや映画の現場で何度も貧血を起こし、撮影を中断した。
5分まともに真っ直ぐ立っていられない。

生活リズムの変化と、体重の落ち方に、私は、貧血がいつくるか、と思っていた。
でも結局、一度も貧血にならなかった。
これは驚いた。
代わりに、想定外だった腰痛が日に日にひどくなったけど…。

稽古も楽しくできた。
普段、映像の仕事をする時とは違う自分で臨んだからかもしれない。
私は普段、女の割りには序列や規律にうるさいし、基本的に頼られる側に立つことが圧倒的に多い。
普段の私なら仕事場で「教えてください」「不安」「怖い」など、口にしない。
今回は、そういうことを取り払って、まな板の上の鯉、ならぬ、まな板の上のカエル、なテンションで、鈴木おさむさんやスタッフキャストに身を預け、バカみたいにヘラヘラしながら「不安~」「怖いよぉ~」と言葉に出していた。
かつての自分が最も出来なかったことである。
かつての失敗の根源は、体調不良はもちろんだが、それ以外では、歌でも演技でもなく、自分への過信、だったから。
人に頼れない。
体調不良さえ言えなかった。
それが根源。
だからそこからやめてみた。

稽古場での稽古は、本当に楽しいまま終わった。

本番前日。
劇場入りした。
しかも演劇の聖地、本多劇場。
感慨深かった。
初めて観る舞台セット。
劇場で感じる初めての音響や照明の効果。
稽古とは全然違う世界がそこにあった。
無論みんなはそれを想定した稽古をしていたのだと思うが、如何せん初舞台の私は、効果音や光が、こんなに芝居に作用するのか、と面食らった。
そして、八年前のことがここに来て一気によみがえってきた。
「やっぱりできない、私」

“やっぱり”。

自分に「やっぱり」と思ってしまったことが悲しかった。
以前ブログに書いたことがあるが、当時の降板に置いて、最も傷ついた言葉が、「やっぱり」だった。
「グラビア上がりが女優気取ってると、やっぱり」「初舞台でミュージカルの主演をやるなんて思い上がってるから、やっぱり」そんな容赦のない言葉が、一番悲しかった。

劇場での稽古が終わった瞬間、ロバートの秋山くんに「できないできないできない」と駆け寄って小声で言ったら、「いやいや大丈夫っすよ」と笑っていた。
パッと振り返ったら、楽屋に帰ろうとしていた主演の松岡充さんが目に入った。
私は追いかけて、舞台袖で松岡さんの背中にしがみついて「できないできないできない」と小声で言った。
松岡さんは、近くにある椅子に私を座らせ、その前にしゃがみ込むと、私の手を取って、「何が怖くなったの?」から聞き始めてくれて、最後に「大丈夫だよ」と言った。
しばらく話してから立ち上がり、二人で楽屋のほうに帰ると、秋山くんが楽屋から出てきた。
あとから聞いた話だが、秋山くんも心配してくれていたらしい。
「大丈夫」と、二人に山ほど励ましてもらって、帰宅した。

ちなみにこの段階で、台詞はまだうろ覚えだった。
でも稽古は楽しかったし、この仲間なら本番もなんとかなるだろうともどこかで思っていた。
が、音響や光にこんなにドキッとしてしまうとは思いもよらず。
普通の舞台は、劇場入りは本番の二、三日前からやるらしいのだが、今回はその数時間だけしかなかった上、出演者四人のうちの一人、平田裕一郎くんがこれず、ほぼぶっつけ本番で初舞台を迎えることになった。

家で台本を読んでいたら、逃げ出したくなって泣いた。
正直に言うと、今回は、ほんの少しだけ、二度目の降板を期待していた。
「二回連続で舞台降板をしたら、さすがに潔く芸能界自体を諦める」と。
その覚悟もあっての舞台再挑戦だった。

電話が鳴っていた。
出なかった。
また鳴った。
出なかったけど、電話を見た。
かつて、助けてあげたくてたまらなかった宝物のような先輩からの着信だった。
メールも来ていた。
メールに「電話でれる?」と書いてあった。
「うん」と返信したら、すぐにまた電話が鳴った。

“やっぱり”のことを話すと、先輩は、「昔の酒井若菜じゃないんだよ」と言った。
そして、
「自分ができる練習はちゃんとしたんだから大丈夫」って。
「やる!って決めた時点で前より進んでる」「本番前日まできた時点でさらに進んでる」って。
「楽に、楽に」って。

