クマは思った。
成功も評価も仲良しもいらない。
ギターのオープンコードと声質で
北の山小屋の窓を
パラパラとたたく雨粒になりたい。
湖面をすべる波紋に、
白い花をくぐる小径に、
薔薇がこぼれる雨の日に、
ボヘミアのウェールズのカレリアの
アンデスの遠野のロシアの
そよぐ景色に、なりたい。
子ぐまが訊いた。
作品ってなに?
クマが答えた。
暮らしだよ。
早起きの鳥、至らなさ、目玉焼き、
庭の紫陽花の切り花、
おすそわけ、ひとに言えない悪意、
新調したテーブルクロス
花から採った種の乾かし方。
だから、大丈夫。
比べるものじゃない。
きみの暮らしのまま
うたえばいいよ。
調子が悪い日はどうすればいいの?
子ぐまが訊いた。
クマが答えた。
調子悪いモードに切り替えるのさ。
元気モードのままだと
落差に気が滅入るから。
調子悪いモードで
最低限のことをして
こっそり生きる。
あとは丸くなって眠る。
すべての窓を閉めて
好きな絵のことだけ考える。
静かな海の底で。