ayuCafe

12月25日のayu家

b0072051_1264356.jpg




12月25日のayu家。

バラがおわりそうだったので、

ぽろぽろこぼれる花びらをお皿に。





b0072051_128127.jpg



ゆりは、まだ終わっていない。

おわりかけの花の愛おしいことといったら。








b0072051_1292258.jpg



赤赤の朝食。

ただでさえ、甘いりんごの焼きりんごシナモンがけは、

それだけでお菓子みたい。

「ギター弾きの恋」っていう映画のサントラを聞きながら。









b0072051_12145719.jpg



ロンドンは、大雪。








b0072051_1215479.jpg



くまにもゆとり。








b0072051_12165469.jpg



やばいうさぎ。









b0072051_12175914.jpg



3Dもみの木。









b0072051_12192974.jpg



ピンポーンと、エルメが届く。

わたしから父への退院のお祝い。




b0072051_12221037.jpg




b0072051_1221221.jpg


宅配の箱が、宅配の箱史上最高にかっこいい。




b0072051_122318100.jpg


保冷剤を包んでる紙が、保冷剤を包んでる紙史上最高にかっこいい。





これは、母がプレゼントする用に、妻が頼んでくれたもの。

b0072051_12263445.jpg








ピンポーン、と北イタリアからワインが到着。

b0072051_12274687.jpg




rieさんにお願いしたピエモンテの赤と白。

今年のクリスマスのワイン。


b0072051_122930100.jpg



夕飯が楽しみ。








妻がやってるiPhoneのゲームのクリスマス島

b0072051_12391861.jpg











b0072051_12303848.jpg



むーーーーーーーーーー。






b0072051_12315854.jpg



ガブリッ。
(↑弱気になってるひまなんかないぞ&クリスマスガブリ)









メリークリスマス。


b0072051_12332776.jpg

# by ayu_cafe | 2010-12-25 12:34 | | Trackback | Comments(4)

クリスマスのお守り

b0072051_9115756.jpg




12月24日。


早朝出勤、終電帰宅の毎日。

年末進行の膨大な今日のチームのやることメール制作。

社長とプロデューサーの方と人事の相談事。

クライアントへ出向き、今後の建設的な対策協議。

再び、社長とプロデューサーの方と人事の相談事。

スタッフと面談。スタッフと面談。スタッフと面談。



あれれ、身体、ちょっと限界かも、なんて、思ってたら、


赤いニットを着た同僚の女の子がやってきて、

旅行のおみやげをくれた。



「ブログ読んで、相澤さんのご家族、入院したりで、
大変そうだから」


と、京都仁和寺の無病瓢箪。



!!!!!!!!!!!!!!!!!!



会社やめとかなくてよかった〜。

限界?なにが?
(↑すぐ立ち直るタイプ)




なんてことが起きるんだ、日常は。


24日クリスマスイブも終電だったけど、

ぜんぜん幸せ。




たぶん、いちばんしんどい年にもらった

クリスマスのお守りがあるから、

家族に光が灯り、

一生がんばれる。

ありがとね。
# by ayu_cafe | 2010-12-25 02:05 | 友人・同僚のこと | Trackback | Comments(0)

ずっとずっとずっとロックンロールは惨めな自分にそれでいいんだと、大丈夫だと囁いてくれたじゃないか。

b0072051_23405341.jpg





*大谷さんのブログから。





もうすぐ2010年が終わる。

私が東京来たのが
1991年だから、
もう20年もたつ。


いろいろいろいろいろいろいろいろやってきた。
やってやって
なんとか生きてきた(笑)


2005年
仕事をなくした我々ダイノジ。なかったね〜仕事(笑)
まぁ今年も相当だったけど(笑)

家賃15万円なのに月の給料18万円みたいな。
保険払ったら残金ゼロ。
もうね、笑うしかなかった。
ははは。

そうだそうだ
2005年のこと。

暮れの単独ライブの打ち上げ、
その代わりに渋谷の青い部屋で初めてDJイベントをやった。
そのまま、rockin'on主催のフェスティバル
COUNTDOWN JAPAN
FES05/06の大晦日、の22時、DJという形で初めて出演した。

のちの嫁も
客席にいた。
彼女妊娠していた。
踊りまくるお客さんを観ながら、
私の頭にはいろんな場面がコラージュされて再生された。

最後の曲
小沢健二の

「強い気持ち強い愛」

なぜか用意した巨人帽を指差し
(笑、今だに意味わかんない。巨人愛とかけたんだよなぁ〜)、
キョトンとしたお客さん相手に私は微笑んだ。

この「強い気持ち強い愛」の何が好きかって、
人生とは過酷で辛辣なことの連続で涙を流すことも時に僕らにはあるが、
それでも日々の中、祈ったり、希望を持ったり、そして他人と心を通わせることで、
救われたり許されたり、生きていくこととはそういう気持ちや愛を真摯に伝えて、
伝わっていく連続なんだと言ってるようで好きなんだ。


そして俺はまたニヤリと笑った。

そうだ。
俺、
家族ができるんだ、と。

2005年の頭。

義父が殺された。
いや、正式には父親ではない。いわゆる母にとっては内縁の夫というやつだ。

その人は中野さんという名前で、母子家庭の大谷家に、私が8歳のころ、突然現れた。

中野さんはタクシー運転手だった。

家出して補導されたとき帰りは中野さんのタクシーの中だった。
外ばかり見てる私に中野さんはニコニコ笑いながら
大丈夫大丈夫と言った。


私がリンチにあって血だるまになった高校三年のとき、
病院にタクシーで連れて行ってくれたのも中野さんだった。
中野さんは焦りながら早口で
大丈夫大丈夫
と言った。


芸人なって、テレビなんか出てないのに、
私らは無謀にも故郷凱旋ライブを企画した。
それがどんなにかっこ悪いことかわかっているが、
母に自分の仕事を見てもらいたかったのだ。