「はいはいやりまーす!よろしくお願いしまーす!ができるんじゃ、復帰に挑戦する意味ないよ」って。
「怖くて出来ない。をやりにいくんだ」って。

ああ。そうだった。
はいはいやりまーす!よろしくお願いしまーす!を保とうとしてた自分に気がついた。
私は、怖くてできない、をやりにいく。
そう思ったら、心が軽くなって、泣き止んだ。
そしてその先輩は、芸人さんなのだが、「何かあったら秋山を見れば助けてくれる!」と断言した。
「芸人は、アクシデントやハプニングを山ほど越えてきてる。何かあったら必ず芸人は助けてくれるよ。そういうもんやで、芸人って」。

初日。
マネージャーが遅刻して、入り時間に遅れた。
おさむさんは秋山くんに「酒井さんがこないまま舞台始まったら、一人コントで繋いでね」とすでに話していたそうで、秋山くんもそれを了承していたそうだ。
本多劇場に着くと、みんなが「きたぁ!よかったぁ!」と言っていた。
いやいや、私のメンタルで遅刻したわけじゃないから、と苦笑いしつつ、秋山くんに、「何かあったら秋山くんのこと見ていい?」と言った。
秋山くんは「もちろんっすよ。見てください。何とでもしますよ。」と言った。

通し稽古が終わった。
舞台上でワタワタしている私のところに、3人が寄ってきてくれた。
秋山くんが「稽古と一緒っす。稽古んときみたいに、松岡さんと俺と平田くんだけを見れば、少し落ち着きません?」と言った。
松岡さんが「そうだよ。俺らだけ見ればいいよ」と言った。
平田くんが、ニッコリ見守ってくれてた。

ゲネプロ。
客は関係者だが、人前で初めての芝居。
舞台袖で、松岡さんが私の前にまたしゃがみ込み、「いいのいいの、ゲネプロなんだから、楽にさ、一回やってみよ~って感じでやってみようよ」と言った。
秋山くんに言われた通り、稽古を思い出して、松岡さんと秋山くんと平田くんだけを見てやったら、集中できて、いつもの顔をしている3人の表情、存在に、安心した。
ふと、3人を見ていたら「仲間だ!」と突然思って泣きそうになった。
舞台の上では四人の世界に戻れた。
無事終わった。

その後、いよいよ本番。
本番前、おさむさんが楽屋に来た。
「あー居てよかったぁ。窓がちょうどいい感じだったんで。」
と言った。
聞けば、私が窓から飛び降りてるんじゃないかと思って心配してきてくれたらしい。笑
ちょうどいい感じの窓、って。笑
思わず笑ってしまった。

いよいよ本番。
私は、一番奥の楽屋なので、みんなの楽屋の前を通る。
ここからは、最終日までの恒例会話。

平田くんににっこり出迎えられる。
秋山くんも出てきて「酒井さん、なんちゅう顔しとるんですか」。
笑うみんな。
「緊張する…」と私。
「大丈夫っす。繋ぎます」と秋山くん。
にっこり平田くん。

二人は下手スタンバイ。
松岡さんと私は上手スタンバイ。
なので、いつも私は二人の顔を見てから袖につく。
たまに二人の楽屋をスルーしようとすると、平田くんが「秋山さん!酒井さん行っちゃいます!」と言って、秋山くんを呼んでくれる。
そうすると秋山くんがタタタッと楽屋から出てきてくれて、恒例会話。
これには助けられた!
みんなに、緊張や不安が顔や芝居に出ない、と言われるので、大袈裟に緊張した顔を作ってみたりしたこともあった。

話は前後するが、初日。
そんな会話のあと、上手に行ったら、すでに松岡さんがスタンバイしていて、ぎゅーーーっとしてくれた。
そしてまた私を椅子に座らせ、しゃがみ込み、「大丈夫」と。
初日だけ、秋山くんが突然本番二分前に上手側まできて、「よろしくお願いします!何かあったら、(目を)見てください」と言って、私の背中をトントンして去っていった。
ついさっき、おさむさんに「大丈夫っす!いきましょう!」とトン!と押してもらえた背中。
みんなに触れてもらえた。
幸せだと思った。

