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ムスカリの青い森で魂とひきかえに悪魔から美しいコードを手に入れる。

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気がつくと男は
青い森を歩いていた。

見上げるとみたこともない
巨大なムスカリが
道の両側に生い茂り
森を青く染めていた。

十字路に出た。

十字路の隅で悪魔が泣いていた。

悪魔はとても太っていて
黒縁のメガネをして
ピアノの白鍵のようなものを
握りしめて泣いていた。

男は悪魔に
どうして泣いているのかと
尋ねた。

悪魔は男の目を見ずに、
小さな声で話しはじめた。


自分は南の悪魔で
ずっと北の悪魔が書く曲に
憧れていた。

ある日ついに自分でも
誇らしい曲ができた。

曲は噂になり、
ついに、北の悪魔が
南の悪魔を訪ねてきた。

自分はとてもうれしかったが
急に恥ずかしくなって
怖くなって
リビングのピアノの
白鍵を意味もなくむしりとり
逃げ出した。
気づいたらここにいた。



南の悪魔は
話していたら落ち着いてきた
ようで、男にひとつ
取り引きをもちかけた。


この白鍵と
きみの魂を取り引きしないか。
ぼくは音楽に囚われすぎていて
ふつうの魂がたりないんだ。


男は、いいよ、と
取り引きに同意した。




男はそれから
長い時間をかけて
家に戻った。


男は白鍵を
そばに置いて
ギターを手に取り
コードを弾いた。


それは聞いたことのない
神秘的なコードだった。

雨の日の南の海が香るようで、
つめたい雨雲が美しく織りなして
いるようだった。


それは悪魔にしか紡げない
美しいコードだった。

そこには、恥と、嘘と、憧れと、
残酷と、失意があった。


男はギターでそのコードを
奏で続けた。


男には魂がなく
空っぽだった。

空っぽの男の身体の中に、

恥と、嘘と、憧れと、
残酷と、失意でできた
つめたい雨雲のような
美しいコードが、

ずっと響いていた。










by ayu_cafe | 2014-04-12 22:49 | ayuCafe 創作 Bar | Trackback | Comments(0)