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「孤独なことを描きたい」「自分ができることだけやろうって思って」 池辺葵さんのことば

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こちらから転載させていただきます。
http://natalie.mu/comic/pp/hatsukiss














──今日は「繕い裁つ人」についてはもちろんですが、あまり明かされていない池辺さんの素顔にも迫れればと思いやってまいりました。ご出身は関西ですよね。

はい。ハタチくらいからは関西を転々としてますが、それまでは大阪の田舎のほうで育ちました。

──小さい頃はどんな子でしたか?

マンガ読んで、絵ばっかり描いてる子供でしたね。大和和紀さんや岩舘真理子さんのマンガが大好きでした。「あさきゆめみし」なんて、絵画と思って見てました。




──絵画?

着物の柄とか、細部に至るまでていねいに描かれているのが人間業とは思えなくて。特にカラーが印象的でした。でも思春期になってだんだん「マンガの世界は面白いけど、こういうことは現実には起こらないよな」って思うようになって……。

──自分の世界の狭さに焦ったというか。

そんな感じですかね。だから一時はマンガから離れてました。

──具体的にマンガ家になろうと思ったのはいつ頃なんですか。

子供の頃から絵以外なんにもうまくできなくて、「マンガ家になられへんかったらどうやって生きていくんやろう」と思ってはいたんです。仕事はいろいろしましたがどれも上手くできず、結局マンガに戻るという感じで。マンガを1作描き上げて、初めて投稿したのはだいぶ遅かったですね。なかなかうまくいかなくて、投稿を始めてからデビューまでは7年くらい掛かりました。




──7年間ずっと、こまめに投稿し続けていたんでしょうか?

最初の投稿作で小さい賞をいただいて1年くらい投稿を続けましたが、デビューには至らず、このまま投稿し続けても無理だと思ったので、いったんマンガから離れました。4年後くらいにまた投稿を始めて、2年後くらいにデビューという感じです。再投稿を始めたときには、これでプロになれないともう先はないって危機感というか、悲壮感みたいなものがありました。

モノローグを入れないのは「できない」から

──デビューを飾ったのが2009年。初めて拝見した池辺さんの作品がKissに載ってた「サウダーデ」だったんですけど、雰囲気がいわゆる女性向けマンガとは一線を画していたというか、とても記憶に残ってます。

ああ……地味ですよね。 下手くそだし……。




──いえいえ。セリフや説明が少なくて間が活かされた画面を見て、何を吸収したらこういう表現に行き着くんだろう、と気になって。映画的、小説的な表現に感じるときがあります。

本は読まないです。

──いわゆる文章の本?

活字を見るとめまいがしてくるくらい苦手です。小学生のときは武者小路実篤とか好きだったんですけどね、最近は……。老眼なのかなー。

──そんな(笑)。

いまは年に1冊とか2冊とか読むかなってくらい。セリフがすごく少ないのは言葉を知らないだけです。

──意外でした。「繕い裁つ人」はモノローグやト書きがまったくないのも特徴的ですよね。




自分ができることだけやろうって思って。モノローグの効果って大きいから、使うのが難しいです。どこに入れるかとか言葉の選び方とか、考えることが増えちゃうから、使い切れないものはなくそうって思って。最近はちょっと使えるかも、って思えるようになって、ハツキス創刊号に掲載されるエピソードにはちょっと入れてみたんですけど。

──削ぎ落としてくスタイルなんですね。

できないことはやらないだけです。コマ割りも、斜めのカットさえ最初はできなかったんです。

──コマ割りといえば、定点カメラを使ったような構図で、数コマをつなげる表現をよく使われますよね。これって何か意図があるんでしょうか。




これはバイトの経験に基づいてるんです。以前マンガを携帯で配信するためにリサイズする仕事をしてたんですけど、そのときに、こういう同じ構図のコマを連続させると、画面がすごくキレイに動いたんです。このコマの流れで人が動いてるのが表現できるんだなって。

──パラパラマンガみたいな。

そうそう。小路啓之さんの「かげふみさん」ってマンガを仕事でリサイズしたことがあるんですけど、部屋に入ったときに電気が消えるってシーンがあって、携帯画面でコマ送りをしたら、本当に電気が消えたの! 「ああ、すごい」って思って。それがきっと記憶に残ってたんだと思いますね。






えっと……最初の投稿のときは、松本大洋さんの影響を受けてました。

──どのあたりにでしょう?

俯瞰とか、煽りを使うところを参考にしてました。2階の人が下にしゃべりかけるとかそういうのを入れて、淡々とした物語に抑揚をつけようと考えて。でも大洋さんのすごさってそういうところだけじゃないのに、表面的なところだけ真似しても全然ダメなんだなって思い知りました。再投稿を始めたときにはあまり何かの影響を受けないように、マンガを読むのも控えてました。まずは自分に描けるものだけを描こうと思って。「繕い裁つ人」は平面的で、煽りや俯瞰も上手く使えなくなってますし。

──「繕い裁つ人」は四角いコマの中に、横からカメラで撮影しているような構図が多くて、映画のカットのようだなと思っていました。




映画は大好きです。

──どんな作品を観るんですか?

ハリウッド映画とか大好きです。アメコミ系とか。

──えっ。「スパイダーマン」とかですか?