そして、初日を終えた。
ちょっと噛んだりはしたが、台詞が飛んだり、うろ覚えのところを詰まったりすることはなかった。
本番には強い、とは自他共に認めるところだが、我ながら、奇跡だと思った。
1日3回やるにはしんどすぎる内容の舞台。
終演後、舞台裏で隠れるようにして松岡さんがしゃがみ込んでいるのを見つけた。
秋山くんと平田くんと3人で近づくと、松岡さんは顔をあげて、途端ににっこり微笑んだ。
そして、「3回はくるねー」と微笑んだまま言っていたが、その目は潤んでいて、それに気づいた私たちは「そうですね」としか言えなかった。
もどかしかったが、そうですね、しか言えないことも、仲間だからこそだと思った。
初日のお客さんとして、妹のような早見あかりちゃんや友人の小橋めぐみちゃん、ヒミキヨノちゃんも来てくれた。
あかりちゃんは、舞台観劇自体が初めてだそうで、初の観劇が私の初舞台なんて、なんだか不思議で光栄で、嬉しかった。
めぐちゃんは女神。出演を決めてからの私を具体的に支えてくれたし、この日も、私に何かあった時のために、一日予定を空けてくれていた。
キヨノちゃんは、泣いちゃった。
実は最後の最後の最後、「今ここでマネージャーさんに“やる”ってメールしなさい!」と言ったのは彼女だった。
二人が初日に来てくれたのが、嬉しかった。
今田耕司さんが「怪物や!」と言って帰られたのが、少し自信になった。

ずっと迎えたかった「初日」。
やっと。
やっと迎えることができた。
カーテンコールで感極まった。

くよくよしたってはじまる!

あのスタンディングオベーションの光景は、永遠に忘れない。


二日目。
夜公演のみだが、初日ができたのが奇跡だった上、日頃から支えてくれている人や、今回舞台再挑戦への最後の後押しをしてくれた人、それからお偉いさん達、とにかくすごい人がたくさんくる。
そして、二日目落ち、と言って、初日の緊張感から解放されて、油断してボロボロになる、という演劇用語も予め聞いていたため、心臓が取れるかと思った。
しかも、松岡さんが体調を崩された。
ちょっとした変更もぶっつけでやることに。
しかし、私が緊張感から解放されるわけもなく、幸い二日目落ちはないまま無事終了。
松岡さん、立ってるだけでも辛かったはず。
凄かった!
この日は、西原亜希ちゃんはじめ、沢山の友人、関係者が来てくれた。
オードリーの若林くんが来てくれたのも嬉しかった。
若林くんも、今回の稽古中、ずっと励ましてくれていた。
舞台出演のきっかけの一つに、おさむさん作、舞台「芸人交換日記」を見たこともあったし、なにより彼は、日頃から完全に私になつかれていて、頻度的に一番舞台稽古の経過報告をしていたのは若林くんだったし、彼もまたそれに応えてくれていた。
終演後、お父さんみたいに優しい言葉をいくつもくれて、そこでようやく私は安堵した。
ほぐれた。
30歳を過ぎて、同世代で、異性で、こういう友達ができるなんて思わなかった。
嬉しかった。

三日目。
今日から2回公演。
腰がヤバイので、朝から治療院へ。
腰を心配してくれた治療院のかたの配慮で、1時間も早く開院してくれ、2人がかりで鍼マッサージ。
本当に、色々な人に助けられていると実感。

腰は痛いが、舞台自体の緊張感からはだいぶ解放されてきた。
いやはやしかし、毎度のスタンディングオベーション。
無論ちょっとした差はあるが。
初舞台だもんで、そういうものなのかと思っていたが、普通はスタンディングオベーションは最終日だけ、あるいは最終日と初日だけ、っていうのが基本だそうで、今回ほとんどの回がスタンディングオベーションっていうのは特殊なのだそうだ。それを聞いて安心。
というか、すごいな。
昼公演後。
臼田あさ美ちゃんや能世あんなちゃんと、美女に囲まれご満悦。
他にも友達たっくさん。
もらい泣き。
夜公演後。
メルマ仲間のサンボマスター山口さんが来てくれた。
「サ、サンボマスター!!」と、山口さんが帰られたあと、楽屋近辺からどよめきが起こった。
鼻高くなっちゃったよね、私。
ありがとう、山口さん。
おさむさん関連でいらしてた初めましての芸人さん達が、わざわざ私のところまで来て挨拶をしてくださって、恐縮した。
いつもテレビでみている人ばかりだったから、開演前に私に情報が入ってこなくてよかった。
緊張しちゃうよ。