チケットはもちろんさっぱり売れてなかった。

佐伯駅に迎えに来た中野さんのタクシーの中は
私たちダイノジのライブのチラシをコピーしたものが張り巡らされていた。

大丈夫、大丈夫、お客さん来ますよ、
中野さんはバックミラー越し、私にそう言った。

その中野さんが2005年の頭、中野さんの実弟に殺された。
正月、酒に酔った中野さんの弟は口論の果てに、包丁で心臓をひとつき。


即死だった。

私は今だに狂気を暴力にしか転換しないやつが好きじゃない。
殺すことはねー。殺すことはさ。

母の狼狽は激しく、電話越しでひたすら泣き続ける母に
私は何か言葉をかけてあげることもできなかった。


私はその時、テレビの生放送に向かった。
久しぶりのテレビ。

成人式の生中継。
張り切っていた矢先のことだった。


結局一度も笑いをとれずに生放送は終わった。
自信のあったネタも会場に集まった新成人に全く受け入れられなかった。
当時はスベッたことをネタにする余裕もなかった。


エンディングで手を振りながら、涙がこぼれた。

なんで泣いたんだろうか。
惨めで惨めでたまらなかった。

そして、実の弟に殺された中野さんが可哀相で可哀相で。


寝ようと思っても中野さんとの思い出とつまんなそうに
私らを見る成人の連中の顔が交互に現れては消えていく。

奥歯をギュッと噛んで布団に潜った。

母は中野さんと籍をいれてなかったので遺骨をうけとれなかったが、
せめてもと墓は母が借金して建てた。

同情するしかなかった。母が不憫でしかたなかった。

子ども二人、育てあげて、大学まで行かせて、
今は芸人、しかも全く売れてない。
母に申し訳ない気持ちとどうでもいいやという諦観が
入り混じった不思議な気持ちだった。


夏。
私は久しぶりに実家に帰った。


母は背中を丸め疲れきっていた。

祖父の介護も加わっていた。


中野さんの墓参りに行った。
蝉の鳴き声がやかましい佐伯の
山林にある質素な墓の前で手を合わせた。

この町に対する愛憎
が込み上げてきて吐き気をもようした。

いいことばかりじゃなかった。悪いことばかりでもなかった。
私が見てきたこの町の風景は私に
いつもいつも辛辣な現実を気づかさせてくれる。


私は絶体絶命だったのだ。芸人としての仕事がないこと。
母に言えなかった。

墓参りを終え、母の手を握りしめた。

そんなことをしたのは初めてだった。
私は聴こえるか聴こえないかの声量で
大丈夫大丈夫
とつぶやいてみた。


東京で暇を持て余す私に気分転換にと
rockin'onの兵庫慎司さんがDJをしないかと誘ってくれた。


DJって、と一度断りのメールを送ったあと、
やっぱりやりますとメールを送り返した。

夏に初めてお芝居の戯曲を書かせてもらった。
そのタイトルが
「サマーソルジャー」
今も付き合いのあるタカアンドトシらが出てくれた舞台。

「サマーソルジャー」
サニーデイサービスで一番、
いや夏の歌で一番好きな曲のタイトルだった。

これを大音量で聞いてみたかった。


いや、違うな。
本当はギャラが魅力的なだけだったのかもしれない。金なかったもの。


ポツポツと集まったお客様の前で、
CDJの使い方を5分だけ教えてもらい、
緊張しながら曲をスピン(笑)してみた。

DJはまったくうけなかった。お客さんは終始無反応で、
一番後ろのテンガロンハットの太った女性のお客さんから
「芸人かえれ〜やめろ〜」とヤジられた。

唯一心配になって見に来てくれた相棒とのミニコント風のやりとりだけがうけた。


うけないと悔しいからそっから研究して、
再度違うイベントに出させてもらったとき試してみた。
みんながちょっとだけ踊りだした。
それはなかなか面白い経験だった。


必ず遊びに来る相棒とのやりとりも段々と様になり、
そのうち相棒がダンスや流行ってたエアギターをやりだした。
そのたんび急に踊ったり暴れたりするお客さんを見るのが楽しくなってきた。
だんだんとみんなの踊りが激しくなってきたとき、
ちょっとネタっぽいことやってみるかとか、ボードでサビを教える作業をしてみたり。

ここにいる連中は狂気を暴力でなく踊ったり、
叫んだり、歌ったりすることに転換していた。

笑い顔、笑い顔、笑い顔。

それは人間だけの特権だ。


そんな頃に子どもができちまった。


金はないけど産むことにした。

相手は19歳の女だ。
ずっとずっと芸人ダイノジを応援してくれてたファンって奴だ。
ファンと結婚するとかどうかと思うと周囲から散々言われた。

正直どっちでもよかった。
外野の声などどうでもよかった。

今より金もなくなるが、産むと言ってくれた彼女に賭けたかった。

環境を変えるとか、そういう最もそうな理由もありそうだが、そういうことじゃない。

女房は大学に行っていた。大学の先生は休学を勧めたが、
二人で話し合って退学することにした。

向こうの親にはこっぴどく叱られた。当たり前か。
親戚の人なんてわざわざ酔っぱらって電話してきてずっと説教だ。
ごもっともですと思いながらも少し傷ついた。


名古屋の彼女の実家に挨拶に行った。
お店を予約した。場所は中日ドラゴンズの選手なんかも
食事に来る小料理屋を知り合いが予約してくれた。
名古屋は雨だった。
店で母親と待ち合わせた。大分から来た母は寒ぶりを
一匹まるこど抱えて店の前でずぶ濡れになっていた。
私と母は店に入るなり土下座をした。
前日、怒る練習をしていたという嫁のお父さんは、しばらく黙って一言。


