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2010年 11月 27日 ( 1 )

すこし“引き”のカメラ。「竜馬がゆく」と「龍馬伝」

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「竜馬がゆく」を読んで、
むちゃくちゃはまってしまったのが15歳のころ。

ソフトバンクの孫さんも(と、もをつけるのはおこがましいが)、
15歳のころ「竜馬がゆく」を読んで、

竜馬は、あんなに行きたかった海の向こうの世界に
行けずに殺されてしまった、
でも、今は、自分は、行こうと思えば、行ける、
なら、行かなきゃ、と決めて、16歳でアメリカに渡った。



わたしは、アメリカには行かず、
ただひたすら、何度もその本を読み返した。


主人公のキャラクターもおもしろい、
日本の奇跡的な無血市民革命のキーマンだったという
史実も面白い。

でも、いちばん感じたのは、

これは、なにより、司馬遼太郎というひとの
書きっぷりが面白いなあ、

ということ。



で、なんども読み返す。

いまは、絶対にしないが、若気の至りで、
かっこいい、いい、と思った
くだりや、フレーズがでてくると、
文庫本のページの角を折っていく。

そしたら、大量のページを折っていた。
(上の写真は、折れてるところにピントを合わせているつもり)

で、折ったところを読み返す。
くりかえし。
15歳の夜がふけてゆく。
という感じ。





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「龍馬伝」がはじまる時、

白洲次郎のドラマで大好きになった大友啓史さん(きゃーっ)が

チーフ演出をされると聞いて、期待MAXで放映日を待った。



でも、見始めて違和感を感じた。


龍馬が若い頃、地元の堤防づくりの監修役のようなものになるんだけど、

ぜんぜん村人が協力してくれない。

雨のふるなかどろだらけで絶望する龍馬。



そんな龍馬は、見たことがなかった。




ぐいっとひきこまれたのは、だいぶ終盤、

土佐の参政、後藤象二郎が出て来るあたりから。

この役者の面構えはいいなあ、と思った。

そして、カメラが、すごく、この面構えに惚れているように感じた。

西郷、桂、にくらべて

後藤は、たっぷり描かれている。(ように思う)



「龍馬伝」終盤のストーリーラインの肝は、

おそらく後藤と龍馬の関係性だと思う。



福山さんも言ってるけど、

最終回からふたつ手前の「土佐の大勝負」の回は、

実質上の「龍馬伝」のクライマックスだと思う。



豪快、横柄、奔放な、後藤像二郎が、

土佐の大殿様、山内容堂に、泣きながら

「次から次へと大事を成し遂げてゆく
あの男(龍馬)が、ねたましかったとですっ」

と畳に頭をこすりつけながら、叫ぶシーンはほんとうによかった。


ヒーローではない、ヒーローにはなれない、

われわれがそこにいた。



そして、大政奉還という奇策中の奇策を、

龍馬と後藤で、容堂公に、直訴し、受諾されたあと、

ふたりで、立ち上がり握手するシーン。



この回は、ラストシーンも素晴らしい。

大政奉還建白を、容堂公が受諾し、

大仕事のひとつを終えた龍馬が、

かつて、なにもかもに嫌気がさして捨てた

土佐の海を、浜辺で、満足げに見ている。


ふらりと、乙女ねえやんがやってきて、

ぽつぽつと話す。



龍馬が、

「この大仕事が終わったら、

みんなで船にのって、世界をまわろう」と言う。


ふたりで、砂浜に、枝きれで、世界地図の絵を描く。


このシーンを、カメラは、とても高いところから、

真俯瞰で、とらえる。


この「絵」が凄まじくいい。


oasisのall around the worldのシングルのジャケットみたい。





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俯瞰。


そう、龍馬伝に最初に感じた、違和感と、新しさは、

ならべく俯瞰でこの人物を捉えているところだ。



最近、竜馬がゆくを読み返したら、

おそれおおくも、この本のほうに違和感を感じてしまった。


ヒーローという前提のヒーロー活劇になっている。


これは、エンターテイメントとして大事だし、

15歳の男の子を夢中にさせることこそ、物語の真髄と言えるかもしれない。



でも、いまのわたしが読むと、

作者が主人公を好きになりすぎている、と感じた。



いままでの龍馬モノの多くは、みんなこのラインだった。

幕末に、ブーツとピストル、自由な生き方。。



後藤象二郎が、気になる、龍馬モノなんてなかった。

(竜馬がゆくでも、後藤象二郎のくだりは、
あまりにも、さらりと進んでゆく。)