最終日。
2回公演。
今日が終わったら、8年半のトラウマから解放される。
腰がヤバイので、朝から1日中マッサージ師のかたに出張してもらった。
朝、舞台上でみんなで軽く練習をしていたら、突然のえづきと目眩。
立ってられなくなった。
稽古から含めて初めての体調不良。
今。。。?
やめてよ。
恐れていた貧血ではない。
確実に違う。
ぐるぐる目が回って気持ち悪くなってしまった。
途中で楽屋へ。
メンタルから来るものだったのは言わずもがな。
一応書いておくが、初日からここまではなんだかんだでずっとヘラヘラしていた。
やりたくない!という思いには一度もなってない。
ここで初めて、笑う余裕と、何故か緊張する余裕もなくなった。

ギリギリまで横になって、昼公演。
みんな心配してくれたからか、トチリ連続だったが、面白い上がりになった。
そして終了。
「酒井さんだけ普通にできるってどういうことっすか。でもよかったですね」と秋山くん。
「酒井さん大丈夫だったじゃないですか!すごいですよ!あーよかったぁ!」と平田くん。
「むしろ俺がだめだったぁ。ごめんね」と松岡さん。
私の顔の血色、サインを見逃さないようにフォローしてくれようとしたからなのに、みんな優しい。
というか、松岡さんはまだまだめちゃくちゃ体調が悪いはず。
それどころか体調は悪化されているようだ。
なのに…
はぁ~
優しすぎる…。
でも、私はこの回の台詞がかち合っちゃう感じ、生々しくてすごく好きだった。
メルマ仲間の木村綾子ちゃんが来てくれたが、咳が止まらないとのことで会うことはできず。
体調がよくないのに来てくれた上、プレゼントまで。
ありがとう、綾子ちゃん。
そして、磯山さやかちゃんも来てくれた。さやかちゃんがあまりにもボロボロ泣くので、もらい泣き。
後輩だが、母親ばりの号泣にほっこり。
地元の友人も来てくれた。
彼女も号泣。
幸せだった。


夜公演。
千秋楽。

母や佐津川愛美ちゃん、竹中直人さんも来てくれる。
ギリギリまで横になって、完全復活!
最後は絶対キメる!!
もう声がなくなっても、ぎっくり腰になってもいい!!
この日のために、私はずっと生きてきた。
8年半の全部をぶつける。
これまでの5公演の本番のうちに、うろ覚えだった台詞も完全に入った。

私は私を救いたい。
トラウマから解放してあげたい。

秋山くんと平田くんと恒例会話をした後、舞台袖でスタンバイ。
松岡さんと握手を交わす。
スタッフからの続々のエール。
みんな大好き。

オープニング。
岡村靖幸さんが歌う「太陽の破片」が流れる。
幕があいた。
2時間後には、私は絶対報われている!
心の中で毎日言っていた言葉を、小さく声に出して言った。

「くよくよしたって、はじまる!」

そして私は舞台に上がった。
出演者の芝居も、今までとはまた感触が違う。
みんな、出し切ってる。
個々のエネルギーが伝染しあって、相乗効果を感じる。

結果。
私的には稽古から含め、今までで最もいい出来になった。
私も、初めて完璧にできた。
完璧だったと思う。
泣いちゃうよ。
8年半分だもの。
お客様に頭を下げて、袖にはけて、嗚咽出るくらい泣いちゃう。

カーテンコールに出る時、おさむさんが松岡さんに何かを耳打ちしていた。
二度目だか三度目だかのカーテンコールの時、松岡さんが突然、私のこれまでの経緯を話し始めた。
そして、私も挨拶するようにと促してくれた。
おさむさんの耳打ちの正体。

「カーテンコールまでが舞台」

いつだったか誰かからそう聞いた。
その時間を、私に与えてくれた。
嬉しかった。


こうして私は、トラウマを克服した。
怖かった。怖かった。
生きててよかった。






後編へ続く






「おさむさんなら大丈夫!」

舞台出演をするか悩んでいた時、たくさんの人に相談したら、全員そう言った。
全員だ。

かつて舞台降板をし、一年休業。
復帰しても、仕事がなかった。
降板前は、ゴールデンの連ドラの主役の話も来ていて絶好調で、私はひどい天狗だった。
しかし復帰してからは、仕事がなくなった。
ホステスB。
ようやく掴んだ仕事が、それだった。
プライドがズタズタに切り裂かれた。
死にたくなった。
休業中、闘病で死にかけていたところから這い上がってきたのに、這い上がってきたところには、私の居場所はなかった。
なんのために必死に這い上がってきたのか、わからなくなった。