ストレス解消になるんですよね。自分の創作の参考になるのは、もっと静かな映画ですけど。最近だと「オン・ザ・ロード」が印象的でした。

──確かジャック・ケルアックの小説が原作の……。

作家が主人公のお話。その人の友人がね、受け入れがたい行動を次々にするんですよね。妻子持ちなのに違う女の人と旅行に行ったりとか、クスリやったりとか。そういうのを主人公はただ見つめてるんです。それがなんかね……作家の在り方としてすごいと思ったんですよ。あらゆることを間違いや正しさに関係なく見てるし、判断も指摘もしない。

──ただ公平に受け入れる。

とにかく寛容だなって。私はどっちかというと視点に偏りがあるほうやから、映画を観ながら道徳観を壊されたような、試されてる感じで。それで自分の価値観とか考え方の幅を、もっと広げていかないと、と思いました。

──そういうスピリット的な部分のほか、映画から創作の技法そのものに影響を受けることもありますか。

映画から受けるものは多いです。「あっ、こういうシーンを描きたいな」とか。サスペンスとかも大好きなんです。

──池辺先生のサスペンス、読んでみたいです。

サスペンスは難しくて無理かなあ。お話を組み立てるのが……。

キャラクターの過保護な母親みたい

──ストーリーを緻密に組み立てるよりは、思い付いたままどんどん描いていくタイプですか。

作品によりますね。「どぶがわ」は何も決めなかったんです。プロットも描かず、キャラクターも考えず。




──えっ。右脳で感覚的に描いてる感じですかね。

そうですね。ストーリーというストーリーはなくて。シーンを追う感じで描いていました。抑揚のない話だから絵は美しく見せたいと思って、景色を大事に。自分としてはそっちのほうがやりやすいみたいで、速く描けました。

──「繕い裁つ人」はまた違う?

「繕い裁つ人」はセリフが浮かぶことが多いです。そのセリフに向かって描いていく感じです。でも「あれ、でもこれだとこっち側の視線がないな」とか、描いてる途中で気になるようになってきて。できるだけ多面的なものが描きたいんですが……。最近は、結論をあんまり考えすぎるのもよくないなあと思うんです。自分のマンガの登場人物に、「君はこのように動きたまえ」って思っちゃってたの。過保護な母親みたいに。

──道筋を示してあげたくなっちゃう?

願いみたいな感じですね。「凛としてて」って思ってました。「あなたはその道を選んじゃダメ!」って言いたくなったり。

──なるほど、過保護ですね(笑)。

でしょう?(笑) でも最近は、自由に道を選ばせてあげなきゃと思う。

──「私はこっちに行きたいのに!」って、キャラクターが反抗してきたりしませんか。

反抗はしないけど、悲しむ。なんか耐えてるなって思います。耐えることもいいとは思うんだけど。キャラクターに厳しいのもそうだけど、ストーリーも、これまではある程度現実的な話を描くのがいいと思ってたんです。世の中甘くないし。でも最近は、作り上げたマンガの世界くらい、もっと幸福感に満たされていてほしいって思ったりします。




──それは大きな変化ですね。

いままでは「道端にもささやかな幸せは落ちてるよ」っていうのを描いていたつもりなんです。でも本当にどうしようもなくつらいときとかしんどいときに、まやかしでもいいから一時でも救いになるような、夢みたいに最高に幸福な世界も描きたいと、いまは思っています。

──現実から逃避して没頭できるのが、マンガの醍醐味だと。

うん。いままでは「現実逃避するな!」って思ってたんだけど……。それもいい、ってやっと思えるようになった。





──「繕い裁つ人」はもともと洋裁を描こうと思って始めたわけじゃないというのをKissのインタビューで拝見したんですが、そもそもストーリーの着想はどこから得たんですか。

孤独な仕事を描きたい、と思ったんです。孤独なことを描きたいという思いがずっとあって。




──1人でやる仕事の中でも、どうして洋裁を。

ほかに思い浮かばないというのもありましたし、趣味程度ですが自分で服を作ることも好きだったので。でも専門的な勉強は何もしてないし、絵も下手だからぜんぜん洋服がキレイに描けなくて……。そこは課題ですね。

──登場する仕立服は裾にボリュームがあったり、クラシカルなデザインのものが多いですね。

中世ヨーロッパを描いた映画に出てくるようなドレスが大好きなんです。衣装だけでもうっとり眺めちゃいますね。




──対して市江の服は黒が多くて、シンプルです。

簡素にしました。彼女の中ではあくまで主役はお客さんで、自分は脇役だという感覚があるんです。ひたすら自分の仕事をしっかりやるっていう生き方を描きたかったんですね。だからあんまり彼女に説教くさいことを言わせたくないんだけど、ついつい決め台詞とか言わせちゃう……。

──いまはファストファッションが全盛ですが、「繕い裁つ人」はその真逆にあるオーダーメイドの世界を描いていますよね。そうした「1シーズンで着なくなる服があるのも当たり前」というような風潮へのアンチテーゼ的な思いは込めていらっしゃるんですか。

そんなつもりはないんです。何かを批判したり一方に偏りすぎないで、いろんな側面を描きたい。

──さっきも「一面的になりたくない」と言ってましたね。

そう、そうなんです。でも知らず知らずのうちにその、アンチテーゼみたいな感じになっちゃってるなって思うこともあって。そうならないためにも視野を広げないとと思っています。






「孤独なことを描きたい」「自分ができることだけやろうって思って」 池辺葵さんのことば_b0072051_10373159.jpg












by ayu_cafe | 2014-07-03 10:35 | Trackback | Comments(0)