よろしくお願いしますと言った。

私に父親ができた。
私はなかなか頭をあげない母親の横で私の母親はこの人なんだと改めて思った。

2005大晦日、初めてのDJを終えた私は音楽の仕事も
真剣にやってやろうと思った。どの芸人にもできない了見でやってやろうと思った。

私は得体の知れないエネルギーをいただいた。

私は嫁の腹をさすりながら大丈夫大丈夫とつぶやいた。

大丈夫、そう、
オールライト。

プレスリーが初めて吹き込んだロックンロールナンバーもそんなタイトルだ。

ずっとずっとずっとロックンロールは惨めな自分にそれでいいんだと、
大丈夫だと囁いてくれたじゃないか。

ふと思った。
この子が自分で私の息子として生きることを選んでくれたんだと。

逆指名のような。


この子が自分に伝えてきてくれているような気がした。
私がこの子の父になるのでなく、この子が私を父にしてくれるんだと。

私には父親がいなかった。
私たち家族には中野さんしかいなかった。
その中野さんならきっと産めよといいそうな気がした。

大丈夫、大丈夫と言いながら。
あの日のように。


長い階段をのぼり 生きる日々が続く
大きく深い川 君と僕は渡る
涙がこぼれては ずっと頬を伝う
冷たく強い風 君と僕は笑う
今のこの気持ちほんとだよね
[小沢健二 強い気持ち強い愛]


2010年が間もなく終わる。

これを読んでいる皆様にいいことが沢山ありますように!

いつもいつもいつもいつも本当にありがとう。

大丈夫、大丈夫。
君は絶対大丈夫。


メリークリスマス!
幸せを祈るよ

2010年12月24日
大谷ノブ彦
# by ayu_cafe | 2010-12-24 23:34 | non category | Trackback | Comments(0)

現地時刻 Porto,portugal 8:00am

b0072051_1844072.jpg




きりりと寒い早朝のバス停。


いつもの時間、はじまりの時間。


朝のあの期待感と不安感。


いつもの時間だけど、まったく新しい時間。


みんな、どんなことを考えているんだろ。


昨日届いた手紙のこととか。


今日会える好きなひとのこととか。


気の重い仕事のこととか。(わたしのように)


テストのこと、たべもののこと、


読んだ本のこと、観たい映画のこと、


病気のこと。


あやまりたいひとのこと、


遠く離れたひとのこと。



新しい習い事をはじめてみようか、とか、

やっぱりこの仕事、もう限界かも、とか。

クルマ、修理に出さなくちゃ、とか。

プレゼント、なににしようか、とか。



それぞれがそれぞれ別の方向を向いて、


新しい一日をはじめようとしている。


うしろの世界遺産に、あたたかい朝日があたりはじめる。
# by ayu_cafe | 2010-12-23 18:05 | 現地時刻 | Trackback | Comments(0)

一度だけ魔法が使えるとしたら、何に使う?

b0072051_782527.jpg





浅井健一さんへの
100の質問から、抜粋。





Q19 10年前の自分にアドバイスするとすれば?

10年前…バンド解散したときか。
そうだね…「そのままでいいよ、
やりたいようにやりなよ」って。



Q36 好きな季節は? 
また、春夏秋冬、それぞれのイメージは?

変化する、季節の変わりめが好き。
ずっと冬だったら暖かくなると嬉しいし、
ずっと暑かったら涼しくなると嬉しいし。
イメージは、春と言えばひな祭り、
夏と言えば海水浴、秋と言えば金木犀、
冬と言えば雪だるま、って感じかな。



Q53 浅井さんにとって、中村達也とは?

すごいいいヤツで、すごい大好き。
いつまでも好きだし、
今はあんまり会ってないけど親友だよ。
あんまり会わない親友。



Q99 「友達」とは?

一緒に雪だるま作ったり、
雪合戦したりする相手のこと。








*一番好きな質問と答えは、これ*








Q83 一度だけ魔法が使えるとしたら、
何に使いますか?


使いたくない。
# by ayu_cafe | 2010-12-22 07:01 | ayuCafe Music Bar | Trackback | Comments(2)

ほら、ローズマリーの匂いがするでしょ。

b0072051_2134282.jpg




庭のクルマを入れるところに、

ローズマリーやハーブがわしわしはえていて、

スカボロフェアーエリアになっている。



とりわけ、ローズマリーのたけだけしい

繁りっぷりは見事。




このところ、父の病院に行ったり、

母が完全に復調していないので、

母の買い物に行ったりで、

よく家のクルマ、ユーノス500を使う。



母が降りやすいように、

ユーノスを反対側のローズマリー側に寄せてとめる。



そうすると、運転席に乗り込むとき、

ローズマリーをかきわけて、

ローズマリーにもまれて、乗り込むことになる。



なんどか、ユーノスで出掛けた日には、

着ていた、ハワイで買ったアバクロンビー&フィッチの

セーターパーカー?が、すっかり、

ローズマリーにまみれた。



いま、おれ、丸焼けになったら、

いい感じの香味風ステーキのできあがりだよ。。

と思いながら、



助手席の妻に、こう言って、

アバクロの腕の部分の匂いをかいでもらう。




「ほら、ローズマリーの匂いがするでしょ。」
# by ayu_cafe | 2010-12-19 21:48 | 花と樹と庭のこと | Trackback | Comments(2)

「好奇心」って見たことある?