落ちぶれた。

這い上がってきたのに落ちぶれた。
深海魚のように、ひっそりとそのまま生きてればよかったかな、と思った。
休業中より、休業があけてからのほうが、よっぽど辛かった。
ホステスBをやっているとき、控え室で、「ドラマの話がやっときたよ」とマネージャーからプロットを渡された。
男女四人の話。
そのメイン四人の一人として、オファーがきたという。
「今の私をメインどころにキャスティングする人いるんだ…」
嬉しくて、プロットを抱きしめた。
そのプロットに書かれていた文字。

「脚本 鈴木おさむ」。

私のキャスティングは、おさむさんがしてくれたものだった。


数年後。
今度はおさむさん脚本作品の連ドラに出させていただいた。
打ち上げで、30秒くらいしか話す時間がなかったのに、おさむさんは急いで連絡先をバッと紙に書いて私に渡してくれた。
「とりあえず!とりあえず!」と。
そして、後日メールをすると、間も無く、おさむさんからの返信。
そこには「酒井若菜という女優がもったいない」という内容が書かれていた。
「いつか一緒にまた仕事しましょうね」と。
「いつか」、なんて信用しない。
だけど、「もったいない」という言葉がやけに刺さって、嬉しかった。


そして来た「いつか」。
今までなら、迷うことなく舞台の依頼はスルーしてきた。
だけど今回の舞台「イケナイコトカイ?」は迷った。
「おさむさんなら迷うんだ、私」と思った。
迷える、というのは幸せなことだ。
おさむさんはまた「もったいない」と私に言った。
やっぱり嬉しかった。
でも私は迷っていた。
おさむさんは「断りにくいと思わせてたらごめんね」「無理だけはしないでね」「気を遣わせてたらごめんなさい」「全然忘れてもらっていいから」と、決して無理強いしなかった。
無責任に「やりましょう!トラウマ?関係ねぇよ!」とは絶対言わなかった。
それが面白かった。
そして、たくさんの人の「おさむさんなら大丈夫!」という言葉に後押しされて、出演を決めた。
すると、おさむさんは「絶対後悔させません!」「裏切りません!」「酒井さんの中に曇ってるものが晴れますように!そうさせます!」「やってよかった!と思ってもらうものにします!そうさせます!」と、私の荷物を預かってくれた。

舞台の初日、私がちょうどいい感じの窓(?)から飛び降りてないか確認しに来てくれたとき、おさむさんは言った。
「何かあったら、僕が責任とります!だから大丈夫です!」
カッコイイな。

ちなみに、この舞台「イケナイコトカイ?」の後半の台本は、結構本番の直前に出来上がったのだが、後半で、私が演じる近藤美月がトラウマを告白するシーンがある。
近藤美月は、奈落の底に突き落とされ、這い上がってきた女だ。
そして、人を救うことでしか生きられなくなってしまった女だ。
これは、完全なる私への当て書きだった。
おさむさんは、私を通して近藤美月を書いたのではなく、近藤美月を通して酒井若菜を書いてくださった。
舞台の上で、私のトラウマを「台詞」という形で表現してくださった。
私が最後まで台詞がうろ覚えだった部分は、まさにそのクライマックスの独白シーンだった。
一番大切なシーンだが、そこにピントを合わせたら、心が持たない。
だから、最後まで覚えなかった。
そして、おさむさんは、美月に対し、最高の報いをそこに足してくれた。
私にはなかった報い。
嬉しかった。

私は、おさむさんが作るバラエティ番組が大好きだ。
よく、ライトタッチなドラマや、コメディを作っている人が、たまに映画や舞台でシリアスな重い作品を作ると、「本当にやりたいのはこういうのなんだよね」などとちょっと鋭い感じの誰かに言われて、満更でもない表情をしているのを見たりする。
私はその度、少しがっかりする。

