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押見修造のことば。「吃音じゃなかったら、僕は漫画家になれなかったかもしれない」

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押見修造さんの
「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」あとがき より







読んでいただいてありがとうございました。

この漫画は、自分自身の経験を下敷きにして描きました。

僕が、喋ることに不自由を感じるようになったのは、
中学2年生のころだったと思います。
それが、「吃音症」というものだと知ったのは、
しばらく後のことでしたが。

とにかく、気づくといつの間にか、
「最初の言葉が出てこない」という状況になってしまいました。
友達と話していても、突然発音できなくなるので、
皆に笑われました。
友達は、僕がふざけているんだと思っていたようです。
自分自身も、特にそのことを気にしていませんでした。

しかし、電話するとき、自己紹介を求められたとき、
授業中指されたとき。いろいろな場面で、
困ることが増えていきました。
よく覚えているのは、数学の授業のときです。
指されたぼくは、答えをわかっていました。
答えは「1」でした。でもその「1」が言えない。
「い」が出てこない。
出そうとすればするほど、顔はゆがみ、目は見開き、力が入る。
するとますます言えなくなる。そのあまりの様子に、
教室が爆笑に包まれました。

(中略)

今でも、一番怖いのは自己紹介のときです。
「お名前は?」と聞かれると、胸が恐怖に満たされます。
それが電話だとなおさらです。
名前が言えず、相手の心配の気配や、不審の目を見てしまうと、
その場から逃げ出したくなります。

吃音には波があって、調子のいい時にはスラスラ喋れたりします。
と思えば、家族相手にリラックスしているときでも、
全くしゃべれなくなったりもします。
自分はダメだ、他の人が普通にしていることすら出来ない。
相手に申し訳ない…という思いにとらわれてしまいます。
と同時に、喋れさえすれば、自分は最強なのに、
といつも思っていました。

人と会話をしていて、「ここでこの発言をしたら面白い、
でもどもったらどうしよう…やっぱり言わないでおこう」
と考えていると、別の人がそれを言う。
そこでやっぱり場が沸いたりすると、自分も笑いながら、
敗北感に打ちひしがれるのです。

そんな感じで、どんどん僕は内向的になって行きました。
どもるのが怖いので、ならべく人には話しかけない。
会話は最低限で済ます。
どもりやすい言葉は避けて話す。

(中略)

でも、悪いことばかりだったかというと、
そうとも言えないと思っています。

ひとつは、相手の気持ちにすごく敏感になるということです。
相手が自分をどう思っているか、変だと思われていないか、
というのがすごく気になるので、人の表情や仕草から
感情を読み取る能力が発達しました。
これは、漫画で表情を描くとき、
すごく力になっていると思います。

もうひとつは、言いたかったことや、思いが、
心のなかに封じ込められたお陰で、
漫画という形にしてそれを爆発させられたことです。

つまり、吃音じゃなかったら、僕は漫画家になれなかった
かもしれないということです。

勿論、吃音だったから漫画家になれた、というわけではありません。
しかし、吃音という特徴と、僕の人格は、
もはや切り離せないものになっているということです。

でも、僕にとっては、たまたま漫画だったというだけで、
それは人それぞれにあるんだと思います。

どんなに小さな事でも、世界を反転させる何かひとつだけ、
一瞬だけでもあれば、それで生きていけるんじゃないかと。

この漫画では、本編の中では「吃音」とか「どもり」という
言葉を使いませんでした。それは、ただの「吃音漫画」に
したくなかったからです。

とても個人的でありながら、
誰にでも当てはまる物語になればいいな、と思って描きました。

押見修造







押見修造 プロフィール

2002年、講談社ちばてつや賞ヤング部門の優秀新人賞を受賞。
2008年よりスタートした「漂流ネットカフェ」は、TVドラマ化。
2009年より「惡の華」連載開始。2013年4月からTVアニメ化。
2014年「スイートプールサイド」が、松井大悟監督により映画化。
by ayu_cafe | 2014-04-23 07:18 | ayuCafe Book Bar | Trackback(1) | Comments(0)
Tracked from canadian pha.. at 2022-10-06 12:18
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