12月は、父の誕生日。

またまた、ニシマギさんにお花をお願いしました。

(マギさんには、このところ月イチオーダーになってしまいました。)


さて、どんなお花を頼もうか。。



父は、65歳で定年になってから、

ダイビングと、彫刻と絵画と声楽をはじめました。

ハワイでは、おもいきっていいウクレレを買ってきて、

家の日のあたる居間で、ウクレレを練習しています。

(上質なコアを使ったウクレレの音は、ハワイのあの
空気が蘇ります。)



マイペースで、どこへでもすいすい出掛けて行く。




そんな72歳の父にあげるお花のテーマは。。。



「好奇心」



にしました。






マギさん、おまかせしますね、とオーダー。






期待MAXで当日まで過ごす。

(仕事が忙しい日々ではなく、
マギさんのお花を待つ日々。)





そして当日、

パリ仕込みの筋金入りの

「好奇心」が届きました。




ダイビングが好きな父のために、
南国の海に想いを馳せて
つくっていただいたのは。。





b0072051_10264919.jpg


b0072051_10291416.jpg


b0072051_10304712.jpg


b0072051_10371380.jpg


b0072051_10375840.jpg


b0072051_1038534.jpg







カラー、ランキュラス、パイナップル、

シルバープルニア、多肉植物、麦、クラインブルーの枝






実は、前日、父は、急遽入院しました。

突発性難聴、とのこと。

脳の近くの神経の炎症が原因らしい、

難病指定の症状だそうです。



入院し、点滴による長時間のステロイド投与と、

カプセルのようなものに入って、濃度の濃い酸素を

全身に加圧する治療をしばらく続け、

治療、検査、診断を繰り返しながら

対策を練っていく、とのことでした。



いろんな病気がありますね。

というか、もともと、こんなに精巧な身体というものが、

ふつうに長い年月、動いているだけで、

感動ものだ、と思っているので、

それりゃ、なんか、ほころびもあるだろ、という感じ。


そもそも、完全幻想ってよくないのに、

なぜ、安易にもってしまうのか。

完全な身体、完全な環境、完全な会社、完全な部下、上司、

完全なクライアント、完全な恋人、夫婦、

完全なクリスマス(っていう幻想もうないか)。。

すこしでも、それを満たしてないと

悲しがる、落ち込みたがる、かわいそうにおもいたがる、

なんでだろう。









届いたお花をみたとき、


そんなやわな心持ちに、まぎさんの「好奇心」が


鋭利な爪をたてているように感じました。














それりゃいろいろあるけど、

それはそれでさっさと対処して、

次は、なにをする?

次は、どこへ行く?