今回私が出た「イケナイコトカイ?」は、超絶重いシリアスな話。
おさむさんの前作「美幸」もかなり重いシリアスな話だったが、私はおさむさんの重い作品に触れるたび思う。
おさむさんは選んでバラエティをやっている、と。
「だから笑いが好きなんだ!」と、選んでバラエティをやっているのが分かるのだ。

痛みも辛さも知っている。
おさむさんがこういう重い作品を作るのは、恐らく逆説だ。

「だから笑いが必要なんだ!」

憶測に過ぎないが、鈴木おさむという人は、いつだってそう言っているように、私には見える。

そうじゃなきゃ、私の重たい荷物を一緒に背負って、笑いあったりしない。
いや、正確には、一緒には背負っていない。
おさむさんは、「悲しみは半分、喜びは二倍」なんて嘘だ、ということを知っている。
八年半の痛みは私にしか分かり得ない。
おさむさんは私の痛みや悲しみを一緒に背負えないことを知っている。
だからおさむさんは、私には持ちようのない、おさむさんだけが持てるありったけの痛みを抱き、脚本を書いた。
私の八年半に匹敵するくらいの重い荷物を背負って。
その上で、私の背中をさすり続けた。
感覚の話。

「おさむさんなら大丈夫!」
この言葉の意味が、今はよく分かるんだ。


酒井若菜です。
克服しました。
私は身を持って証明したかった。
「くよくよしたってはじまる!」
って。
この中途半端な女優の復帰劇が、僭越ながら誰かの希望になりますように。

そして、今回、未熟な私に力を分けてくださった数々の皆さんに心から感謝致します。
ありがとうございました。

そして、このスローガンをお裾分けしてくださった水道橋博士編集長へ、心からの感謝を。


くよくよしたってはじまる!
ね。ほんとだよ。


ごきげんよう



















by ayu_cafe | 2014-04-29 16:16 | 一生勉強。 | Trackback | Comments(0)

五月の庭を活ける。

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セイジ
フリージア
すずらん
スノーボウル
みやこわすれ



セイジの匂い。









by ayu_cafe | 2014-04-29 11:28 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(0)

音楽以前の音楽。

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梅の樹あたりで
鳥が気持ち良さそうに
さえずっていた。

庭でお茶を飲んでいた
父が鳥の声色と音階に合わせて
口笛を吹いた。

鳥が応えていた。


音楽以前の音楽。










by ayu_cafe | 2014-04-28 11:00 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(0)

日暮愛葉、ピナバウシュ、メグホワイト。

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日暮愛葉さんのベストを買った日、

夏木マリさんのテレビで、
ピナバウシュが紹介されてた。

一緒に買ったホワイトストライプスの
映画で、メグホワイトが、
トラックの運転手さんに、

で、きみら、なにやってるの?

と聞かれ、

ふたりで大きな音を出すの、

と答えてた。



世の中、カッコいいものばかり。










by ayu_cafe | 2014-04-25 10:56 | Trackback | Comments(0)

「わたし、あれ、泣きましたよ」

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歯医者さんで会計の時、
受付の女の子から、急に、

「新作は出ないんですか?
わたし、あれ、泣きましたよ」

と言われた。

歯医者さんとこの世界が
すこし好きになった。








by ayu_cafe | 2014-04-24 10:05 | すましたペンギン通信 | Trackback | Comments(0)

押見修造のことば。「吃音じゃなかったら、僕は漫画家になれなかったかもしれない」

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押見修造さんの
「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」あとがき より







読んでいただいてありがとうございました。

この漫画は、自分自身の経験を下敷きにして描きました。

僕が、喋ることに不自由を感じるようになったのは、
中学2年生のころだったと思います。
それが、「吃音症」というものだと知ったのは、
しばらく後のことでしたが。

とにかく、気づくといつの間にか、
「最初の言葉が出てこない」という状況になってしまいました。
友達と話していても、突然発音できなくなるので、
皆に笑われました。
友達は、僕がふざけているんだと思っていたようです。
自分自身も、特にそのことを気にしていませんでした。

しかし、電話するとき、自己紹介を求められたとき、
授業中指されたとき。いろいろな場面で、
困ることが増えていきました。
よく覚えているのは、数学の授業のときです。
指されたぼくは、答えをわかっていました。
答えは「1」でした。でもその「1」が言えない。
「い」が出てこない。
出そうとすればするほど、顔はゆがみ、目は見開き、力が入る。
するとますます言えなくなる。そのあまりの様子に、
教室が爆笑に包まれました。