「土佐の大勝負」の回で、もうひとついいシーン。


明け方、絶妙な蒼い空気の中、

縁側で山内容堂が酒を飲んでいる。

「武士の世を終わらせるか。。」

とつぶやいて、

側にいる後藤に杯をわたし、無言で酒をついでやる。


後藤が、感無量のまま、酒をのみほす。


やっぱ、後藤、いいわ。




と、こんな感想が出てしまう龍馬モノは、なかった。







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思えば、大谷演出の肝はlive感だと思う。

カメラがいつも、俯瞰気味にすこし引いて、

空気もろとも、とらえようとする。


だから、光や海や、殿様の間の水平ラインの美しさが

印象に残る。

ドラマの記憶が、実際の記憶のように残る。


※大谷さんの捉える海の「絵」は、ほんとうにいつも美しい。



これから数時間後にはじまる最終回の

暗殺者のキャスティングは、

ブランキージェットシティの中村達也

SION(!)

そして、ドラマ白洲次郎で、青山二郎役を

怪演した、歌舞伎の市川亀治郎。


liveと言えば、これ以上のliveは、ないのではないか。

楽しみ。





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「龍馬伝」の龍馬は、

堤防づくりで、村人がゆうことを聞いてくれなくて絶望している。

長州に、薩摩に、土佐に、長崎のグラバーに

何度もあたまを下げて、交渉、調整をしている。


大変、大変、おこがましいけど、

いま、組織づくりで、くたくたになっているわたしにとっては、

他人事とは思えない。


ヒーローがその天賦の才能で、問題を解決、

という感じではないので、逆にひきこまれる。




外敵がそこまで来ているときに、

自らの小さな藩レベルの範疇にこだわる。

プライド、保身。

どうして、国レベルで、世界的な視野で

ものを見れないのか。



龍馬は、あたまをさげて、ことが進むなら、

どんどん下げる。

※プライドが命の武士の時代に
このメンタリティがすごいし、
この描写も素晴らしい。


グラバーに、

で、あなたの取り分は?

と聞かれる。


福山龍馬があの笑顔で答える。


「私心があっては、志(こころざし)とは言わんキニっ。」



龍馬にももちろん、私心はある、

国際貿易という夢がある。

でも、自らのビジョンや自らの環境づくりのためには、

私心や小さなプライドを大事にしていては、たどりつけない。



自分の業務範囲はここまで。

自分の組織範囲はここまで。

言われていない。

決まっていない。

プライドがゆるさない。

人同士、組織同士の激しい嫌悪、憎悪。



これでは、外敵がそこまできているのに、

内紛でいきりたつ幕末の諸藩と同じだ。。




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俯瞰の視点。

すこし“引き”のカメラ。




龍馬のような人物が、国際的視野と

当時、相当急進的だった民主主義の思想を体得し、

俯瞰の視点で、市民革命に従事したことは、

歴史上の奇跡のひとつだと思う。

その奇跡から、現在がもたらされているのだとすれば、

これもまたひとつの幸運かもしれない。






「土佐の大勝負」の回で、

山内容堂が龍馬に言う。

「おまえの仲間、武市半平太を切腹させたわしが憎いか?」



龍馬がこたえる。


「憎いです。

この土佐の古いしくみが憎いがです。


でも、母上は、わたしに教えてくれました。


憎しみからは、なんちゃあ生まれやせん、と」







やっぱ、あの回が、クライマックスだ。
by ayu_cafe | 2010-11-27 14:06 | ayuCafe TV Bar | Trackback | Comments(2)