「好奇心」というのは、

こんなにも、鮮烈で、身勝手で、

深くめりこむ爪のように鋭利で、

強欲で、正義も悪もなくて、

ひよってなくて、群れてなくて、孤独で、

同意を求めてなくて、しなやかなで、

こんなにも元気がでるものなのか。。



そして、花というのは、表現というのは、

こんなところまで、たどり着けるものなのか。




「生半可なことでは許さない」



そう言われているようでした。




それは、わたしの好きな(まぎさんが修行された)パリの本質であり、

表現の本質でした。







さーて、どうしたものかな、と

はじめて目にする「好奇心」を眺めながら、

にやにやしてきて、楽しくなってきました。

なにか、自由にすらなってきたというか。。






父の誕生日の日の朝、

クルマの座席に、この「好奇心」をつんで

病院へ行きました。


「好奇心」を見せると

父も、にやにやして、喜んでいました。



実は、父は、学生時代に、奄美大島や、周辺の島を旅して、

その土地の方となんといまでも交流が続いていて、

毎年、はがきや、フルーツをいただいています。

この花束にあるパイナップルの小さなものも、

いただていました。

それは、マギさんには、お伝えしていなかったので、

びっくりなんです。


妻は、

このお花、ものすごくお義父さんぽいね

と言っていました。







それにしても、


これは、くよくよ、めそめそ、じめじめしがちで、

ついつい完全を求めがちなわたしのような人間への

まぎさんからの叱咤激励みたいだ、

と思いました。









※ちなみに、うちの好奇心旺盛ねこも、

興味津々でした。



b0072051_2242407.jpg

# by ayu_cafe | 2010-12-18 11:02 | かぞくのこと | Trackback | Comments(2)

「よく頑張ってるな。いいぞ」 *酒井若菜さんに学ぶ 3*

b0072051_20411743.jpg




これはもう有名な記事ですね。
酒井さんのブログは、なにより、
長文を長文と感じさせないことが
すごい。
そして、全部携帯からの入力というのもすごい。

そして、テリーさん、やっぱりすごい。





******************




記憶を辿ったら、私はなかなか恵まれている、と気づかされました。
数ヶ月前の深夜。
なかなか眠りにつけなかった私は、ベッドから這い出て、
真っ暗なリビングへ行き、テレビを点けました。
NHKの番組内で、ファッションデザイナーさん
(を目指しているかたかな?)が0円で作ったオリジナルの洋服を
出演者のかたが審査する、というようなコーナーが放送されていました。
賞をとったのは可愛らしい女の子。
名前を呼ばれた瞬間からポロポロと涙を流しました。
そして泣いている彼女の傍らで、ある出演者のかたが
「良かったな。ほんとに、良かったな」と何度も声をかけていらっしゃいました。
私は、その放送をみて、暗いリビングに灯ったテレビの光と同じくらいの眩しさの気持ちの光に「あったかいなー」ともらい泣き。
そして、何も言葉を発せずただただ涙をこぼす女の子の姿に、私の頭と心から、
記憶がワッと出てきて、リビングを更に明るく照らしました。
「私もこの人に、良かったな、と言われたことがある」
と。彼女に優しく声をかけていた出演者。
それは、テリー伊藤さん。
今となってはご存知のかたは少ないと思いますが、
私の芸能界の育ての親は、テリーさんです。
今日は、テリーさんのお話。
10年ほど前でしょうか。
エキストラと平行して、うっすらグラビアを始めた頃の私に、
テリーさん司会のある深夜番組でアシスタントをやらせていただけることになりました。
会社のスタッフも私も「テリーさんのアシスタントだ!すごい!」と
みんなで抱き合って喜んだことを今でも憶えています。
そして初めての収録日。
テリーさんを中心に、出演者のみなさんが六畳一間のタタミの上で、それぞれの席につきます。
ところが、私の席が見当たりません。
不慣れな私が現場でおろおろしていると、スタッフさんが私のところにやってきて、
一本のマジックを渡しました。
そして「きみはここで立って、出演者のみなさんが言った言葉をホワイトボードに書いて。
あと、収録中に、資料をみなさんに配って」と言われました。
そうです、私は、MCアシスタントではなく、番組アシスタントだったのです。
基本的に映りこんではいけない、黒子のような存在。
てっきりテリーさんの横で番組に参加できるものだと思って、
浮かれてマネージャーと抱き合ってしまった手前、とてつもなく恥ずかしくなりました
(今考えると、黒子だって大事な仕事なんですけどね)。
その後、ただ黙々とホワイトボードに言葉を書く収録が何週も続きました。
数ヶ月たったある日の収録。
視聴者のかたからの悩みに答える、という企画の収録中、
私が出演者のかたの言葉をいつものようにボードに書いていると、
突然テリーさんが「あなたはどう思う?」と突然私に質問してくださいました。
黒子の私にです。
ありえないことなので、音声さんが慌てて私のほうにマイクを向けます
(ピンマイクなんてつけてもらえる立場じゃなかったの)。
私は、思ったことを答えました。
一瞬の間があってから、テリーさんは言いました。
「今日から、若菜の席は、俺の隣りな」
これが、芸能人(といって良いのでしょうか)のかたに呼ばれた最初の「若菜」です。
スタッフさんの戸惑いが、私にも伝わってきます。
でも、テリーさんは「この子、面白いよ。間違いないから」と私を横に置いてくださいました。
この瞬間から、私は番組アシスタントから、念願のMCアシスタントに昇格したのです。
これ、すんごいことです。
そんな例、いまだに聞いたことありません。
そしてその後、テリーさんはたくさんの番組に私をキャスティングしてくださいました。
私のテレビの仕事の9割がテリーさんのおかげで決まりました。
私は当時、今よりもさらにダメなタレントで、自分からは一切発言できず、
いつも下を向いていました。そりゃ司会のかたも私を諦めます。そんな甘い世界じゃないし。
でもテリーさんは、何かあるたびに「若菜はどう思う?」とふってくださいました。
それは、番組を成立させるということだけではなく、
単純に私の意見を楽しんでくださっているように思えました。
私が意見を言うと、みんなが首をかしげます。
でもテリーさんは「分かる!」「そうか!」「なるほど!」と必ず肯定をしてくれて、
言葉が下手くそな私に代わって「若菜が言いたいのは」とフォローしてくださいました。
ある日は「若菜はね、若者言葉を使わないんだよな、今どき感がない。それがいいんだ」
と言ってくださいました。10代のアイドルに求められるのは、
昔も今も変わらず現代っ子感。当時の今どきといえば、ガン黒のコギャル。
一方私は黒髪の色白。しかも利口じゃない。番組から求められる要素なんて一つも持っていない。
でも、テリーさんは「面白い、面白い」と言ってくださいます。
ある日は、私が珍しくテリーさんとは関わりのない番組に出させていただくことになった時、
その番組のスタッフさんに「実はこの前テリーさんがゲストで出てくださったんですけど、
その時『酒井若菜っていう子がいるんだけど、面白いんだよ』っておっしゃってたんで、
今回声かけてみたんです」と言われ、驚きました。もう、バーターどころじゃない、と。
ここですごいのが、当時、愛人疑惑まで囁かれていたらしいのだけど、
私ね、疑惑が出たときに初めて「テリーさん結婚してるんだ~」と思ったくらい、
っていうかいまだに既婚者か未婚者か知らないくらい、プライベートのつながりがなかったんです。電話番号すら、交換したこともないんですよ。すごいですよね。
そして、特に思い出に残ったある日。
ある番組の収録で、海に行ってみんなで絵を描きました。
私はものすごく絵が下手です。そして、色彩感覚というものがありません。
ただ、すごく天気が良かったので太陽が海に射して、とても青だけには見えなかったので、
赤や茶色やグレーを混ぜて海を描きました。
出来上がった絵を見て、自分で「気持ちが悪い」と思う・・。
芸術的な絵ならともかく、単純に下手だからタチが悪い。
そしてみんなで出来上がった絵のお披露目。
みなさん、すごくお上手。
一方私は、気持ち悪い。
自他共に認める真面目人間で機転の利かない私は、気持ち悪がられることを
「おいしい」とは思えず「青だけで書けば良かった」とひどく後悔。
が、ここでテリーさんおっしゃいました。
「だめだなぁ、俺いつの間にこんなつまんない感覚持つようになったんだろ」
と。そして、
「5分ちょうだいよ。書き直し!」
とまた浜辺に座り込んで絵を描き始めました。
5分後。
テリーさんが見せてくださった絵を見て、泣きそうになりました。
赤や茶色やグレーをメインに、色という色を全て使って、画用紙いっぱいに、
大きくてカラフルなエビが、どおーんと描かれていたのです。
もちろん浜辺からエビは見えません。だけど、テリーさんは海を見ながら、
圧倒的なイマジネーションでそのエビを描かれたのです。そのエビがすんごい存在感で、
またかっこよくて、カラフル具合も含め、私にはそのエビがテリーさんの自画像に見えて、
めちゃくちゃ感動。
テリーさんは言いました。
「これくらいがいいんだよ。ありがとな、若菜」