(中略)

今でも、一番怖いのは自己紹介のときです。
「お名前は?」と聞かれると、胸が恐怖に満たされます。
それが電話だとなおさらです。
名前が言えず、相手の心配の気配や、不審の目を見てしまうと、
その場から逃げ出したくなります。

吃音には波があって、調子のいい時にはスラスラ喋れたりします。
と思えば、家族相手にリラックスしているときでも、
全くしゃべれなくなったりもします。
自分はダメだ、他の人が普通にしていることすら出来ない。
相手に申し訳ない…という思いにとらわれてしまいます。
と同時に、喋れさえすれば、自分は最強なのに、
といつも思っていました。

人と会話をしていて、「ここでこの発言をしたら面白い、
でもどもったらどうしよう…やっぱり言わないでおこう」
と考えていると、別の人がそれを言う。
そこでやっぱり場が沸いたりすると、自分も笑いながら、
敗北感に打ちひしがれるのです。

そんな感じで、どんどん僕は内向的になって行きました。
どもるのが怖いので、ならべく人には話しかけない。
会話は最低限で済ます。
どもりやすい言葉は避けて話す。

(中略)

でも、悪いことばかりだったかというと、
そうとも言えないと思っています。

ひとつは、相手の気持ちにすごく敏感になるということです。
相手が自分をどう思っているか、変だと思われていないか、
というのがすごく気になるので、人の表情や仕草から
感情を読み取る能力が発達しました。
これは、漫画で表情を描くとき、
すごく力になっていると思います。

もうひとつは、言いたかったことや、思いが、
心のなかに封じ込められたお陰で、
漫画という形にしてそれを爆発させられたことです。

つまり、吃音じゃなかったら、僕は漫画家になれなかった
かもしれないということです。

勿論、吃音だったから漫画家になれた、というわけではありません。
しかし、吃音という特徴と、僕の人格は、
もはや切り離せないものになっているということです。

でも、僕にとっては、たまたま漫画だったというだけで、
それは人それぞれにあるんだと思います。

どんなに小さな事でも、世界を反転させる何かひとつだけ、
一瞬だけでもあれば、それで生きていけるんじゃないかと。

この漫画では、本編の中では「吃音」とか「どもり」という
言葉を使いませんでした。それは、ただの「吃音漫画」に
したくなかったからです。

とても個人的でありながら、
誰にでも当てはまる物語になればいいな、と思って描きました。

押見修造







押見修造 プロフィール

2002年、講談社ちばてつや賞ヤング部門の優秀新人賞を受賞。
2008年よりスタートした「漂流ネットカフェ」は、TVドラマ化。
2009年より「惡の華」連載開始。2013年4月からTVアニメ化。
2014年「スイートプールサイド」が、松井大悟監督により映画化。
by ayu_cafe | 2014-04-23 07:18 | ayuCafe Book Bar | Trackback | Comments(0)

朝、海までいく道で、外人がアコギをポロポロ弾いて歌いながら歩いてた。気持ちよさそうだった。

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by ayu_cafe | 2014-04-22 10:12 | 海辺の生活 | Trackback | Comments(0)

花はどこかとつながっている。

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フリージアとカラーが咲いた。

いつもより少しはやい。



カラーは、ポルトガルの
城壁に囲まれた小さな町でも
咲いていた。

王が王妃に贈った
美しい街。

明け方、城壁の上を歩くと
町の白い壁が夜明けの光で
青白く染まっていてきれいだった。



花は、どこかとつながっている。

つながっているのは、
世界の西の果てかもしれないし、
あの世かもしれない。



花は、誰かとつながっている。

いつも花壇づくりを
せっせとしていた祖母は
フリージアをどんな風に
植えるだろうか。




花は、どこかとつながっている。

花は、誰かとつながっている。

でもそのどこかへ
いくことはできない。

その誰かに会うことはできない。


花は、ただ、

つながっているよ

と香しく咲きこぼれる。









by ayu_cafe | 2014-04-17 08:28 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(0)

海辺のサーカス。磯の匂い。

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小さい頃は、
海もサーカスも磯の匂いも
嫌いだった。

特に海と磯の匂いが
嫌いだった。

いま東京で働いていて
海の匂いがしないな、
とよく思う。










by ayu_cafe | 2014-04-16 22:38 | 海辺の生活 | Trackback | Comments(0)