数年後。
その頃私は、グラビアを卒業して、演技をメインに仕事をしていました。
テレビ局で、偶然テリーさんとすれ違い、私はご挨拶をさせていただきました。
が、テリーさんは「あ、うん」と言うだけ。
簡単に心が折れた私は「私のことなんて忘れちゃったんだろうな」と思いました。
次の日。当時やっていたブログにこんなコメントが。
『今、テリーさんのラジオを聞いていたら、若菜ちゃんの名前が出ましたよ。
好きな女優を聞かれて「酒井若菜に決まってるじゃないか」って』
ちょうど自信を失っていた時期でした。
私は、テリーさんにタレントとして育ててもらったのに、
女優の道を選んだので、私を女優として、更に「好きな」と聞かれて
名前を出してくださったことがあまりにも嬉しくて、コメントを読みながらポロポロ泣きました。

更に数年後。
私は休業あけ。仕事もうまくいかず、俯く日々。
姉から電話がきました。
「今、テリーさんがあなたの名前をテレビで出してくれたよ」
「え?なんて?」
「テリーさんの先見の明についての話をしてたらね、
テリーさんが『俺が見つけた子はみんなすごいんですよ、酒井若菜とかね』って言ってた!」
・・・ポロポロ。
当時の私は「酒井若菜を見つけたんだ」と引き合いに出したところで
「あの酒井若菜を」とはとても言えないくらいの存在(今もだけど)。
でも、当たり前のように名前を出してくださっていたことが、信じられないくらい嬉しかった。
そして、まさかの数日後。「あ、うん」以来、テリーさんと偶然テレビ局で会いました。
私の控え室を、別の番組でいらしてたテリーさんが訪ねてきてくださったのです。
顔を見た瞬間に号泣した私。
ラジオの件とテレビの件のお礼を言うと、テリーさんは「当たり前のことを言っただけだよ。
酒井若菜に決まってんだろ」と笑いました。
泣き止まない私に「よく頑張ってるな。いいぞ」と声をかけてくださいました。
そして、「良かったな」と。

数年に一度、極端に自信がなくなった時、必ず目の前に現れてくださるテリーさんは、
私にとっての救世主。
本当に、嬉しい。

そして最近。
ニュース速報の監督が「なんでみんな酒井若菜に気づかないんだ、って憤りを感じる」
と言ってくださいました。
それを横で聞いていたマネージャーのテキーラ娘が「私はとっくに気づいてます!
だから悔しいです!」と地団駄を踏んでいました。
その光景を、私はしっかりと目に焼き付けました。
テリーさんの言葉を今でも思い出すように、数年後まで、
この光景が私の支えになることは間違いないからです。
そしていつか、今度こそは
「あの時から、この人達だけは、私に気づいてくれていたのよ!」
とみんなの名前を出すんだ。
「すごいでしょ、あの人たち」って。
そう言えるようになるまでは、私、頑張る。

昨日今日と、珍しく電話がたくさん鳴った。
他愛もない話ができる彼女達も私の支え。宝物。
よく考えたら、ずいぶん多くの人に支えられていました。
何だかすごく嬉しいね。

心がおぼつかない夜に、優しさを確認する。

よく眠れそう。
ありがとう。

明日も温かみのある1日を。

ごきげんよう
# by ayu_cafe | 2010-12-11 20:30 | non category | Trackback | Comments(0)

iPhoneの中の雪のパリ。

b0072051_23144836.jpg




iPhoneの中の雪のパリ。



寒そう。。
# by ayu_cafe | 2010-12-10 23:10 | ayuCafeパリ案内 | Trackback | Comments(0)

笑ってばかりいるカップル

b0072051_1285529.jpg



「古い諺では10代の頃を箸が転んでもおかしい年頃といいますが、
最近わたしは多くの10代の若者が
お互いに怒りや悲しみをぶつけ合っているように感じています。
ジョンとわたしが出会ったのはとうに10代など過ぎたあとでした。
けれども、わたしの2人の思い出というのは、
2人は笑ってばかりいるカップルだったというものなのです」

yoko ono
# by ayu_cafe | 2010-12-10 01:24 | non category | Trackback | Comments(0)

猫アドバイス

b0072051_0324232.jpg



ひとつも、ひとのせいにしないと、

ぐっすりねむれるよ。
# by ayu_cafe | 2010-12-07 00:28 | ayuCafe ねこ Bar | Trackback | Comments(2)

師走

b0072051_10471554.jpg





徹夜明け、早朝の品川駅にて。


彼も忙しそう。。
# by ayu_cafe | 2010-12-01 10:44 | | Trackback | Comments(2)

かんこくのおみやげ

b0072051_1532558.jpg

b0072051_1541950.jpg

b0072051_1544825.jpg





カムサハムニダ!!!!!





(ってゆうか、ゆきさん、
おみやげで、センス炸裂されると、
わたしが、おみやげ選ぶ時のハードルが
あがってしまい
困ります。。笑)
# by ayu_cafe | 2010-11-30 01:55 | 友人・同僚のこと | Trackback | Comments(0)

冬じゅう畑に放っておかれたカボチャの気分よ。

b0072051_891814.jpg




日曜日、近くのショッピングモールへ

母と妻と行った。

母は、怪我後、あまりでかけてなかったので、誘った。


みんなで、モールの中にある、指圧をやってもらう、

と言ったけど、母は、それより、久しぶりにお店をたくさん見たい

と言うので、妻と私で、指圧に行った。



指圧にはたまに行くけど、

わたしは、よく、指圧するひとに、肩甲骨がみつからない、

みつかっても、指がなかなか入らないと言われる。


自分ではあまり気づかない。



ただ、今年は、10月までまれにみるハードな仕事にとりくんでいたので、

それが終わったら、一回、倒れよう、と思っていた。

胃にポリープもあることだし。。



でも、組織改善の仕事がはじまり、

毎日終電で、もっとハードになってしまった。

いまも継続中で、なるほど、肩甲骨が見つけづらくなるのも

無理はない。。などと、ひそかに納得。





b0072051_816717.jpg





指圧の隣に、新しくハワイのお店ができていて、

フードスタンドもあって、指圧後、妻と、ちょっとのぞく。


あ、ロコモコある、スパムむすびも、あ、マラサダもあるよ、


と、一度ハワイに行っただけなのに、知ったかぶり。。


マラサダは、ハワイに渡ったポルトガル人によるふわりした

甘いパン。



テイクアウトする。


一階の両親たちにふたつ。

二階のわれわれにふたつ。

ブラウンシュガーとシナモンをふたつづつ。


一番の番号札でお待ちください。


と言われて渡されたのは、貝殻の番号札だった。





b0072051_8211139.jpg





ホカホカのマラサダを持って、

母と待ち合わせのタリーズコーヒーへ。

母は、本屋さんで、ターシャテューダーさんの新刊を買って、

それを読んでいた。


ぜんぜん、まだまだ見きれなくて


と母が言うので、見て来ていいよ、と言って、

途中で、別れた妻にも、

ゆっくり見てていいよ、とメールする。



ロイヤルミルクティーを飲みながら、

ターシャの本をめくる。




b0072051_8252989.jpg





これは、ターシャさんの最期までの言葉を載せた本。



この帯のフレーズも、いい。


でも、不満はないわ。今は今で幸せだから。







本の最後のページの方になってくると、

どんどん緊張してくる。ああ、最期かと思う。


でも、ターシャさん、こんな調子。



**********************


だれかに支えてもらわないと、

どこにも行けなくなっちゃったわ。

足がマカロニみたいなの。


**********************


今の気分?

冬じゅう畑に放っておかれたカボチャの気分よ。


**********************







わたしは、別に園芸が特に好きなわけではなく

こんなターシャさんの豊かさと余裕と強さが好きなんだ、

その精神性のあらわれとしての彼女の庭が好きなんだ、

と思った。





b0072051_8323653.jpg













ロイヤルミルクティーを飲んで、母と妻を待ちながら、

ふと思った。



いま、ここで、こうしていられるのは、

長いハードな時間を過ごしてきたからだ。

ふらりと来て、ふらりとお茶をしているわけではなかった。


そういう意味では、

たいしてとりえのないわたしが、従事できる仕事があってよかった。


悩むことのできる、苦しむことのできる、

それをきっかけに成長することのできる仕事があってよかった。

そういう、日々があってよかった。


その果てに、こんな、森の中でぽっかりと急にひらけた

草原みたいな時間が、ごほうびみたいに、もたらされる。




母と妻をのんびり待ちながら、

そんなことを思った。







b0072051_8424524.jpg

# by ayu_cafe | 2010-11-29 08:46 | かぞくのこと | Trackback | Comments(0)

すこし“引き”のカメラ。「竜馬がゆく」と「龍馬伝」

b0072051_8413792.jpg



「竜馬がゆく」を読んで、
むちゃくちゃはまってしまったのが15歳のころ。

ソフトバンクの孫さんも(と、もをつけるのはおこがましいが)、
15歳のころ「竜馬がゆく」を読んで、

竜馬は、あんなに行きたかった海の向こうの世界に
行けずに殺されてしまった、
でも、今は、自分は、行こうと思えば、行ける、
なら、行かなきゃ、と決めて、16歳でアメリカに渡った。



わたしは、アメリカには行かず、
ただひたすら、何度もその本を読み返した。


主人公のキャラクターもおもしろい、
日本の奇跡的な無血市民革命のキーマンだったという
史実も面白い。

でも、いちばん感じたのは、

これは、なにより、司馬遼太郎というひとの
書きっぷりが面白いなあ、

ということ。



で、なんども読み返す。

いまは、絶対にしないが、若気の至りで、
かっこいい、いい、と思った
くだりや、フレーズがでてくると、
文庫本のページの角を折っていく。

そしたら、大量のページを折っていた。
(上の写真は、折れてるところにピントを合わせているつもり)

で、折ったところを読み返す。
くりかえし。
15歳の夜がふけてゆく。
という感じ。





********************************





「龍馬伝」がはじまる時、

白洲次郎のドラマで大好きになった大友啓史さん(きゃーっ)が

チーフ演出をされると聞いて、期待MAXで放映日を待った。



でも、見始めて違和感を感じた。


龍馬が若い頃、地元の堤防づくりの監修役のようなものになるんだけど、

ぜんぜん村人が協力してくれない。

雨のふるなかどろだらけで絶望する龍馬。



そんな龍馬は、見たことがなかった。




ぐいっとひきこまれたのは、だいぶ終盤、

土佐の参政、後藤象二郎が出て来るあたりから。

この役者の面構えはいいなあ、と思った。

そして、カメラが、すごく、この面構えに惚れているように感じた。

西郷、桂、にくらべて

後藤は、たっぷり描かれている。(ように思う)



「龍馬伝」終盤のストーリーラインの肝は、

おそらく後藤と龍馬の関係性だと思う。



福山さんも言ってるけど、

最終回からふたつ手前の「土佐の大勝負」の回は、

実質上の「龍馬伝」のクライマックスだと思う。



豪快、横柄、奔放な、後藤像二郎が、

土佐の大殿様、山内容堂に、泣きながら

「次から次へと大事を成し遂げてゆく
あの男(龍馬)が、ねたましかったとですっ」

と畳に頭をこすりつけながら、叫ぶシーンはほんとうによかった。


ヒーローではない、ヒーローにはなれない、

われわれがそこにいた。



そして、大政奉還という奇策中の奇策を、

龍馬と後藤で、容堂公に、直訴し、受諾されたあと、

ふたりで、立ち上がり握手するシーン。



この回は、ラストシーンも素晴らしい。

大政奉還建白を、容堂公が受諾し、

大仕事のひとつを終えた龍馬が、

かつて、なにもかもに嫌気がさして捨てた

土佐の海を、浜辺で、満足げに見ている。


ふらりと、乙女ねえやんがやってきて、

ぽつぽつと話す。



龍馬が、

「この大仕事が終わったら、

みんなで船にのって、世界をまわろう」と言う。


ふたりで、砂浜に、枝きれで、世界地図の絵を描く。


このシーンを、カメラは、とても高いところから、

真俯瞰で、とらえる。


この「絵」が凄まじくいい。


oasisのall around the worldのシングルのジャケットみたい。





****************************




俯瞰。


そう、龍馬伝に最初に感じた、違和感と、新しさは、

ならべく俯瞰でこの人物を捉えているところだ。



最近、竜馬がゆくを読み返したら、

おそれおおくも、この本のほうに違和感を感じてしまった。


ヒーローという前提のヒーロー活劇になっている。


これは、エンターテイメントとして大事だし、

15歳の男の子を夢中にさせることこそ、物語の真髄と言えるかもしれない。



でも、いまのわたしが読むと、

作者が主人公を好きになりすぎている、と感じた。



いままでの龍馬モノの多くは、みんなこのラインだった。

幕末に、ブーツとピストル、自由な生き方。。



後藤象二郎が、気になる、龍馬モノなんてなかった。

(竜馬がゆくでも、後藤象二郎のくだりは、
あまりにも、さらりと進んでゆく。)




「土佐の大勝負」の回で、もうひとついいシーン。


明け方、絶妙な蒼い空気の中、

縁側で山内容堂が酒を飲んでいる。

「武士の世を終わらせるか。。」

とつぶやいて、

側にいる後藤に杯をわたし、無言で酒をついでやる。


後藤が、感無量のまま、酒をのみほす。


やっぱ、後藤、いいわ。




と、こんな感想が出てしまう龍馬モノは、なかった。







*******************************





思えば、大谷演出の肝はlive感だと思う。

カメラがいつも、俯瞰気味にすこし引いて、

空気もろとも、とらえようとする。


だから、光や海や、殿様の間の水平ラインの美しさが

印象に残る。

ドラマの記憶が、実際の記憶のように残る。


※大谷さんの捉える海の「絵」は、ほんとうにいつも美しい。



これから数時間後にはじまる最終回の

暗殺者のキャスティングは、

ブランキージェットシティの中村達也

SION(!)

そして、ドラマ白洲次郎で、青山二郎役を

怪演した、歌舞伎の市川亀治郎。


liveと言えば、これ以上のliveは、ないのではないか。

楽しみ。





****************************




「龍馬伝」の龍馬は、

堤防づくりで、村人がゆうことを聞いてくれなくて絶望している。

長州に、薩摩に、土佐に、長崎のグラバーに

何度もあたまを下げて、交渉、調整をしている。


大変、大変、おこがましいけど、

いま、組織づくりで、くたくたになっているわたしにとっては、

他人事とは思えない。


ヒーローがその天賦の才能で、問題を解決、

という感じではないので、逆にひきこまれる。




外敵がそこまで来ているときに、

自らの小さな藩レベルの範疇にこだわる。

プライド、保身。

どうして、国レベルで、世界的な視野で

ものを見れないのか。



龍馬は、あたまをさげて、ことが進むなら、

どんどん下げる。

※プライドが命の武士の時代に
このメンタリティがすごいし、
この描写も素晴らしい。


グラバーに、

で、あなたの取り分は?

と聞かれる。


福山龍馬があの笑顔で答える。


「私心があっては、志(こころざし)とは言わんキニっ。」



龍馬にももちろん、私心はある、

国際貿易という夢がある。

でも、自らのビジョンや自らの環境づくりのためには、

私心や小さなプライドを大事にしていては、たどりつけない。



自分の業務範囲はここまで。

自分の組織範囲はここまで。

言われていない。

決まっていない。

プライドがゆるさない。

人同士、組織同士の激しい嫌悪、憎悪。



これでは、外敵がそこまできているのに、

内紛でいきりたつ幕末の諸藩と同じだ。。




*************************



俯瞰の視点。

すこし“引き”のカメラ。




龍馬のような人物が、国際的視野と

当時、相当急進的だった民主主義の思想を体得し、

俯瞰の視点で、市民革命に従事したことは、

歴史上の奇跡のひとつだと思う。

その奇跡から、現在がもたらされているのだとすれば、

これもまたひとつの幸運かもしれない。






「土佐の大勝負」の回で、

山内容堂が龍馬に言う。

「おまえの仲間、武市半平太を切腹させたわしが憎いか?」



龍馬がこたえる。


「憎いです。

この土佐の古いしくみが憎いがです。


でも、母上は、わたしに教えてくれました。


憎しみからは、なんちゃあ生まれやせん、と」







やっぱ、あの回が、クライマックスだ。
# by ayu_cafe | 2010-11-27 14:06 | ayuCafe TV Bar | Trackback | Comments(2)